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襲撃

西棟の一階部分は、食料庫等備蓄目当てに作られている部屋が多いせいか、人通りもなく回廊は静寂に包まれていた。

まるで木々に覆われた深い森のようだ。

肌に纏わりつく空気すらも、湿気を帯びている。

しかも窓はあるが光が入らず、空気も暫く入れ替えしていないのか埃っぽい。

その上、カーブかかっているため全く先が見えず。それが私の恐怖心を煽る。


「しかし、なんだか辛気くさいのね。建物の作りかしら?」

私の一歩前を歩いている姫様は、嘆息交じりの言葉をそんな空間に放った。

「行き先がいわくつきですからね……」

「本当にシェリルは怖がりね。大丈夫よ。何かあったら、私が守るわ。シェリルは私の大事な友……――」

と、何故か突然何の前触れもなく姫様の台詞が途中で止まる。

それを怪訝に思った私は何があったのかと尋ねようとした瞬間、腕に鈍い痛みが走り、私の体は姫様の手により壁側へと押し込められる。そして何かから守るかのように、華奢な背中な私の前に立ちはだかった。


――一体、何が?


その急な異変に頭が着いていけなくなる中、姫様と壁の間から覗けば、つい先ほどまで無人だと思っていた回廊の先に、口元を布で覆った全身黒ずくめの集団が通路を塞ぐように佇んでいたのが目に飛び込んできた。


「何処の誰から頼まれたのかしら?」

「……」

姫様の言葉に、その男達はただ強く意志の込められた言葉を放つ。

「――薔薇の式典を辞退しろ」

と、一言だけを。


「薔薇の式典……? もしかして、私を王妃にさせないつもりかしら。という事は、やっぱり、どこぞの側室の刺客か。本当に、うっとおしわね。まぁ、いいわ。ちょうど運動不足だったの。全員叩き潰してあげるわ」

「ひっ、姫様っ!」

姫様には、かすり傷一つ負って欲しくない。いざとなったら、私が盾となってお守りしなければ!

遭遇した事のない危機的状況に、自分をなんとか奮い起こしながら息を深く吐き出す。こんな時だからこそ、頭を冷やさねばならない。


「大丈夫よ。こんな奴ら」

姫様はそうおっしゃると首元へと手を伸ばす。

そしてぐっといつも身に着けていらっしゃるパールのネックレスを引っ張った。

それはあっさりと簡単にちぎれ、音を立て地面へと落ちていくの。

純白の丸い輝きを放っている塊。それが床へと広がり転がっていく。

姫様はそれを気にすることなく、手中に残った銀の糸のようなものを引き伸ばし両手に持った。

どうやら真珠のネックレスの中にあった物のらしい。二重、三重になっていたのか、床まで届くぐらいの長さだ。


「シェリル。私が足止めしている間に、あの男――宰相の元へ向かいなさい。いい? 誰でもなくあの男よ」

「なりません。私が囮になりますので姫様は……っ!」

「貴方に何が出来るの――?」

その言葉が突き刺さった。確かにそうだ。私は何も出来ない。ただ、足手纏いなだけ。


「こんな所に貴方がいても、ただむざむざと殺されるだけよ。私なら大丈夫。過去の鈴蘭姫同様にこの身に叩き込まれたから。さぁ、早く行きなさい。こんな雑魚キャラ共ぐらい一人で潰せるわ」

