狼の気持ち
『拝啓 これを読む時に私はもう居ない事でしょう。
プロイセン様には、誠に申し訳なく思いますが・・・・意地を最後まで貫きたい親不孝者の私をお許し下さい。
そして、ゼナとミナをお願いします。
私はプロイセン様を実の父と思っております・・・・ですから、ゼナとミナは貴方様の娘であり、孫であります。
どうか、2人の面倒を見て下さい。
それが唯一の心残りとは言えません。
まだやらねばならない事が沢山あるのですから。
しかし、貴方様とタカミ・テツヤ、更にゲンハルト様達が居るから心おきなく死ねます。
最後になりますが・・・・どうか、この親不孝者の息子を許して下さい。
プロイセン・ド・ツー・マクシリアンの息子 ヴィクターより』
私は1枚目の手紙を封筒に入れて、インクで封をした。
そして新しい紙に羽ペンで文字を書く。
もう時間は無い。
『愛する我が妻と娘へ。
ゼナ、私と短い間だが、夫婦として人生を歩んで来れた事に深く感謝する。
夫として何も出来なかったと思っている私だが、これだけは自信を持って言える。
私は、そなたの夫である事を誇りとしている。
そして・・・・誰よりも愛している。
これに嘘は無い。
そんな・・・・そなたとミナを残して死ぬ私を許せ、とは言わない。
どうか、新しい良き夫を見つけ、ミナを育て幸せになってくれ。
短い文章ですまないが、これで最後だ。
どうか・・・・幸せになってくれ。
ヴィクター・ド・バルスより』
私は短い文章を書き終えて嘆息する。
「我ながら短い文章だな」
妻に対して最後の手紙となるのに・・・・こんな短くて良いのか?
長ければ良いという訳ではない。
しかし、もっと言いたい事などはある筈だ。
それなのに書けないのは、私の性格としか言えない。
やはり私は夫として最低かもしれないな。
そんな私に出来る事は、ただ2人の新しい人生に幸あれと祈る事しかない。
「・・・・・・・・」
私は指環を抜いた。
もう夫ではない私に、これを填める理由は無い。
寧ろ、これを・・・・あの男--―タカミ・テツヤに渡す為に外すべきだ。
これを渡す事で・・・・ゼナとミナを頼む。
そういう意味を込めて渡させるのだ。
「・・・・ヴォルグ」
部屋の外で待機しているであろう小姓のヴォルグを呼ぶ。
「お呼びでしょうか?」
直ぐにヴォルグはドアを開けて私の前に立つ。
「この手紙を将軍に、こちらの手紙を妻に渡してくれ」
私は封をした手紙をヴォルグに渡す。
「それから・・・・この指環をタカミ・テツヤに渡せ」
「この指環は・・・・・・・・」
「何も言わずに渡してくれ。そうすれば奴も解かる」
「御意に。では、これを渡してから城へ・・・・・・・・」
「その必要は無い」
ヴォルグの言葉を遮り、私は断言した。
一瞬だけヴォルグは・・・・私の放った言葉に耳を疑う。
しかし、直ぐに我を取り戻すと声を荒げた。
「ど、どうして、ですか?!」
「これを渡して、更に戻れば敵に攻められる恐れがある」
将軍もテツヤもそんな真似はしない。
だが、この少年を生かす為に私は嘘を吐いた。
「ど、どうして、そんな任務を私に・・・・・・・・」
「貴様は私の何だ?」
鋭い眼差しをヴォルグに向ける。
「・・・・小姓です」
「小姓の仕事は何だ?」
「主人の側に仕え、諸々の雑用などをこなすのが仕事です」
「それならば・・・・この任務も小姓の役目だ」
「ですが・・・・・・・・」
「何だ?」
「・・・・私ではない者にやらせて下さい」
「・・・・貴様、この私の命令に従えないのか?!」
私は椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。
ヴォルグは私の気合いとも言える迫力に・・・・恐れた。
「命令だ。手紙と指環を届けろ」
「・・・・出来ません」
「ならば・・・・ここで私が殺してやろうか!!」
剣を引き抜き、ヴォルグに迫る。
「もう一度だけ言う。命令を聞け。手紙と指環を届けろ」
さもないと・・・・・・・・
「わ、分かりました!!」
ヴォルグは私の殺気に慌てて、部屋を出て行く。
「・・・・・・・・」
私は剣を鞘に収めて窓を見る。
すると少し時間が経過してから一頭の馬に跨り、プロイセン様の陣へ赴く少年の後ろ姿が見えた。
少年が馬の手綱を引いて振り返る。
私を見つめているように見えた。
聞こえないのに私は言葉を放った。
「・・・・生きてくれ。ヴォルグよ」
そなたのような者まで死なせる訳にはいかない。
いや・・・・違う。
そなたはミナの夫となる。
娘の夫を私の意地で殺す訳にはいかない。
だから生きてくれ。
生きてミナを護ってくれ。
義父として・・・・最後の頼みだ。
馬はプロイセン様の陣へ走り去って行く。
もう一度、私は言った。
「・・・・生きてくれ。ヴォルグよ」
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私は主人であるヴィクター辺境公爵様の部屋--―自室の前で黙って待っていた。
公爵様はリカルド様の葬儀を終えた後、直ぐに自室へと籠り私は待つように言われた。
何をしているのだ?
