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断星戦記  作者: 深波あきら
ユキハの章
9/9

-新たなる第一歩-

 ●現状

・ユキハ:黒い長髪の少女。傭兵部隊所属。少尉。元1号車戦車長。

・ヒビキ:元1号車操縦手。死亡。

・シズ:黒く長い髪を後ろでまとめている、切れ長の目が特徴の和風の美少女。18才。元1号車砲撃手。

・サユエ:丸い大きなめがねと黒髪のショートカットで、普段は明るくおしゃべり好きな少女。17才。元1号車装填手で、整備能力が高い。

・ナヤク:ぼさぼさの短髪の、ボーイッシュで小柄な少女。元3号車操縦手。

・イツナ:茶色っぽい天然パーマで、ほどよく焼けた小麦色の肌で、常にけだるそうな表情の女性。19才。元3号車装填手。サユエ同様整備能力が高い。

・他隊員2名(元元3号車戦車長と砲撃手)。現在、ユキハと合流済み。

・アレクシス:金髪碧眼の白人の青年。聖楓国中尉。現在、ユキハの捕虜。


 鈍く重たい振動音に、2両の鉄の車輪と履帯がきしむ音が重なりあい、山間に響き渡る。


 黒い土の山肌と、まばらな山林から、野鳥が飛び立ち、木々を揺らした。


 聖楓(せいふう)国の中戦車が曲がりくねった山道を先行し、砲塔がなく不格好な重戦車が後ろに続いていく。


 2両とも、黒色と焦げ茶色と濃い灰色3色がランダムに塗られている。いわゆる迷彩色だ。

 黒原の大地は、黒と灰色の土壌と、ところどころに他の地域から飛ばされてきた茶色い土が混ざっている。それらをベースに考えられた配色であった。


 だが、中戦車はともかく、砲塔部分が取り外されたまま、乗員の頭や、乱雑に詰め込まれた荷物が見える重戦車のほうは、滑稽で、悪目立ちしていた。


 とはいえ、黒原の大地の北側の丘陵地帯であり、しばらくは人の住まない場所である。人の手が入っていない背の低いまばらな木々と雑草ぐらいしかない、この丘陵地帯には、滅多に来る人もいない。


「一旦停止して」


 脱出してから20分ほど北上したとき、長い黒髪の少女、ユキハが、中戦車の操縦を行っているサユエに声をかけた。


「了解~」


 元1号車操縦手のヒビキが死んだため、元1号車装填手で、最も整備能力があるサユエが操縦を担当していた。


 聖楓国の戦車は、地球の米軍の戦車なみに、操縦が簡素化されて、一定の知識さえあれば簡単に操縦できることがウリである。ギアチェンジまでオートマチックのため、キャタピラの左右の回転数を上げる2つのペダルと回転方向を決める2本のレバーだけで操縦ができるのだ。ブレーキペダルはなく、ペダルから足を話せば、回転が止まる仕組みとなっている。

 他国の人間からすると、鹵獲(ろかく)された戦車を敵に簡単に使われてしまうリスクを大きく感じるが、聖楓国では、それ以上に、基本的な操縦は誰でもできるようにして、兵士の補充などをやりやすくするメリットを重視する方針なのだろう。


「停止-!」


 ハッチから上半身を出したユキハが、後続の重戦車に、停止のハンドサインを大きな身振りで行いながら、大声を出す。

 声が聞こえるかどうかも怪しいし、ハンドサインだけでもいいのだが、彼女の気分の問題なのだろう。


 なお、ユキハがわざわざハンドサインを使ったのは、現在、無線は、使用ができないためである。これは、周波数や機器の問題ではなく、戦闘地域であり、両軍から妨害電波が出されているからだ。


 キャタピラのきしみの音ともに、2両が停止すると、モーター駆動の戦車らしく、音が完全に止まり、一気に静かになった。


「全員、降車して集まって!」


 蛇行する山道とはいえ、時速50km程度で20分間走っており、基地から直線距離で約8km。砲音も聞こえなくなっているし、もう一応の安全圏に脱出できたといっていいだろう。