こちらを振り向いた姫様は、蠱惑的な笑みを浮かべると、すぐにそれを消し去った。かと思えば、私の腕を掴み男達とは反対の方向へと引くように押した。


「振り返らないで全速力で宰相の元へ向かいなさい。いい? これは命令よ。さぁ!」

その強く頼もしい声に急かされるように、私はやっと体を動かし竦む足進めた。

絶対に振り返らないと心に固く誓って。

そうしなければ、私は姫様のもとへと駆け出してしまうから。



+

+

*


どれぐらいの時間が経っているのだろうか。体感温度も感覚も麻痺してしまっている。

ただ聞こえてくるのは、己の呼吸音と鼓動だけ。

疲労感が重く圧し掛かるが、それでもがむしゃらに体と足を動かし、ただ真っ直ぐ突き進んでいく。

きっと高貴な身分の方ともすれ違っただろう。けれども、私の視界にはそれらは一切入って来ず。

意識も視線もひたすら宰相様の元へ……――

私はやっと辿り着いた宰相室へと飛び込んだ。


「た、助けて下さいっ!」

幸いな事に在室しているらしく、施錠はされておらず。

そのためすぐに扉を開くことが出来きたが、力尽きなだれ込むように床へと倒れ込んでしまう。

そんな異常な様子を、室内に居た二人は目を大きく見開き驚愕の表情を前面に出していたが、すぐに手中の書類を放り投げこちらに駆け寄って下さった。はらりひらりと花びらのように、紙が宙へと舞っている。

――伝えなければ。彼に。


「シェリル!」

と、いつもの飄々とした雰囲気とは違い、緊迫感に身を包んでいる宰相様。

彼は堅い表情を浮かべながら私の上半身を起こしてくれると、そのまま自分の胸へと凭たれ掛からせて下さった。

宰相様の体は、一見細めなのにしっかりとしている。衣服の上からでもわかる引き締まった筋肉が私を支えてくれていた。


「――……っぁ」

整わない息のまま話をしようとしたけど、乾ききった口内は水分不足のためか、喉が張り付き、上手く言葉が出ず。

それを宰相様は急かす事もせず、正面にいる自分の秘書官へと顔を向ける。

そして、執務机の上に置いてあったティーカップを視線で指した。

ゆらゆらと湯気立っている様子から、入れ立てなのかもしれない。

それを受け秘書官様は、執務机の上にあったそれをこちらへと持ってくると、そのまま私の口元へ。

けれどもそれには待ったがかかった。


飲み物……


目の前まであるそれを止められ、私は「下さい」と声を上げたかった。

だが、疲労感と強い喉の飢えにより、言葉を発する事ができない。そのため首を動かし、宰相様へと許しを請う。


「入れたてなんだ。だから、このままでは火傷しちゃうから、ごめんね。少しだけ待っていて」

「私とて鬼畜ではないので、きちんと冷ましますが」

「わかっているよ。でも、ガノン。シェリルは猫舌なんだ。それに、今は悠長に冷ましている時間すら惜しい。さぁ、それを僕に」

秘書官様は、その言われるがままティーカップを宰相様へ。

すると彼は片手で私を支えると空いた手でカップを受け取り己の口元へと持ってくると、ふっと蝋燭の火を消すかのように一息吹きかける。

すると不思議な事に、どんどんと湯気か薄くなっていき、最後には目視出来ないまでに。

それを確認すると宰相様はすぐに私の唇へと押しあて、うっすらと開いている隙間へと流し込むように傾かせた。

そのおかげで口腔内は砂漠に降った水のようにすぐに潤いで満たされていく。

先ほどまで湯気が出ていたのに、それは丁度いい温度に変わっていた。


「それ、熱湯に近かったはずですね?」

「愛の力!」

「いえ、それは絶対にあり得ません」

「後にして。今はそんな事よりも、シェリルだよ。大丈夫かい?」

「…は…い……」

若干ひりひりと痛む喉元を押さえると、私は首を縦に動かした。

「宰相様。助けて下さい。姫様が何者かに襲撃を……」

「場所は何処ですか?」

こんな状況でも冷静な秘書官様の声音。慌てる私とは違い、この人達は流れる川のようにどっしりと構え逆流させない。

いつも冷静沈着に物事を進めていく。そうでなければ、一国の宰相と秘書官なんて勤まらないのだろう。


「西の棟です。一階の渡り廊下。姫様は宰相様の元へ向かうように私に……っ」

「ルークス様。騎士達を呼び向かわせます。よろしいでしょうか?」

「君に任せるよ。シェリルの事は僕にまか……――って、あれ? 早いね」

宰相様の言葉を全て聞かぬうちに、秘書官様は飛び出していった。そのためもうすでに室内に姿はない。

――姫様が無事でありますように。

私は心の中で主の無事を祈る。






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