見当もつかない。
私ごとき若造であり、小姓でしかない者には想像もつかない事を・・・・公爵様は考えているに違いない。
それは確かだった。
恐らくだが、あの男--―タカミ・テツヤなる大将を殺す算段を考えているに違いない。
そうに違いない。
その時は、私も出る。
そして首を斬るんだ。
私の父の騎馬隊を要らないと一蹴したガルバーの首を刎ねる気分で・・・・・・・・
「・・・・ヴォルグ」
ドア越しに公爵様の声が聞こえる。
来た!!
きっと小姓である私に作戦内容を伝えるに違いない。
その作戦内容を私が伝えるんだ。
嬉々としてドアを開けるが、決して表情には出さない。
「何用でしょうか?」
中身など分かり切っている。
だが、敢えて訊いた。
「この手紙を将軍に、こちらの手紙をゼナに渡せ」
予想外の言葉に少し驚くが、手紙を受け取る。
ゼナ様に手紙を渡すのは解かる。
しかし、何で将軍に?
「それから・・・・この指環をタカミ・テツヤに渡してくれ」
「指環、ですか?」
公爵様の指環はゼナ様と揃いの品だ。
それをどうしてタカミ・テツヤとかいう傭兵崩れの男に?
訊こうと思ったが、命令されたのだから従うしかない。
「分かりました。では、これを渡し次第、城へ・・・・・・・・」
「戻って来るな」
私の言葉を遮り公爵様は厳しい声で言った。
え?
戻って来るな?
そう言ったのか?
な、何で・・・・?
私は少し戸惑ったが、直ぐに我を取り戻す。
「な、何故ですか?!」
私も一緒に戦います!!
「そなたが戻って来る間に敵が攻めて来る恐れがある」
「で、でしたら、私ではない別の者に・・・・・・・・」
「貴様は、私の何だ?」
「こ、小姓です」
小姓の仕事は主人の雑用をこなす事だ。
つまり・・・・・・・・
「この仕事も小姓の仕事だ」
「・・・・私ではない別の者にやらせて下さい」
私は本音を言った。
如何に主人の頼みとはいえ・・・・これは聞き入れられない。
「貴様・・・・私の命令に従えないのか?!」
公爵様が座っていた椅子を蹴飛ばして立ち上がる。
「命令だ。手紙と指環を届けろ」
「・・・・嫌です」
「この場で殺してやろうか?!」
剣を引き抜き、公爵様が私に迫る。
殺気が本物だった。
わ、私、こ、殺される!!
「もう一度だけ言う。命令だ。手紙と指環を届けろ」
さもないと本当に斬られそうだ。
「わ、分かりました!!」
私は殺気に負けて手紙と指環を手にして急ぎ、部屋を出て行った。
そして馬に跨り城を出る。
一度だけ、城を振り返ると・・・・窓から誰かが見ていた。
公爵様か?
公爵様のような気がした。
誰なのかは最後まで分からなかったが・・・それが公爵様を見た最後だった。