乙女の夢
私は使用人---家族が徹夜で仕立ててくれた純白の花嫁衣装を着て、姿見に立っている。
「本当に・・・・お美しいですよ。お嬢様」
私が赤ん坊の頃から世話をしてくれる女中の老婆が涙声で語り掛ける。
「ありがとう。今までありがとう」
今日、私は一人の男性に嫁ぐ。
日本人でフランス外人部隊の中尉に・・・・・・・・
「いいえ・・・・お嬢様に仕えられて幸せです」
「・・・・私が亡き後は旦那様を、お願いね」
「お嬢様・・・・」
その場に居た皆が私を見る。
「きっと私に残された時間は余り無いわ」
「何を言われますっ。まだ、お嬢様は・・・・」
「自分の身体だもの。自分が一番、知っているわ」
御医者様は私の為に嘘を吐いている。
最初は6歳までしか生きられない。
そう言われた。
その次は11歳。
その次は16歳。
色々と薬や治療のお陰で延命は出来た。
でも、もう駄目。
恐らく・・・・もう直ぐ天に召される事でしょう。
不思議と怖さは感じない。
だって私は・・・・
「幸せだもの」
外にも出れた。
憧れていた外の世界に。
そこで一人の男性と出会って、一目惚れした。
乱暴されそうになった私を助けてくれた一人の男性。
見ていて、とても格好良いと思った。
外人部隊の制服に身を包んだ、その方は数人の男性を瞬く間に倒して私の前に立つ。
そして手を差し出した。
『怪我は無いか?』
ぶっきら棒に訊いてきたけど、その訊き方が新鮮であり心地よかった。
私はその手を取った。
初めて知らない男性の手を取ったんだ。
『見た所、何処かの令嬢さんだな?使用人と逸れたのか、お忍びで来たのかは知らないが・・・・世の中は想像以上に怖い所だ。気を付けろ』
それだけ言い、その方は去ろうとした。
しかし・・・・・・・・
『居たぞ!!』
誰かの声がして振り返ると、怖そうな人たちがこちらを睨んでいる。
『ちっ・・・・おい、来い』
その方は何も知らない私の手を掴むと、走り出した。
まるで映画のような形で私と、その方は手と手を取り合い逃げる。
何とか追っ手を撒いた後、その方は煙草を取り出して銜えようとしたが、直ぐに止めた。
『はぁ・・・・これであんたも俺の女と見られた。その詫びだ。外の世界を案内してやる』
私に詫びる、その言葉は真摯的に聞こえ・・・・本当に詫びていると判った。
その言葉は甘い蜜のように、私の口を濡らして次の言葉を出していた。
「では、お願いします」
その方は私の手を今度は、優しく取り案内してくれた。
映画館、カフェ、花屋、公園・・・・色々な所を案内してくれた。
その方の名前はタカミ・テツヤ。
日本人で外人部隊に入る前は自衛隊に居たと説明された。
日本の事を知りたいと言えば色々と話してくれた。
その時間は、まるでシンデレラがダンスを踊るように・・・・幸せな時間だった。
でも、シンデレラは12時で帰ってしまう。
私もまた同じ事。
楽しい時間は直ぐに終わった。
そして、また元の生活に戻るんだ・・・・
それでも私は幸せだ。
だって・・・・一時でも外の世界を満喫できたから。
タカミ・テツヤという素敵な方と出会えたから。
・・・・でも、その一時がいけなかった。
屋敷に戻ってからも、私の頭から離れない。
浮かぶのはテツヤ様と共に回った場所ばかり・・・・
たった一時の出会い。
その、たった一時の出会いで、私の心はテツヤ様に捕えられた。
テツヤ様の事ばかり考えて食事も喉が通らない。
そんな毎日を送っていると・・・・お父様が突然、一人の男性を連れて来た。
タカミ・テツヤ様その人だった。
階級は中尉に昇進していた。
『この方に会いたがっていたのだろ?』
お父様は笑みを浮かべて、私に問い掛ける。
私は何も言わずに頷く。
だけどテツヤ様は迷惑ではなかっただろうか?
