薔薇の王妃とメイド
赤や白、それから黄色……色も形も様々な品種の薔薇が咲き乱れるシューベル王国・城内庭園にて。
気高く華やかなそれらに見惚れる余裕もなく、私は淡々と仕事をこなしていた。
あらかじめ設置されているアイアン製のテーブルの上。
その傍にて、ワゴンより一つずつ食器を移し飾っていく。
目がくらむほどの佳麗な主に釣り合う様に見目も美しく。殆ど準備が整ったテーブルの上は、まるで一つの絵画のように練り込まれた領域が広がっていた。
――姫様のために安らげる場所を。
それを創るのが私の仕事だ。待たせる事なく素早く。
……なのだけれども、ちょっとだけパニエで膨らませた膝丈のメイド服が、少々作業の邪魔かなって気もする。
ふわりと見た目は可愛い。だが、機能性としては少々難あり。葉擦れのような音を奏で動きづらい。
でも、それも慣れだと言われればそれまで。それにこの制服は、機能より見た目重視。
それは私の主――王妃であるローザ様のこだわりだから。
そしてもう一つ、姫様にはこだわりがある。
それはご自分の持ち物には、大好きな薔薇を施すという事。
勿論、姫様付メイドである、私の制服もそう。
漆黒の半袖ワンピースの下に着ている純白のブラウス。
その丸襟の片側には、薔薇の刺繍が施され、すぐに一目で王妃付のメイドだとわかるようになっている。
美意識の高い姫様は、メイド服すらも例外ではないのだ。
だから、動きにくかろうがなんだろうが、私はこのまま仕事をするまで。
「さてと、後は……」
テーブルの上には、ガラスポットが乗せられている。
その中ではフルーツや花びらが舞い踊っていた。
それから三時のティータイムのために、城の菓子職人が丹精込めて作り上げたご自慢のデザートであるアップルパイ。
こんがりと焼かれた林檎の甘酸っぱい香りに、シナモンの甘さが混じり合い絶妙な香りを漂わせ鼻腔をくすぐってくる。
――しかもなんとバニラアイス添え。すごく美味しそうだわ! 明後日お給料日だから、ご褒美がてらに城下町のカフェへ食べに行こうかなぁ。
……って、こんな事をしている場合じゃないわ! と頭を左右に動かし、煩悩を振り払う。
つい大好物のアイスを目の前にしてしまい欲望が。
早く姫様を呼びに行かないと溶けてしまう! と、慌てて最後の仕上げにテーブルにシュガーポットを並べ準備完了。
「さぁ、後は姫様をお呼びに行かないと」
アイスが溶けきらぬうちにと、私は駆け足で主のもとへと向かった。
おそらくいつもの定位置で待っていらっしゃるはず。
ほんの三ヶ月前に初めて訪れてから、やっと体に馴染んだ薔薇の迷路。
ここを足早に進んでいき、数か所垣根を攻略していけば、すぐに目的地に辿りつく事が出来た。
耳朶に触れるのは、規則的な水の流れる音。
そして目の前に広がっているのは、精密な職人の手により細工された噴水。
その上部には金色のドラゴンが炎の代わりに水を吐き出している。
そこには、二人の女性の姿があった。
一人は噴水の縁に座っているドレス姿の女性。
彼女は、手に自分の髪と同じ燃えるような緋色の一輪の薔薇を持ち、それをエメラルドの瞳で気怠そうに眺めている。
彼女こそ、私の唯一の主であるローザ様。
そしてもう一人は、すぐ傍で控えている少しふっくらとした侍女。
彼女は、王妃付き侍女のマチルダ様だ。
王妃であるローザ様は、孤児だった私を拾ってくれた大切な恩人でもある。
それにしても相変わらず美々しい。
神様が一つ一つ選ばれたかのような整ったパーツもさることながら、何よりも印象的なのは薔薇色の波打つ髪。
それから見る人々を思わず魅了させるような透き通るエメラルドのような大きな瞳。
それらが、白磁の肌をより引き立たせる。
主である姫様の母君は、美姫を選出する国として名高いとある国の姫だったので、その血を姫様は色濃く受け継いでいるのだろう。私とは年も近く二つ年上の十八歳。
本当に姫様はお美しい……私とは違う。
さも珍しくもない鎖骨下までの枯れ葉色の髪。
しかも毛先にゆくにつれ、うねっている。瞳も同色。姫様のように、鮮やかな色が私には無い……
つい美しい主と自分を比べてしまい俯き気味になってしまったけれども、すぐに気持ちを切り替え、顔を上げて笑みを浮かべ唇を開いた。
「姫様。お茶の用意が出来ました。今日はアップルパイですよ。しかもバニラアイス添え!」
耳に届いただけでも生唾物のそのメニュー。
けれども、姫様は全く耳を傾けず、ただ手元にある薔薇を凝視していた。
もしかして何か珍しい品種なのだろうか? と小首を傾げながら尋ねた。
「どうかなさいましたか?」
「……本当にいい加減にして欲しいわ。うっとうしいのよね。あれ」
姫様はそう呟きながらぐしゃりと手中の薔薇の花を握り潰すと、姫様は顔を上げ無言の圧力と存在感を醸し出しこちらを見下ろしている物を睨みつけた。
それは塔のように天高くそびえる城。庭園に面したその建物は城の西側で、宰相や国王など政を司っている重鎮達の執務室が入っている。
それらの部屋に嵌め込まれた無数の窓ガラス。それに太陽の光が反射して、私は眩しくすぐに目を反らしてしまう。
――……姫様。
恐らく姫様が苛立っている原因は国王様の件だろう。
正妃である姫様がこの国に輿入れしたのは三ヶ月ほど前。
