名も無き同業者
「よぉ、同業者」
俺は東の地---ヴァイガーに立つリブリーブス城の一ヶ所に作り上げた墓に立った。
墓名はこれだ。
『黒犬の左腕を奪った猛者』
名前は・・・・最後まで判らなかった。
だから墓名を何にするか迷ったんだが・・・・初めて腕の一本をくれてやると思わせた相手だった。
そこを考えて墓名にした。
地中深くにワイバーンと共に眠っており、今は俺を見ている事だろう。
「お前さんにくれてやった左腕だが・・・・新しい腕を付けたぜ」
肘から下にある黒い腕。
宅配人の話ではこうだ。
『鋼鉄より硬度はあります。でも、軽量化も図っておりますから安心して下さい。後、色々と仕込んでありますので、実戦で試して下さい!!』
それが何なのかは直ぐに実戦だから判るだろう。
「これからアガリスタ共和国へ行くんだが・・・・その前に酒を飲もうと思って来たぜ」
酒瓶を取り出し、コルクを口で外す。
先ず同業者に飲ませてから次に俺が飲んだ。
「ふぅー、美味めぇ・・・・・・・・」
口元を垂れる酒を手の甲で拭い、俺は酒瓶を置いた。
不意に空を見上げると綺麗な星空が見える。
俺等が戦ったのは・・・・昼間だが、綺麗な星で過去を思い出すのには良い時間だ。
どれ・・・・行く前に少し思い出すか。
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風が痛い。
皮膚と肉を持って行くようだぜ。
「いい加減に落ちやがれ!!」
「誰が離すかよ。黒犬は噛み付いたら獲物を仕留めるまで離さないんだぜ」
傭兵仲間では敵に回したくない、と言われてるんだぜ?
「知ってるぜ。しかし、俺の相棒は嫌だとよ!!」
ワイバーンが爪を引き離そうとする。
「駄目だ。俺は離さないぜっ。地獄の底まで付き合いな!!」
片脚を掴み全体重を下へ向ける。
ワイバーンが高度を下げ始めた。
「てめぇ!!」
「言っただろ?地獄の底まで付き合いな!!」
高度を下げながらワイバーンは飛び続けようとする。
まだだ。
後もう少し待ちな。
もう少し・・・・後もう少し・・・・・・・・
今だ!!
ワイバーンの片翼を掴み強引に下へやる。
態勢を維持できずワイバーンは俺もろともヴァエリエに落下した。
俺を引き離そうと地面に押し付けるが構わない。
一気に片翼を短剣で刺し引き裂く。
翼は脆いから短剣でも引き裂けるんだよ。
悲鳴を上げてワイバーンは俺を明後日の方角へ振り払う。
地面を擦りながら俺は屋台に身体を沈めた。
「まだまだ・・・・これからが勝負だぜ」
屋台から出てツヴァイハンダーを抜く。
「流石は黒犬だな・・・・俺の相棒を傷付けやがって」
同業者はワイバーンの翼を撫でてから槍を構えて俺を睨む。
「相棒の次は・・・・てめぇだよ」
てめぇを殺して勝負は俺の勝ち。
チェック・メイトだ。
「ハンッ。言ってくれるね・・・・・・・・」
「言うさ。俺は有言実行者だ」
『・・・・・・・・』
誰もが口を閉じて、時を待っている。
民達も勝負を待っているように見えた。
どちらとも言わず、動きを開始する。
俺はツヴァイヘンダーを下の握り手を掴み、上から下へ落とす。
この落とすとは間違っていない。
こいつは巨大な剣で、攻撃パターンは決まっている。
上か下か、または下か上か・・・・・・・・
つまりワンパターンだ。
しかし、これには工夫がされている。
「リカッソ」と呼ばれる部分があるんだよ。
ここは革で覆われており、そこを掴んで振り回す事も出来る。
要は・・・・ここを掴むと刃渡りが短くなり、普通の剣のように振り回せるんだよ。
奴も知っている筈だ。
同業者だからな。
「死ね!!」
同業者は槍を突いてくる。
何の変哲も無い槍だが、使い易さなどにおいては申し分ない。
俺は槍を斬ろうと、振り下ろしたツヴァイヘンダーを斬り上げる。