それが不安だった。
でも、テツヤ様は何も言わないで被っていた帽子を取り、一礼したのだ。
『初めまして。カリオストロ伯爵の子女アンナ様。私の名前はベルトラン。ベルトラン・デュ・ゲクラン中尉です』
ベルトラン・デュ・ゲクラン・・・・
百年戦争で活躍した元傭兵の大元帥だ。
その名前を与えられたんだ。
フランス外人部隊では本名とは違う名前を与えられると聞いた事がある。
だから、さっきの名前が新しい名前なんだ・・・・
『ベルトラン中尉は暫らくだが、ここに滞在して下さる』
お父様は私にそれだけ言うと部屋を出て行った。
私は何をすれば良いか分からないで困り果てたが・・・・ベルトラン様は何も言わずに私を連れて庭に出る。
そして、ただ歩く。
でも、私にはそれだけで嬉しかった。
この方とまた会えた。
そして・・・・こうして、また歩ける。
それだけで嬉しかった。
でも、また私は欲してしまった。
この方の妻になりたいと・・・・・・・・
こんな我儘は許されない。
許される訳が無い。
幾ら神様でも一人の人間の我儘をこんなに聞いては駄目だ。
だから、言わないでいた。
心が万力で締め付けられて苦しい。
それを我慢した。
この方に迷惑を掛けたくない一心で・・・・・・・・
しかし、神様は私の願いを叶えてくれた。
もう直ぐ死ぬ身である私に・・・・最後の願いを・・・・・・・・
そして今日・・・・私はベルトラン・デュ・ゲクラン様に嫁ぐ。
この日をどんなに待ち侘びたんだろう。
自分でも分からない。
分からないけど・・・・幸せだ。
御嫁さんになるという夢も叶う。
これで思い残す事は無い。
「アンナ、準備は出来たか?」
お父様がドアを開けて私に訊いてくる。
「はい。ベルトラン様は?」
「既に待っているよ。さぁ、行こうか?花婿を待たせては失礼だ」
「・・・・はい」
私は、お父様の腕に自分の腕を絡めて静かにバージン・ロードを歩く。
席に着くのは使用人全員。
私にとって大切な家族。
そして目の前には、神父様と外人部隊の制服を着たベルトラン様が立っている。
「・・・・綺麗だな」
ただ一言だけベルトラン様は告げる。
その一言だけでも嬉しい。
「カリオストロ伯爵家子女アンナ。貴方は、どんな困難に見舞われようと、夫となるベルトランと共に歩む事を誓いますか?」
「はい。誓います」
「ベルトラン・デュ・ゲクラン。汝は、妻となるアンナを生涯、かけて愛すると誓いますか?」
「・・・・誓う」
「では、指環の交換を」
執事長のモーガンが指環を差し出す。
互いに指環を交換する。
そして最後に・・・・・・・・
「では、誓いのキスを」
ベルトラン様がベールに手を掛けて、上げてくれた。
それから肩に手を置き、優しく口付けを交わす。
そして拍手が来る。
心からの祝福を受けて・・・・私たちは夫婦となった。
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「・・・・・・・・」
俺は無言で自分の妻であるアンナが眠る墓石に立った。
アンナが死んでから早数日が経過した。
嘘だと思いたかった。
死んでない。
ただ、眠っているだけだ。
そう願ったが・・・・現実は残酷だ。
僅か19歳で、永遠の眠りについたのだから。
しかし、悲しんでいる暇は無い。
任務が来た。
軍人である俺は行かなくてはならない。
「アンナ、すまないな。君を亡くして直ぐだと言うのに・・・・仕事だ」
『いいえ。貴方は軍人。そして私は妻です。夫の仕事は解かっております』
アンナの声が墓石から聞こえる。
「・・・・行って来る」
『お気を付けて。旦那様』
「あぁ」
本当は直ぐにでも君の所へ行くと言いたかった。
だが、彼女はそんな言葉を望んでいない。
だから敢えて違う言葉を言った。
そして俺は背後で頭を下げるアンナに見送られながら・・・・懐かしい戦場へと旅立った。