哀愁の博役
「・・・・行ってらっしゃいませ」
「あぁ。出来るだけ早く戻る」
ザムザ、後を頼む。
そう私の主人---ハヤール・ゼップ・ジハーナル様は言った。
この方の守役をおおせ付かり早十数年、か。
早いものだな。
あんなに弱々しい子供が・・・・今や一地方を任される青年に成長した。
そして兄弟の中で最初に結婚された。
博役は主人の子を育て、時に剣と盾にならなければならない。
畏れ多くも当時20を過ぎた若造---20半ばの私は共和将から直々に任命された。
しかし、疑問にも思った。
なぜゼップ様だけ博役を付ける。
本来なら全員に博役を付けるものだ。
それが普通なのに・・・・おかし過ぎる。
だが、疑問に思おうと役目は果たさなくてはならないのだ。
私は幼いゼップ様に膝をつき言った・・・・今でも覚えている。
『今日より貴方様の博役を務めるザムザです』
それに対してゼップ様は・・・・・・・・
『私はハヤール・ゼップ・ジハーナルです。貴方に迷惑を掛けないようにします』
どちらが守役かと思った。
同時に幼子にしては行き過ぎる程に礼儀正しかったと思う。
他の兄弟も礼儀正しかったが、ゼップ様の方が上だ。
そんな印象を与えられながら、私はゼップ様の博役になった。
その日は挨拶で終わり、翌日から私の仕事は始まったのだ。
夜明け前に私はゼップ様の部屋に向かう。
ブライズン教は神に祈りを捧げる時間があり、朝になる前に祈らなければならない。
幼子は寝ているだろうと勝手に思ったが、ゼップ様は起きていた。
それに驚きながら私とゼップ様は祈る。
それから教育開始だ。
先ず共和国の歴史、歴代共和将の偉業、土地名などをやり・・・・残り数時間もブライズン教の講義となる。
ハッキリ言って洗脳に近い物を感じてしまう。
こんな真似はやるべき事じゃない。
しかし、仕来たりと言われては逆らえない。
ゼップ様は幼いから素直に受け入れていくが、納得のいかない答えは仮説を立てる。
そして仮説を私に言い、改めて答えを知るのだ。
やがて昼食を挟み、実技---武道に入る。
「ゼップ様、貴方様は何を所望なさいますか?」
経験からして大体は剣を選ぶ。
勇者は剣を使い、悪を退治する。
それが幼子には強烈に宿るからだ。
ところがゼップ様は槍を選んだのだ。
「なぜ槍を選んだのですかな?ダハル様達は剣を選びましたが」
「剣は間合いが短いから槍を選びました。槍を集団に持たせれば、三つの事を皆で出来ます」
突く、払う、薙ぐ。
「時間は必要ですが習得すれば・・・・連帯感が生まれて互いに庇い合えます」
弓で遠距離から射るのも捨て難いし、槍を投げるのも惜しい・・・・・・
「私は自分の損害を抑えたいのです。何より・・・・兄上達より身体が弱いです」
だから槍を習得して身体を鍛えて集団で兄達を助けたい。
「いけませんか?」
「・・・・素晴らしい考えです」
余りに出来過ぎる程に良いです。
恐らくムザー・シャー・ジハーナル様は、貴方様の非凡な才能を伸ばしたいのでしょう。
他の兄弟も何かしらの特技がある。
貴方様の場合は頭脳だ。
如何に能率を良くするか考えて、答えを見出だすか。
ダハル様は人を纏める力と相手を立てる力。
モラン様は計算高く、何を何処でやれば良いか考える場所選びと下準備など・・・・・・・・
ジャナラ様は行動力だ。
兄弟が力を合わせれば今以上に・・・・共和国は豊かになるだろう。
きっとシャー・ジハーナル様は後で皆にも守役を付けて良い所を伸ばさせる筈だ。
一番最初にゼップ様の才能に気付いたに違いない。
その時は思ったが・・・・後で本当の理由を知る。
幼子には酷すぎる現実である・・・・誠に。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
「・・・・今、何とおっしゃったのですか?」
私は先程の言葉に我が耳を疑った。
「聞こえなかったのか?マサハナからゼップを“取り戻す”為に・・・・そなたを博役に任じたのだ」
酒を注ぎながらシャー・ジハーナル様は断言した。
「ぜ、ゼップ様の類い稀なる才能に気付いたからではないのですか?」
「それもあるが、あ奴は何かある度にマサハナに甘える。夫の私を退けて、な」
そんな・・・・・・・・!!
