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断星戦記  作者: 深波あきら
ユキハの章
6/9

―王子様?―

●現状

・ユキハ:黒い長髪の少女。傭兵部隊所属。少尉。現在、捕虜から脱出中。

・他隊員7名も同時に捕虜となったが、以降の安否は不明。

・アレクシス:金髪碧眼の白人の青年。聖楓国中尉。現在、ユキハの捕虜。

 ユキハは、壊れた鉄格子の扉をキック一発で破壊し、天井や壁の残骸を踏み越え、時には、大きながれきを押しのけながら、しばらく進む。


「なかなかハードな行程ですね」


 小銃を突きつけられたままのアレクシス中尉が、膝丈を越える大きさのがれきを越えながらいった。

 がれきは、天井や壁などの建材が崩れたもので、一見、大丈夫そうにみえても、下手に体重を載せてしまうと、踏み抜いたり、大きく崩れてしまい、大変なことになる。

 足場を確認しながらなので、わずかな距離を進むにも、時間がかかってしまう。


「それにしても、アンタ、体力ないわね」


 がれきを越えていくのは、なかなか体力がいる。だが、軍人なら、多少の障害物を越える程度で手間取ったりしない。

 それなのに、アレクシス中尉は、がれきを越えるのに苦労している。


「まあ、仕方ないよ。ぼくは、ゲストだから」


 アレクシス中尉は、腰ぐらいある、がれきの段差に苦労しながら、照れたような声で答える。


「ゲスト?」


 ユキハは、怪訝そうな声で聞き返した。


「あー、正語だと、来客・・・臨時会員・・・寄生動物、でもないか。えーと、招待された士官、でいいかな?」


 正語とは、現在、“王都”から、共通語として発布され、教科書となっている言葉だ。

 “王都”が各国の技術レベルに応じて、地球時代の技術の提供を行うが、その技術の元となった時期の記録データベースから、日本語を抽出して、正語として各国で語学教育をしている。

 この抽出の課程で、外来語のうち、完全に日本語と化したと判断されないカタカナ言葉を中心に、漢字に変換されていた。

 英語やドイツ語などでも同様の抽出が行われているが、ユキハの育った国では、英語が専門課程用の研究者しか習わない言語であり、カタカナ語の多くが、わからなかった。


聖楓国(せいふうこく)は、英語も使うんだっけ――まあ、いいや。つまり、客員士官ってことかしら?」


 アレクシス中尉の所属する聖楓国は、元々、西洋人の血を引くものも多く、正語とともに英語も使われている。そのため、聖楓国の会話は、他の正語中心の初等教育の国々と異なり、外来語混じりの正語――つまり、本来の日本語らしい言葉となっていた。


「そうなんだ。ぼくは、本来は、先生だからね」


 やや照れくさそうに答える。

 先生とは、教育者であり、それは、つまり技術や教育を提供する“王都”出身者を現す。


「・・・もしかしてとは、思ったけど、あんた、王子様?」


“王都”は、基本的に女性社会であり、男子禁制の世界である。つまり、“王都”で教育者になれる男性は、唯一、“王都”で生まれる子供だけであり、その中で、女王の直系の子供を王子と呼ぶことがある。