 ユキハは、中戦車の後ろに立ち、全員の集合を待つ。


「彼は、どうします?」


 中戦車から最後に降りかけている和風美少女のシズが聞いてくる。


「……一応、下ろして」


 シズが、内部に声をかけると、シズに続いて、金髪の頭が顔を出した。アレクシス中尉である。

 捕虜という立場の彼は、中戦車の座席の後ろの狭いスペースに押し込まれていたため、いつものにやついた笑顔ではなく、やや不満そうな表情だった。軽く首を回しながら、少し伸びをしてから、中戦車を降りてくる。


「やぁ? 解放してくれるのかい?」


「そんなわけないでしょ」


 ユキハは、軽くにらみつけてから、他の部下たちに真面目な表情で見渡した。


「これからの方針を話す。まず、わたしは、作戦が次の段階に入った時点で、雇用契約は終了したと考える。救出作戦もなかったし、自由に動こうと思う」


 ユキハの宣言に、部下たちは、少し目を見開いた。

 当然ながら、このユキハの宣言は、本来、あり得ない。作戦行動中に敵に捕らわれたとしても、脱出できたなら基地に戻って、報告する義務があり、そして、傭兵としての報酬を得て、初めて雇用契約が完了したといえる。

 それどころか、敵前逃亡罪に問われてもおかしくない、常識外れの無茶苦茶な理屈だろう。


「もし、自由商国軍への復帰を望むものがいれば、かまわない。36(さんろく)(36型重戦車LDMM-3-36)で、戦闘中の軍に合流してもいいし、西(自由商国のある方角)へ向かってもらってもいい」


 ユキハは、ゆっくり、部下たちひとりひとりを見渡す。


「それで、自由に動くとして、展望はあるんでしょうか?」


 正面に立つ茶髪の女性がたずねてきた。面長で、よく言えばすっきりとした細身。軍人としては、痩せすぎの印象である三十路過ぎの女性、ユーイである。彼女は、元3号車の戦車長で、ユキハに次いで2番目に階級が高い軍曹である。


 ちなみに、ユキハは、偵察部隊を率いる時点で少尉となっているが、元の階級は、ユーイと同じ軍曹。部隊を率いるのは、尉官以上という規則に則っての戦時任官であり、正式には特務少尉となる。


「みんなの疑問は、わかる。確かに、無謀に見えるだろう。だが、わたしは、今回の作戦が気に入らなかった。いきなりの宣戦布告と同時に戦争を仕掛けるのは、仕方ないとしても。そもそも、傭兵だけの軽戦車部隊で威力偵察は、犠牲を顧みない作戦だった」


 聖楓国の前線基地5カ所に、ユキハと同様の部隊が送り込まれている。ユキハたちが捕まった翌日の午前中に砲撃が始まったことを考えれば、ユキハたちの威力偵察部隊の出撃とほぼ同時に、少し足の遅い攻撃本体も出動していた計算になる。ユキハたちがとらえられていた北東がターゲットになったのは、無事に戻った他の部下たちの情報から、手薄だと考えた上層部が攻撃目標に選んだと考えた。


 実際は、前線基地の内、比較的に黒原の大地よりの3カ所では、それなりに威力偵察部隊は、無事に帰還できており、捨て駒とまではいえない扱いではある。

 だが、ユキハが考えるとおり、とらえられた捕虜の安全を考慮しない作戦であり、聖楓国側の準備が整う前に前線基地を攻略してしまう、一種の電撃作戦であったことも間違いない。


「それに、わたしたちは、切り札を手に入れた!」


 ユキハが、強めに宣言する。わたしとはいわず、わたしたちといったのも、ひとつの計算だ。


「……84(はちよん)(84型中戦車LDMM-2-84)、ですか?」


 機械好きの、一種の戦車オタクといえるサユエが、おそるおそるといった感じで聞いてきた。


「……」

 

 ユキハは、首を横に振る。

 もちろん、戦車も戦力として重要なものではあるが、そもそも砲弾がない以上、補給するまで、攻撃力は、ほとんどない。敵兵をひき殺したり、体当たりする程度には使えても、それ以上の能力はなかった。


