魔山の老王
アガリスタ共和国には幾つもの高原や山があり、そこには必ずではないが・・・・城がある。
しかも、他人には知られないように工夫されているのだ。
一度行けば二度と戻れないと言われている城を幾つも所有しているのは老人だった。
人々は老人を「山奥の老人」、「魔山の老王」などと渾名している。
もっとも・・・・その姿を見たのは極僅かであった。
それは老人が酷く人嫌いで、殆どを山奥にある城で暮らしているからだ。
噂は尾ひれが付くのは世間一般の常識であり、膨張されてるのは眼に見えている。
だが、その噂の中には・・・・・一掴みの事実があったりするのだ。
魔山の老王という渾名も険しい標高の高い山で暮らすから事実と言えるだろう。
老人本人としては酷い渾名と思っている。
老人から言わせればこうだ。
『私は一心にスジール派の為に生きている。教えを忠実に守り、その教えを広げようとしているだけに過ぎない』
この教えを忠実に守り、教えを広げようとしている。
ここだけ取れば如何にも信仰心厚い老人と思うだろうが・・・・やり方と思想が凄まじい。
先ず老人から言わせればスジール派の思想こそが、この世の理であり法律であり生きる糧なのだ。
その教えを守る為なら・・・・教えを広げる為なら・・・・手段は問わない。
血だって平気で流すし、情けも妥協も一切しないのだ。
苛烈な性格を表すのに・・・・こんな話がある。
ある戦で老人は少数の兵--―凡そ300人で敵の大軍--―凡そ10000人を打ち負かした。
小が大に勝つのは歴史的に見ても珍しくはないが、決して当たり前と言う訳ではない。
数で負けるなら・・・・どうやって勝てば良いのか?
謀略だ。
人を陥れる策略こそが勝つ方法である。
戦において謀略は勝つ為の必勝法と言えるだろう。
もちろん正面から戦い勝てば尚の事良いだろうが、それでは味方の損害も大きい。
味方の損害を少なくして効果的に勝つ方法こそが謀略なのだ。
老人は謀略で大軍を打ち負かした。
手始めに偽の情報を流したのだ。
情報とは正確な物ではない。
必ず手が入っており、それを特定するのは難しい・・・・・・・・
その不正確を利用して、老人は敵の大将に判断を迷わせて勝ったのだ。
敵の数、環境・・・・偽物を混ぜる事で大将の判断を迷わせて少人数で勝った。
謀略の他には暗殺も手広くやっている。
それこそ場所は問わない。
野原、高原、草原、海上、城内、城外、寝室、浴室・・・・本当に場所を問わず相手を殺す。
暗殺を行う事も戦においては間違っていない。
有力な者を除けば自分が有利になるのだから・・・・・・・・
老人の逸話は謀略と暗殺しか無いと言われている。
主に暗殺が多いだろう。
ある話では敵将が寝室で全裸の死体で発見された。
死ぬ前日・・・・大将は一人の女に眼を付けて、寝室へ消えた。
女の姿は無いから・・・・女が殺したのだろう。
こういった話が実に数百もあり、中には実の姉が嫁いだ部族を攻め滅ぼした、実の娘が嫁いだ部族を夫諸とも殺したなどいう血族だろうと容赦しない噂もある。
実際・・・・それは当たっていた。
ムザー・シャー・ジハーナルという共和将の時代に調べられた事だが・・・・事実だったのだ。
噂が事実となった上で、このように手段を選ばない事から人々は老人を狂信的な男と認識しており寄り付かないのだ。
その老人は現在、夜も明けぬ内に首都へ向かっていた。
『司祭たちを腑抜けにすれば・・・・私が司祭たちを手駒に出来る。兵達も薬で支配している。これでゼップ様の思い描くスジール派の王国を築ける!!』
馬に乗りながら老人ことは遠くない未来を思い描いた。