正式には、『まだ』王妃とは呼べない。
この国では承認を受けるには、七か月後にある『薔薇の式典』に参加しなければならないのだ。そこで大神官様の承認を得る必要がある。そのため身分は王妃候補という宙ぶらりんなまま。
私達の祖国はこの世界で屈指の歴史と最大領地を誇る名高いウルラート大国。
一方のシューベル王国は先の大戦で領地を吸収し、名を広め始めている新興国。
今は代替わりをして、若き王・ヴォルク様が政務に携わっている。
ウルラート国王――つまりは姫様の父君は、ここ十数年のシューベル連合王国のとどまる所を知らない名声とその未知の力を危惧。
和平の証に自分の娘を正妃にと申し出たのだ。俗にいう政略結婚というもの。
私は敬愛する姫様には好きな方と結ばれて欲しいと切に願っているが、それは容易いことではない。
国同士の存亡を賭けた駆け引きが掛かっているのだから。
婚姻による協定。その任務を受け姫様は長年使えている女官であるマチルダ様と、私を引き連れこちらに輿入れ。そのため今は私とマチルダ様の二人で身の回りの世話をさせて貰っている。
――もしかして、姫様は気にされているのかもしれないわ。国王様の夜の訪れが一度もない事を……
よりにもよって側室の方達にはある。無いのは姫様だけ。
そのため、側室達より心無い誹謗中傷や嫌がらせを受けていた。
特に酷いのが、第一側室のユーミアン様。始まりは姫様の私室前に置かれたカエル入りのプレゼント。それを皮切りに、次々と起こり始める嫌がらせの数々。
ただし、決して命に係わる物でなく何気に地味なものばかり。
それに対して姫様もやられたら倍返しというタイプ。
そのため、この間はお返しにと蛇をプレゼントしていたのを知っている。
そういう時の姫様は、嬉々としている。いつも咲き誇る薔薇のようなのに、その時はあどけない表情を見せてくれているので幼く見え可愛らしい。
――しかし、国王様は何をお考えなのかしら? 姫様の事を決して冷遇されているわけでもないけれども……
姫様はとてもお優しくて聡明。
その上、自分のような下の者にも気さくに話しかけて下さるような方。
誇るべき主だ。だから憂い事を掃って差し上げたい。
けれども、相手は一国の王。その事が心に重く圧し掛かる。
その上、私は国王様とは面識があるけれども、あの方もまた有能で身分の分け隔て無い性格の持ち主であると認識している。
そのため姫様への行動に対して首を捻るばかり。
もしかして何か理由があるのかな? とぼんやり頭の片隅で考えていると、
「排除致しましょうか?」
という、なんとも物騒な台詞が飛んできた。何の感情も含んでないような平坦な声。
それは今まで見守って居た侍女のマチルダ様のものだ。
「え、あの……その…それはちょっと……」
その発言には、流石に顔が引き攣るのを抑えられなかった。
国王様を排除なんて不可能だ。というか、辞めて頂きたい。もし誰かの耳に入ってしまったら、不敬罪にあたってしまう。
「いいわ、放置していても。あまりに目障りになってきたのならば、私が自ら手を下します」
「畏まりました。あまり、ご無理をなさらずに」
「姫様っ! それにマチルダ様も!」
あまりに淡々と語る二人に対し、悲鳴じみた声を上げてしまったのはやむを得ず。
何故このような晴れ渡った空の下、優美に咲き誇る薔薇に囲まれたティータイムにそんな血なまぐさく物騒な話に向かうのだろうか。
「何かしら? シェリル?」
「いえ、その……それは罪になりますので……それに両国間にヒビが……」
「大丈夫よ。そうやすやすと倒せる相手ではないから」
「そうでしょうね……」
私は、一国の王ですからという言葉を呑み込んだ。
「それよりもシェリル。今日は何かおもしろい話はあるかしら? 退屈で仕方が無いの」
「はい。では、姫様のティータイムが終わりましたら探して参ります」
「構わないわ。あとはマチルダにさせるから。今すぐ行って。何もなければ、適当な本を図書館で借りて来てちょうだい」
「畏まりました」
私は時折このように姫様の命により城の中を散策という名のもと、ゴシップネタを探してくる。
きっと暇つぶしなのだろう。
新しき姫様の命により、退出するため一礼をして体の方向を変えようとしかけた。
けれども、「シェリル」と名を呼ばれてしまい、そのまま足を一歩進めることなく再度そちらへ。
「口を酸っぱくして注意しているから、貴方も理解していると思うけれども、そこ――……西棟六階には近づかないでね」
「はい。大丈夫です!」
それには笑顔で答えた。
何故だが理由はわからないけれども、姫様はそこへ私が近づく事を酷く嫌がっている。
国王様や宰相様など国の重鎮達が執務を行っている場所なので、きっと何か失礼な態度を取ってしまうからと憂惧なさっているのかもしれない。
私はマチルダ様のように貴族出身ではなく、孤児院育ちだから。
――姫様に安心して頂くためにも、一日も早くこの仕事に慣れなければ!
孤児の私がどうして選ばれたのか理由が定かではない。
そのため時折不安になる。読み書きも出来なかったのにこうして仕事にありつけるのは拾ってくださった姫様のお蔭なのだ。
だからその恩に少しでも報いたい。一日も早く主のために役立つようにと……――