しかし、跳ね返された。
「・・・・鉄芯を仕込んでるな?」
俺は間合いを取り、同業者に尋ねた。
「あぁ。お陰で重量も増えたが、お前さんみたいな奴にも効くぜ」
「舐めるなよ?俺の剣は・・・・そんな細棒なんてバターみたいに斬れるんだよ」
「だったら・・・・俺の槍はお前の身体を貫くぜ」
「なら、どちらが先に息絶えるか・・・・・・・・」
「勝負だ。改めて挑ませてもらうぜ。ヴィルヘルム・ド・ブリュッセル伯爵様」
「あんたの名は?」
「さぁて・・・・自分の名前すら覚えてない」
そう言って同業者は槍を振り回した。
槍は長くもなく、短くもない。
ワイバーンなどに乗る奴等は大抵リーチを活かした攻撃をする。
つまり槍も剣も長い奴が好まれる訳だ。
だが、見る限り龍騎士団の奴等は・・・・それほど長くない。
どちらかと言えばバランスを考えた物だ。
逆に猛龍団は長い物を使用している。
実際の所だが、ワイバーンに乗りながら武器を操るのは難しい。
何せ片手で手綱を握り、片手で武器を使うからな・・・・・・・・
口で手綱を銜えてやるのも難しい。
そこを考えるとバランスを選ぶのは正解だ。
その点、猛龍団は爪弾きされた者達だ。
要は最後まで鍛えられず中途半端に独立した奴らだ。
だから・・・・先輩たちから学び切っていないんだろうな。
かと言って実戦で学んだ筈なんだがな。
「おら!!」
突き出された槍を刃で受け止め、そのまま槍を滑り相手に近付いた。
どちらも懐に入られたら終わりだ。
逆に言えば・・・・・・・・
『先に懐へ入れば勝ちだ!!』
相手も同じ考えだった。
懐へ入らせまいと相手は槍を逆さにして俺を阻む。
槍で愛剣を捌き、石突きでカウンターを繰り出してきた。
それを避けるが、今度は先端が来る。
これも避けてみせたが、防戦となっちまった。
しかし、攻勢に出るタイミングは見えない。
不味いな・・・・・・・・
だが、それだけではなかった。
背後に何時の間にかワイバーンが回り込んで、俺を待ち伏せていたんだよ。
ワイバーンが俺の左腕を噛む。
「ちっ!!」
直ぐに頭を斬ろうとしたが、前方には同業者が槍を構え直している。
「これで終わりだな」
「・・・・・・・・」
どうする?
左腕をくれて・・・・同業者を斬るか?
それとも先にワイバーンを斬り、同業者を殺すか?
どちらが良い・・・・・・・・?
考える時間は僅かだった。
今にして思えば同業者は強く俺を楽しませてくれている。
こいつになら・・・・・・・・
「死ね!!」
槍が目前まで来る。
「・・・・ふっ」
俺は真正面に迫った槍を避けて・・・・・・・・
「じゃあな・・・・・・・・」
ツヴァイヘンダーを斜めに斬り落とす。
同業者の身体が斜め2つに別れて、地面へ落ちた。
同時に自分の左腕が肘から下の感覚が無い。
ワイバーンが食い千切ったんだよ。
だが、直ぐ様返す形でワイバーンの首を・・・・・・・・
自分の首を切り落とされたのにワイバーンは笑っていた。
一矢報いたぞ!!
そう告げているようだ。
同業者の顔も笑っていた。
殺されたが・・・・強い者と戦えて嬉しかったのだろうか?
「・・・・羨ましいぜ」
お前さん方が・・・・・・・・
強い者と戦い、一矢報いる形で死ねたんだ。
傭兵でなくても・・・・戦う者達が望みながらも出来ない死に方だろうな。
大体は雑魚兵の弓矢や槍で、四方から貫かれて死ぬ。
こういう風に一対一で死ねる奴は稀だ。
こいつ等は、その稀に入る。
俺はどうなるのか・・・・・・・・?
考えてみたが、直ぐに止める。
余計な思考は無意味でしかない。
特に戦場では、な。
しかし、と思わずにはいられない。
「本当に羨ましいぜ・・・・同業者」
名前は分からず仕舞いだが、それでも俺は自らの手で殺した名も知らない傭兵に・・・・羨望を覚えずにはいられなかった。