「こいつよ、こいつ」


 ぼーっという表情で、ユキハの斜め後ろに立っていたアレクシス中尉の腕を掴むと、前に押し出す。


「こいつ……ですか?」


 ユーイがたずねる。全員の真ん中に押し出された中尉を、全員が周りから観察する。


「あー……アレクシス、です。えーと、よろしくー」


 周囲からの女性たちの視線に耐えられなくなったのか、いつものヘラヘラした表情で、アレクシス中尉が挨拶した。


「挨拶なんていいわよ。あーとかえーとか多いこいつがわたしたちの切り札よ」


 頭をかきながらペコッと会釈する純西洋風の男であるアレクシスを、後ろから軽くツッコミをいれるユキハ。


「その、アレクシス中尉、さんが切り札? 聖楓国と何か取引するんですか?」


 ユーイが値踏みするようにアレクシスを観察する。


「中尉さんだから、10万ぐらい取れるかな?」


「バカね、100万は取れるんじゃない?」


 イツナが笑うようにいうと、それまで黙っていた少女が、イツナに10倍の金額で返した。前髪の一房が白い銀髪になった彼女は、ナオン。元3号車砲撃手である。銀髪は、色を染めたり抜いたものではなく、一種の遺伝である。地球から離れて6000年以上が経過し、日本人と西洋人の混血が進む中、遺伝子の変化から、彼女のように髪の一部が別の色になったり、まだらになったりする人もたまに見かけるようになっていた。

 なお、髪の色が、青やピンク、緑といった、アニメやゲームのような色になるほどの遺伝子変化はなく、いたとすれば、当然、ウイッグか髪を染めているということになる。


「状況しだいじゃ、そういうことも考えられるけど、違うわよ」


 ユキハは、もったいぶるように、いったん間をとった。


「こいつは、王子様、なのよ」


 王子様にアクセントをつけて、言い放つ。


「王子様……」


「女王の息子なんですか」


「それは、まあ……」


 部下たちは、さらに観察するようにアレクシスを見た。


「……隊長の男にでもするつもりですか?」


 一番年上のユーイが、ユキハに告げる。


「バ、バカ、いわないで! 違うわよ、先生やってた王子様なの!」


 急速に顔を真っ赤に染めたユキハが早口でまくり立てる。


「知識! こいつの知識は、武器になる! これがチャンスでなくて何がチャンスなのよ!」


 照れ隠しのように乱暴な口調で断言するユキハ。


 この断星の大陸では、“王都”が地球時代の技術を、各国に提供する場合、いろんな方法をとる。最新技術は文字情報で送られることも多いが、“王都”生まれの男子を公開するレベルまでの教育を施し、各国の学校の教員として送り込むという手段も用いられるのだ。


「王子様の先生って初めてみた~」


 イツナがアレクシスの周りを回りながら、観察を始める。


「確かに、女王の実子である王子の場合、技術者になることが多いですからね」


 シズがつぶやく。

 彼女のいうとおり、王子と呼ばれるのは、“王都”生まれの中でも、女王の実子のみ。“王都”で生まれた男子は、基本的に身分の違いがあるわけではないが、王子の場合、教師役となるより専門知識を学び、“王都”が管理する各地の電力網の管理・整備を行うことが多い。各国への技術提供を行う場合でも、教師ではなく特定分野の専門技術者として、研究機関などに入る場合がほとんどで、子供の教育を受け持つ教師となることは少ない。


「えーと、ぼくは、歴史の先生なんですよー実は」


 アレクシスの場合、歴史が好きだったため、自ら望んで歴史を学び、歴史の教師として“王都”から聖楓国へ派遣されることになった。当初は、学校の先生として聖楓国の学校に赴任していたのだが、彼が地球の戦史や戦略・戦術などにも詳しかったことから、聖楓国が軍内部での教育などの理由をつけて、中尉として招聘(しょうへい)したのである。

 そのため、配属されたもの、もともと戦争を行っていた大陸中央方面ではなく、敵対関係のなかった自由商国側の国境沿いの基地であり、自由商国の突然の戦線布告がなければ、本来後方といっていい安全と思われる場所であった。


 自由商国の突然の戦線布告と、即日の威力偵察がなければ、このようにユキハたちの捕虜になることもなかっただろう。


「……歴史の先生、ですか」


 ユーイは、やや首をかしげた。確かに、歴史、特に戦史や戦略は、軍にとっても有用な知識ではある。だが、彼は、自分たちをとらえるときに、戦車を率いてきた。他に部隊の指揮官がいたかもしれないが、代表として声をかけてきたのは、間違いなく彼である。

