欲しかったのはその手でした
手を繋いで生きてきたと思う。
兄弟でもなければ、親戚でもない、赤の他人で、幼馴染みという肩書きを持つ相手。
それでも、私の手を掴んで、立たせてくれて、引っ張って、導いてくれた人なのは間違いなかった。
癖の強い黒髪に大きな瞳は可愛いけれど、その顔に浮かぶ表情は薄っぺらくて小さい。
身長は平均的だけれど、体型は細身で華奢で、ちょっと押したら倒れそうなか弱い女の子。
でも、その中身は誰よりも強靭な精神を持った、自分の信念も意見も曲げない女の子。
「作ちゃん」
「何?」
「作ちゃんはずっと作ちゃんのものだったよね」
作間という苗字から文字った作ちゃんという渾名は、幼少期から続くもので、高校に入学した辺りからは彼女の本名を知る人は少なくなった。
彼女は作ちゃんで、それ以上も以下もない。
ただ、私は、幼馴染みという立場を利用して、周りに誰もいない時に、名前を呼んでいた。
懐かしい記憶を手繰り寄せながら、作ちゃんの手に触れる。
思ったよりも温かい手の平は、ほっそりとしていて滑らかな肌で、触っていて気持ち良い。
指先で撫でてみれば、擽ったい、と小さな声が聞こえた。
「ボクがボクのものなのは当たり前だよ。だから、MIOちゃんだってMIOちゃんのものだったでしょう?」
諭すように言った作ちゃんの声は優しい。
柔らかな曲線を描いたような声は、じんわりと鼓膜を揺らして脳髄に染み込んでいくのだ。
あの頃は胸元くらいまでだった黒髪も、今では腰の辺りまで伸びている。
時間の流れは、時として残酷だ。
私に向けられる声音はとても優しいのに、あの頃とは確かに違うんだと突き放す。
時間も、優しさも、残酷だ。
可愛かった容姿も、綺麗な容姿になってしまった。
握った手を握り返してくれるのに、遠く感じてしまって、堪らなく、寂しい。
「……私は、作ちゃんのものになりたかった」
指と指を絡めて強く握る。
作ちゃんが私のものにならなくても良いから、別になって欲しいなんて思わないけれど、私は、作ちゃんのものになりたかったのだ。
困ったなぁ、と言うように眉を下げた作ちゃんは、ずり落ちる眼鏡を押し上げる。
眼鏡だって学生時代にはほとんど身に付けることがなかったけれど、仕事のしやすさを考えて身に付けるようになっていた。
何もかもが変わっていく。
どんなに手を繋いでくれても、引いてくれても、例え導いてくれたとしても、結局は案内人のようなもので、目的に辿り着けばその手を離す。
さようなら、とは違うけれど、もう大丈夫だね、とでも言うように、力が抜けていく手が怖かった。
だから、今がとても怖い。
「ボクは、今だってこれからだってボクだけのものだよ」
ははっ、と響いた笑い声。
そうなのかな、そうだよ、輪郭のない言葉が繰り返されて、私は作ちゃんの柔らかな肌に爪を立てる。
薄い皮膚と弾力のある肉とそれらを支える骨、その感触を確かめながら、見つめた鈍い光は変わることなく左手薬指に収まっていた。
その手を、指を、食いちぎってしまえば、作ちゃんは私のものになったのかな。