「えーと、まあ、わかるだろうからね」


“王都”で生まれる男子は、女王の子供だけではないが、聖楓国にある“王都”の女王は、白人系の血を連綿と残してきていた。


「“王都”ボードウォークシティ、正語では、沿歩市(えんほし)の女王の子、歩鷲羽赤川(ほわしゅうあかがわ)アレクシスです」


 アレクシス中尉は、振り返ると、優雅な、しかし、どことなく過剰な演技っぽさをにじませた宮廷風のお辞儀をしてみせた。


「やっぱり。そっかぁ。王子様かあー」


 じろじろと見てしまう。

 地球と断絶してから6千年以上が経った現在は、当然のように、さまざまな混血が進んだ時代である。ここまで純粋といっていい白人は、聖楓国とはいえ、珍しい。

 これは、もちろん、この断星の大陸で、少数派となる白人の血を残すため、女王の一族が義務として受け継いできたものである。


「あまり、その呼び方は、やめてもらえないかな」


 アレクシス中尉は、苦笑いを浮かべながらいった。


「なんで? 王子様でしょ?」


 ユキハは、銃口で、進むようにうながしながら、疑問を口にする。


「確かに、旧星時代での意味でいえば、王の直系は、王子だけど。女王の子でも、男子が王になれるわけでないし、様なんていらないよ」


 再びがれきが敷き詰められた廊下に苦戦しているアレクシス中尉は、説明した。


「わかってるわよ。隠語? みたいなものよ。知らないかぁ。ちまたじゃ、皮肉を込めて王子様って呼んでるのよ。面と向かっては、いわれたことがないのかもね」


 アレクシス中尉は、肩をすくめると、大きめのがれきをやっとの思いで乗り越える。


「・・・あー、まあ、何の権力もないからね」


(そんなわけはないよね。王子様だし、独占技術の塊の“王都”で学んで、先生になってるわけだし)


 ユキハは、心の中で計算する。これは、ユキハにとって、人生最大のチャンスに思えた。

 近くに着弾はないものの、未だに砲声は聞こえてくるし、人生最大のピンチでもあったのだが。


「とりあえず、急ぎましょうか」


「了解」


 がれきを踏み越えつつ、しばらく無言で進んでいくと、やっと天井が崩壊した廊下部分を越え、小さい小石ぐらいのがれきだけで、普通に歩ける廊下部分まで到着した。


「あんたには、“わたしの”捕虜になってもらいます」


 複雑に入り組んだ白い廊下を進みながら、ユキハは、強めに口調で宣言する。

 脱出のためだけの一時的な捕虜じゃないという意味であり、そして、ユキハの母国、自由商国の捕虜ではなく、ユキハ個人の捕虜だという意志を込めた宣言だった。


「あー、どういう意味? もう捕虜みたいなものだと思っていたんだけど」


 だが、アレクシス中尉には、通じていないように思えたし、


(まあ、通じてなくてもいいか。とりあえず、今は、部下といっしょに脱出するだけだ)


 ユキハは、やはり、あーとか、えーとか多いなと、思いながらも、銃口で先に進むように背中を押した。


「・・・いいから、次は? さすがに、そろそろ到着じゃない? もしものときは、王子様でも殺すわよ」


「・・・あー、うん。この先を右にいくと、独房壕区域。まっすぐいって左の階段を降りると、囚人房壕区域だったはずだよ」


 相変わらず、頼りない感じの口調だった。尋問室で部下に厳しい口調で指令していたのが嘘みたいで、変な余裕を感じる。


「はず、って。あんたの命がかかってるってわかってる?」


 銃口を突きつけながら、強めにいってやる。


「えーと、ゲスト――客員士官だから、あまりここまで来なくてね。一応、地図は、ひととおり覚えてるけど、実際に来るのは、初めてなんだ」


 アレクシス中尉は、銃口を突きつけられながらも、変わらない軽い口調で説明した。


「まあ、客員の王子様なら、ほとんど来ないか。でも、もしも、わたしを欺した時は、わかってるでしょうね」


 完全に納得したというわけでもなかったが、一応の同意とともに、警告もしておく。


「で、わたしの部下は、独房壕? まさか、囚人房壕じゃないよね?」


 もしも女性の部下たちを囚人部屋に押し込めてたりしたら、とても許せそうにはない。


「捕虜は、全員独房壕区だよ。囚人房は、今は誰もいない」


 ユキハは、内心、ほっとしつつも、厳しい表情のまま、アレクシス中尉の後ろを油断なく歩いた。


「まあ、戦地の最前線で、囚人もないか」


「開戦前までは、いたようだけどね」


 ここは最前線だが、もともと、聖楓国では、もっとも西にある辺境。前線基地としてだけではなく、囚人用の監獄としても使われていたのだろう。


 通路を右に曲がると、見覚えのある場所――両側に3つの扉がある短い廊下に出た。


「・・・開けて」


 ユキハが銃を構えたまま、扉を開けるようにうながすと、アレクシス中尉は、一番手前、右側の扉を開けた。

 ユキハは、慎重に、油断せず、扉の外から声をかける。


「誰かいる?」

「! 隊長! っ! ご無事でしたか」


 中から、丸い大きなめがねとショートカットの少女が出てくる。ユキハと同じ捕虜用の白い囚人服――ごわごわとした硬い繊維で袖無しジャージのようなのシャツと、膝丈までの短いパンツ姿だった。