 ただの先生とは、思えなかった。


(もしかしたら、監察官かしら、ね)


 監察官は、各国の文化度を測る“王都”側の人間である。各国の文化度は、結局、各国への地球時代の先進技術の提供レベルを決定するものであり、様々な人間が監察官として、情報を集めて、“王都”に報告する。

 ただ、その身分は、多くは一般人に紛れており、秘匿されている。


(彼が監察官かどうかはわからないけど、聖楓国は、監察官の可能性が高いと判断して、後方の基地に配属するようにしたのかもしれないわね)


 ユーイは、声にはせず、考える。王子という立場でもあり、可能性は高い。

 事実、聖楓国は、彼が監察官である可能性を考えていた。できれば取り込みたいと思い、美人の副官や秘書官をつけ、籠絡して情報を取りだそうとまでしていたのである。


「わかりました、隊長。では、自由商国軍へ復帰するものは、重戦車の方へ。隊長についていく者は、中戦車の方へ」


 ユーイがそういうと、ユキハがアレクシスに腕を絡ませて引っ張りながら中戦車の方に移動する。


 シズは即座にその後に続き、何も考えてなさそうなイツナが続く。


 ユーイは、動かず、全員の動きを見守っている。彼女は、ひとりでも重戦車側に行く、つまり、自由商国に戻るなら、いっしょに戻る気でいた。捨て駒にされたという思いもあるが、年長者としての責任から、自分の意志をあえて封印することにしていたのだ。


 いろいろ悩んでいたサユエが、みんなの顔色をうかがいつつ、結局、ユキハのほうに歩き始めると、迷っていた他のメンバーも続く。


 そして、ナオンとユーイが、残された。


「ナオン、あなたが戻るなら、私も戻りますよ」


 ナオンひとりでも重戦車を操縦することはできる。だが、たったひとりで戻る不安は、想像以上に大きい。

 だが、孤独になるという不安だけで、自分の意志を曲げて、これから確実に苦難が続くだろう道を選択するべきではない。そう考えたユーイが優しく声をかけるのだった。


「……いえ、大丈夫です」


 ナオンは、何が大丈夫なのか、曖昧に返事をすると、キリッと顔を上げる。


「私も、隊長についていきます」


 ユキハのほうに向かって歩き出すナオン。


「ユーイ、あんたは、戻る?」


 ユキハが、立ち止まってナオンを見送るユーイに声をかけてきた。


「……いいえ、私も隊長と共に」


「じゃあ、全員ね! わたしについて来なさい!」


 ユキハが空に向かって宣言する。

 小さな宣言をする少女を、アレクシスは、興味深そうに見つめていた。


 こうして、ユキハたち戦車兵7名は、自由商国軍を離れることを決意したのである。

 苦難の道の先に、どういう未来があるのか、彼女たちは知るすべもない。だが、後の歴史学者の多くが、この時点を、ユキハという女傭兵が世界を席巻するほど一大国家を樹立する、新時代の幕開けだったとするのであった。


●公開可能情報

 この断星の大陸では、化石燃料や火薬がほとんど存在しないため、基本的に、電磁石の力で砲弾を発射する電磁投射砲である。

 軽戦車や中戦車の砲は、こぶしよりも小型で、丸や流線型だけでなく、円盤型や針状など、様々な形状の砲弾を、速度を極限まで高めて直線的に撃ち出す方式が多い。一方、重戦車や自走砲の砲は、比較的に大きめの、流線型の形状の砲弾を可能な限り速度を高めて、やや山なりに撃ち出すものが多い。

 自走砲や超重戦車の中には、さらに長大な砲を持ち、長射程でさらに大きな質量弾を、高く打ち上げ、放物線状に飛ばして、対象を破壊する榴弾方式のものもある。

 これらは、基本的に全て電磁投射砲ではあるが、圧縮ガスを併用したり、水素混合ガスなどの可燃性ガスを用いる方式もあるが、現時点の各国の技術力レベルでは、安全性に乏しく、あくまでも電磁投射砲との併用である(電力が唯一といっていい安全なエネルギー源のため、他の技術レベルよりも電気を利用する技術レベルが高くなっているのである)。


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