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断星戦記  作者: 深波あきら
ユキハの章
8/9

-脱出-

●現状

・ユキハ:黒い長髪の少女。傭兵部隊所属。少尉。元1号車戦車長。現在、脱出中。

・サユエ:丸い大きなめがねと黒髪のショートカットで、普段は明るくおしゃべり好きな少女。17才。元1号車装填手で、整備能力が高い。現在、脱出中。

・イツナ:茶色っぽい天然パーマで、ほどよく焼けた小麦色の肌で、常にけだるそうな表情の女性。19才。元3号車装填手。サユエ同様整備能力が高い。現在、脱出中。

・シズ:黒く長い髪を後ろでまとめている、切れ長の目が特徴の和風の美少女。18才。元1号車砲撃手。現在、脱出中。

・他隊員3名。現在、ユキハと合流し、脱出中。

・アレクシス:金髪碧眼の白人の青年。聖楓国中尉。現在、ユキハの捕虜。


 空には、ちょうど太陽がほぼ真上に来ている。

 白い雲がゆっくりと流れていた。

 戦車砲の轟音から、迫撃砲による爆音へと変わり、基地を越えて榴弾が飛び越えていく。

 どうやら、戦況は、戦車同士の中距離での砲戦から、長距離迫撃砲による遠距離砲撃戦へと変わったようだった。


 ユキハは、両膝をついて地面を見つめる。

 ストレートの長い黒髪が表情を隠していたが、そのややうつむき加減の身体全体から悲しさが伝わってきた。


「隊長!」


 その背中に、隊員たちが声をかけてきた。爆発のあと、ヒビキの死亡を確認したサユエは、基地出口の門まで走り、待機していた隊員たちを集めたのである。


「隊長・・・」


 長いストレートの髪を後ろでひとつにまとめた和風の美少女――シズが声をかけてくる。


「ヒビキのことは、残念でした」

「っ!」


 シズの言葉に、ユキハは、唇をかみしめる。


「いきましょう、時間がありません」


 戦況は、わからないが、迫撃砲の撃ち合いとなっている。基地にも榴弾が何発も着弾しており、いつ、ユキハたちのいる整備工場へ着弾するかもわからない。事実上、悲しんでる時間などはなく、いち早く、移動手段を手に入れ、脱出を計らなければならないのだ。


「・・・」


 だが、ユキハは、傭兵部隊の小隊を率いることになった隊長とはいえ、今回の作戦のための臨時的なものでしかない。つまり、ユキハは、隊長となる特別な訓練を受けたことはなかった。たまたま、傭兵部隊の女性戦車兵の中で一番長かったというだけなのだ。

 実際に部下の戦死者は、今回のヒビキが初めてであり、ユキハが心のコントロールを失ってしまうのも、仕方がなかった。


36(さんろく)型重戦車(LDMM-3-36)は、砲塔がありませんが、もう動かせます。84(はちよん)型中戦車(LDMM-2-84)もトラップを解除、現在、右側の履帯損傷部の交換をサユエが行ってます」


 だが、ここは、砲弾が飛び交う戦場である。

 シズは、あえて淡々と、事務的な口調で報告した。トラップによって内部が爆発的なエネルギーの嵐によって破壊され、いまだヒビキの遺体が残るユキハの目の前の戦車のことには、触れない。


「・・・全員、撤収準備。使えそうなものを36(さんろく)に積み込んで。くれぐれも、トラップのたぐいに気をつけて。特に、エネルギーパックは、サユエかイツナに任せるように」


 ユキハは、絞り出すような声ではあるが、冷静に指示を出す。


 ちなみに、聖楓(せいふう)国の戦車は、末尾の数字の型で呼ぶが、ユキハたちの自由商国軍のように、年式で分けられる日本軍準拠の場合は、式をつけるのが一般的。例えば、今回の作戦でユキハたちの乗っていた軽戦車は、30(さんまる)式軽戦車と呼ぶが、正式名称を紫苑型30式1号軽戦車である。自由商国で一般的に使われる聖帝歴6030年に制式採用された紫苑型軽戦車ということだ。また、1号は、同年代に同じ軽戦車で1番目を表す(同年に軽戦車で制式採用されたものがあれば2号・3号と連番がつけられるが、この年は、1号のみである)。