「し、失礼ながら確かにゼップ様は男子として、些か不甲斐ない面はありますでしょう」
しかし、だ。
「あの方は貴方様を敬愛していますし、兄弟とも仲良くしたいのですっ」
こんな一人だけ隔離して悪い意味で特別扱いしては・・・・・・・・
「ゼップ様の心を深く傷つけます」
やがて傷は大きく広がり修復不可能な溝になる。
「それを博役のそなたが阻止するのだ」
「お、お言葉を返すようですが・・・・・・・・っ!?」
「黙れ!そなたは言われた事をすれば良い!!」
今にも剣を抜かんとされるが黙らない。
「いいえ黙りません!博役では本当に親子にはなれません。あくまで仮の親子なのです!!」
こんな方だったのか?
世間で言われている子煩悩で、愛妻家にして、歴代共和将でも上位に当たる人気のある方なのか?!
「仮の親子、か・・・・では今宵から本当に親子になれば良い」
何と・・・・・・・・
「・・・・貴方様は素晴らしい方と思っておりました。しかし、少々買い被り過ぎましたね」
度を越えて狂っている!!
「博役は続けさせてもらいます」
ここで断れば新たな博役を別の者に命じるだろう。
その者が断れば別の者を。
別の者も断れば、また別の者を・・・・・・・・
繰り返し繰り返して、やり続けるに違いない。
ならば私が博役を続けましょう・・・・・・・・
「ゼップ様の父親役に甘んじてなりましょう」
実父が・・・・こんな男なら尚更だ。
ですが・・・・・・・・
「これだけは忘れないで下さい」
それは・・・・・・・・
「ゼップ様は貴方様の息子であり・・・・本当の父親は貴方様です」
ムザー・シャー・ジハーナル様・・・・貴方様の息子の一人です。
ゼップ様も・・・・・・・・
それを・・・・この事実を忘れないで下さい。
これだけは譲れなかった。
シャー・ジハーナル様は酒を飲み過ぎていると思ったが・・・・眼は据わっていたから正気だ。
だから死刑を覚悟で言ったのだ・・・・・・・・
僅かな願いを込めて。
私は部屋を辞した。
しかし・・・・ゼップ様には顔向け出来ないと思う。
『父君の考えを聞いて参り必ず教えます』
そう約束した。
シャー・ジハーナル様が・・・・どんな考えだろうと嘘偽りなく、包み隠さず教えると。
幼いゼップ様と指切りで約束した。
しかし、約束を破らせて頂きます・・・・・・・・
破らなければならないのです。
「御許し下さい・・・・ゼップ様」
こんな内容を教える訳には参りません。
酷い事実だが、貴方様は甘んじて素直に受け入れるでしょう。
幼子は素直だ。
貴方様も例外ではない。
しかし、大人は違います。
都合の悪い事は隠し、臭い物には蓋をします。
最初から悪い事などなかった。
臭い物などないのだと思うのです。
皆に知られまいと隠してしまうのですよ。
これも酷くて臭い物だ。
この事実は私の胸に仕舞い込んで、終生だれにも口にしません。
それでも何時の日か貴方様は知る。
成長し、大人になるからです。
ですが、今は何も知らないで下さい。
大人の身勝手で、汚くて悍ましい事実を知らないで下さい・・・・・・・・
改めて知り、私を責めるなら甘んじて受け入れます。
罰は罰。
罪は罪。
罪を犯せば、しかるべき時に罰が与えられる。
その日までは貴方様の博役で居させて下さい。
どうか・・・・・・・・
どうか、どうか・・・・成長して、事実を知る日まで貴方様の博役で居させて下さい。
お願いします・・・・・・・・