彼の現主人であるハヤール・ゼップ・ジハーナルはスジール派の教えを守り抜いている。
女に現を抜かして異教徒に寛大な処置を取り続けた「極悪人」の面を巧妙に隠しているムザー・シャー・ジハーナルとは違う。
スジール派の為だけに生きてきた自分を「過激な思想家」と断じて首都から追い出した挙句にゼップから遠ざけたのだ。
もっとも逆に今では自分が彼の男を幽閉しており、ゼップの側近に収まっているが・・・・・・・・
ゼップこそ共和将に相応しい。
彼こそスジール派の唱えるブライズン教を永遠の物として真の意味で「神の国」を創るのだ。
もっとも現在首都に居る12名の司祭の内1名はこう断じるだろう。
『神の国ではない。平和の国だ。全てが皆、平等に暮らせる場所だ。断じて神の国でもスジール派だけの国でもない!!』
しかし、老人にとって・・・・その言葉こそ神を否定する言葉でしかない。
そして邪魔者も居る。
『南部の参謀、蛇たち、砂漠の悪魔・・・・こ奴等を始末しなければならん。だが、誰を先に殺るか、だ』
身近に居るのは南部の参謀で次が蛇たちだ。
参謀は作戦を提案し終わると、次の作戦を練る所か国の書物を読み出している。
地理、部族、環境など・・・・・・・・
明らかに共和国の全体図を調べている。
『今はこちらに侵略する意図は隠しているが、奥地を落としたら分からんな。今の内に手を打つとすれば・・・・外へ引き摺り出す、か』
城内に籠り続けている若造と老人--―ラシーン・ビン・ハーメド・アル・ジャバラルは見ている。
本人曰く「自分は作戦を考える立場で、働くのは兵隊の仕事」との事らしい。
確かに参謀とは作戦を立案したり、指揮官が判断を下すのに必要な情報を提供するのが仕事だ。
だから彼の言い分は当たっている。
ただ、やはり軍に在籍していただけあって鍛えているようだが、ラシーンから言わせれば俄か仕込みだった。
あれは「見せる筋肉」に近く、実戦仕込みの鍛え方ではない。
更に言えば戦うのは兵隊の仕事と言うが・・・・それで果たして兵隊が付いて行くのか?
自分は作戦を立案して、後は後方で待機しているだけで兵達が付いて来るのか?
否・・・・無理だろう。
少なくとも兵達は統率力に優れて、危険を顧みない指揮官を好む。
時には前線に出て部下達を鼓舞してくれる指揮官を兵達は望んでいる。
あの若造にはそれが無い。
統率力は知らないが、少なくとも前線に出て部下を鼓舞しない。
危険な事は部下にはやらせるタイプだ。
だが、作戦を立てるだけの頭脳がある。
それが若造の強みだが・・・・・・・・
「その強みが、ただの“飾り”と皆に見せれば・・・・・・・・」
明らかに彼の評価は落ちるだろう。
そうなればゼップに何も言えないし、言った所で相手にされない。
外へ引き摺り出すには・・・・・・・・
『蛇たちを使う、か。幸い仲は悪いからな』
蛇たちはサルバーナ王国から逃げてきた者達で、南部の参謀とは知り合いらしい。
だが、御世辞にも仲が良いのか?
問われたら否とラシーンは答える。
どちらも策を好むからであり、自分の目的を達成する為には手段を選ばない。
そういう所が互いに嫌っているのだろう。
所謂「同属嫌悪」というヤツだ。
ラシーンにとっては好都合である。
仲が悪い2人の溝を更に深くして、こちらを有利に出来るのだから・・・・・・・・
「そうと決まれば急ぐか・・・・・・・・」
ラシーンは馬に鞭を打ち、首都カスバルへ急いだ。
その間に自分の城で・・・・とんでもない事が起ころうとしているのも知らずに・・・・・・・・
もっとも城での出来事が彼と息子達・・・・ひいてはスジール派の壊滅に繋がる訳だが・・・・・・・・