「はっ」


 シズは、略式の敬礼をして、そのまま、指示を伝えにいこうとする。


「あ、シズ。アレクシス中尉は?」


「門のところに。ナヤクに銃を持たせています」


 ナヤクは、元3号車の操縦手である。


「じゃあ、2台の戦車で脱出するから、ナヤクを呼んできて。アレクシス中尉も一緒でかまわない」


「はい」


 シズは、倉庫にいる他のメンバーに指示を伝えながら、整備工場の出口へと走って行った。


 ユキハは、まだ焼けた鉄やオイルの臭いがする目の前の壊れた戦車を、にらめつけながら、ゆっくりと立ち上がる。涙を囚人服の短い袖で、無理矢理ぬぐうと、戦車に近づいた。

 爆発の衝撃で、砲塔が浮き上がり、裂け目ができている。ゆっくり手を近づけると、ほんのりと熱を感じるが、やけどするほどではなかった。

 手を伸ばして、手すりになるパーツを使い、器用に車体に足をかけて、砲塔にのぼる。

 体重がかかったときに、車体が変に揺れるが、開いたままのハッチをのぞき込む。


「うっ」


 鼻をつく血のにおい。そして、ずたずたになった車内。その破片の間に、ヒビキの黒髪が、頭皮の一部とともにへばりついていた。

 ユキハは、猛烈な吐き気を気持ちで押さえつつ、車外を見渡す。すると、戦車のそばに、工具箱と思われる鉄製の箱が近くにあるのを見つけた。


「つかえるかも」


 ユキハは、そうつぶやくと、いったん戦車から飛び降り、工具箱を開ける。

 スパナやドライバーなどがはいっており、その中から、ペンチを取り出した。先端が細くなっていて、根元付近に、導線などを切ることができるタイプのものだ。


 それをもって、再び、戦車に飛び上がると、ハッチから上半身を突っ込み、手を伸ばして、血まみれの髪の毛を一束分だけ、苦労しながら切り取った。

 ハサミではないので、綺麗に切れなかったが、長さ10cmの髪20本ほどを持つと、身体をハッチから引き抜く。


「ごめんね・・・」


 一瞬黙祷を捧げると、髪の毛をつかんだまま、戦車から降りた。すると、目の前に、シズと、連れてこられたアレクシス中尉が立っている。アレクシス中尉は、いつものニコニコした表情ではなく、厳しめの表情で、ユキハの血まみれの髪を持つ手を見ていた。

 そして、アレクシス中尉の後ろには、ショートカットというより、全く手入れしておらず、ぼさぼさといっていい短髪で、性別を感じさせない、よく言えばボーイッシュで小柄な少女――ナヤクが、アレクシス中尉に小銃を突きつけて立っている。


「だれか、ハンカチか、タオルか、何か包めるものはない?」


 アレクシス中尉の視線には、何も答えず、部下たちに聞いてみた。

 遺髪を手に持ったままにするわけにもいかない。だが、アレクシス中尉以外、全員、捕虜からの脱走中であり、ポケットすらない囚人服である。アレクシス中尉は、ハンカチを持っていたはずだが、彼のものを使うのは、なぜか、嫌だった。


「隊長、タオルがあります。こちらをどうぞ」


 シズが差し出してきたのは、白いタオルだった。決して洗濯したてのような綺麗なものではない。ただ、工場内にあったものだろうが、油汚れなどはなく、ぞうきん的な使われ方をされたものではないようだ。


「作業棚にありました。今は、これで。後で、ちゃんとしてあげましょう」


 シズは、タオルを広げて差し出してきた。まるで、うやうやしく、捧げ物でもするかのように。

 ユキハがタオルの中央に遺髪を置くと、シズは、優しく包み込んでいく。そして、もうひとつ、別のタオルを差し出してきた。


「これで手をふいてください。手を洗いに行く余裕はありませんが・・・」


 ユキハは、タオルを受け取ると、手についた、血やオイルの汚れをふき取った。とても綺麗にはならないが、シズの気遣いには、助けられた思いだった。


「中戦車は、どう?」


 ユキハは、中戦車のほうに歩き出しながら聞いてみる。アレクシス中尉を無視するような形だが、ナヤクが小銃を突きつけているままなので、逃亡の恐れはないだろう。

 ナヤクは、一見、少年にしか見えないが、彼女も、小銃だって扱ったことのある兵士だ。


「履帯の交換、修理は、もうちょっとかかりますぅー」


 中戦車の下部の方から声がする。履帯の破損部分の取り替えを行っているサユエの声だった。


「トラップは、解除ずみです。内部の故障は、ありません」


 戦車の上から声がかかった。戦車のハッチから顔を出したのは、イツナである。手にはスパナを持ったままだった。


「プラグのいくつかは、交換が必要でしたが、部品があったので取り替えました。ただ、砲弾がなかったので・・・」


 砲弾がないことは、予想済みだった。すぐに動かせない戦車に、エネルギーラインを付け替えるだけという簡単なトラップのみとはいえ、その程度の細工をしてから撤退したのだ。砲弾のたぐいは、綺麗に持ち去られていると考えていいだろう。


「操縦は、大丈夫そう?」


「はい、スイッチなどの細かい部分に違いはありますが、だいたいは、一緒ですから、ナヤクたち操縦士なら、問題なく動かせますね」


 今は、とりあえず、砲弾よりも、脱出する足が必要な状況である。今も、まだ、迫撃砲から放たれた砲弾が、基地の南側に何発も着弾しており、空を飛び交う砲弾が、整備工場の真上を通過したこともあった。


「じゃあ、履帯の交換が終わり次第、脱出します。イツナは・・・こっちはいいから、重戦車のほうにいって。トラップの判別とか、お願い」


「はいー」


 イツナは、軽い声で返事をして、重戦車に荷物を積み込む部下たちの方へ歩いて行く。どこまでも、陽気な性格は、死者が出た今も変わらない。



 そして、数分後。履帯の修理が完了した中戦車に元1号車のユキハたちが乗り込み、砲塔がない重戦車に、とりあえず詰めるだけ荷物などを満載して、元3号車のメンバーが乗り込んだ。重戦車のほうは、荷物優先になってしまい、3号車の車長と砲撃手は、車体に張り付いたままだ。


「さあ、脱出するわよ! 目標は、まずは、北! 門を出て、安全なところまで北上するわ!」


 ユキハが、中戦車のハッチから顔を出したまま、大声で号令をかけると、2両の戦車は、キャタピラをきしませながら、修理工場を出て行く。


「ごめんね・・・」


 ユキハは、囚人服の胸元に手をやりながらつぶやいた。遺髪の入ったタオルが治められている。

 工場から出るときに振り返ると、今もヒビキの遺体が残ったままである中戦車が目に入った。

 ユキハの頬を涙が一筋ながれ、頭上の太陽がユキハの肌を焼く。そして、2両の戦車が速度を上げ、北門を通過した。


 整備工場に榴弾が飛び込み、残された中戦車が崩れる整備工場の残骸に押しつぶされたのは、それから2分後のことだった。


●公開可能情報

 戦車の種類は、使用法や設計思想による区分けで、主力戦車、軽戦車、中戦車、重戦車、超重戦車、自走砲、規格外車両に分けられる。

 重量による区別ではなく、仕様や役割での区別であり、重量的には、中戦車と重戦車の中間あたりにある戦車が主力戦車と設定されていることが多い。

 基本は中戦車であり、それを威力よりも軽量化して速度を高めたものを軽戦車、速度を捨てて威力を高めたものが重戦車、中戦車の改造ではなく、設計から、威力重視の大型戦車を超重戦車とされている。

 主力戦車は、その国が制式戦車として採用された中で、もっとも強い戦車となる。強いというのが何を表すのかは、国や年などでも異なり、明確なものはない。主に、中戦車ベースに威力やモーター出力、装甲などを強化した戦車が主力戦車とされることが多いが、中・重戦車にあたる戦車がそのまま主力戦車となることもある。

 それ以外は、自走砲か規格外車両とされる。

 例えば、速度重視でも、中戦車の規格を元にせずに設計された超軽戦車といえる二人乗り戦車などは、規格外車両に含まれたりする。

 また、砲塔がなく、車体に砲門が直接ついたものが自走砲となる。自走砲は、大きさなどでの区別はない。


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