「サユエ! 無事?」

「はいっ!」


 部下のサユエだった。見た目、どこも怪我はなさそうに見える。


「とりあえず、話は後。戦闘は、まだ続いてるけど、どうなるかわからない」


 銃をアレクシス中尉に向けて構えたまま、サユエに早口で告げた。


「それで、他の部屋もあけて。捕虜だけってことだから、全部あけちゃっていいわ」


 アレクシス中尉の持つ鍵を銃口と目線で示す。ユキハが銃を突きつけながら中尉に開けさせていくよりも、サユエが順番にあけていくのがいいと思ったからだ。


「他の捕虜は、どこ?」


 アレクシス中尉に尋ねた。


「下の階だね。階段が手前の通路を戻って左にある」


 中尉は、この時点でも、特に抵抗することもなく、ひょうひょうとした表情のまま、答えた。

 サユエは、怖々とした表情を浮かべながら、ゆっくり手を伸ばして、中尉から鍵を受け取る――というよりも、奪いとった。


「全部の部屋を開けちゃっていいわ。下の階にもいって、全員を救出するように」

「はいっ」


 サユエが次々と扉を開け、中の捕虜――部下たちを解放していった。

 どうやら、現在、この場所には、自分の部下たち以外の捕虜はいないようである。

 全ての部屋に部下がいたわけでなく、空き部屋を挟む形だったが、全部の扉が開かれ、中から、同じ白い囚人服を着た部下たちが集まってきた。


「隊長!」

「油断するな! 全員そろったら、脱出するわよ」

「了解!」


 油断するなといったものの、武器は、ユキハの持つ小銃ひとつだけ。

 それでも、部下たちは、廊下の両端に素早く分散し、敵――今回の場合は、この基地の人員――が来ないか警戒を始めた。


 階下からも部下が到着し、7名の部下全員がそろう。全員、怪我もなく、虐待もされたふうでもなかった。


(1日だけだったのも、よかったかな)


 捕まった日は、身体検査などと簡単な尋問だけだったため、厳しい尋問は、行われていなかった。

 今日のユキハの取り調べが、最初だったということだ。


「さあ、あんたには、わたしたちと一緒に来てもらうわよ」


 改めて、アレクシス中尉に銃を突きつけながら、宣言する。


「足を手に入れないとね。あんた、案内しなさい」


 味方の基地へ戻るにしても、ここは、黒原の大地の端。固まった炭と灰でデコボコの黒原の大地、徒歩では、十分な装備があっても、無事に戻れるかわからない。そもそも最も近い基地まで200kmほどある場所だ。


 仮に戦闘中の味方軍と合流するにしても、砲撃の前に飛び出すこともできない。迂回するにも、足――車があったほうがいいだろう。


「んー、どうかな。全部壊されてるか、乗っていったんじゃないかな?」


 味方軍の砲撃は、さっきまでいた建物の屋根を崩壊させるほどだった。外部に止めてあった車両は、壊れているだろう。

 だが、前線基地で建物の外にだけに全ての車両があるとは思えなかった。無事なのもあるのではないだろうか?


「戦闘に使わないのもあるでしょ? 支援のトラックとか残ってない?」


 ちなみに、トラックのような漢字で変換しにくい名詞は、正語にもカタカナ語で残っているものもある。


「いや、えーと、総員退去命令が出たからね。逃げるなら、早く北に逃げたほうがいいと思うよ。きっと、ここは、両軍から砲撃されることになるはずだよ」


 尋問室で、アレクシス中尉が指示した暗号命令――404は、総員退去や基地放棄を検討するように具申するものだったのだ。


「それを早くいいなさいっ! 全員、逃げるわよ!」


 ユキハは、驚いた表情で怒鳴りつけるのだった。


●公開可能情報

 黒原の大地周辺の気候は、赤道近くであり、暑い。

 雨期と乾季があり、雨期には、大嵐がたびたび襲来し、固まった炭の大地を洗い流していく。雨水を吸収しにくい地質であり、洪水となることも多い。

 4ヶ月ほどある乾季には、完全に雨が降らなくなり、乾燥する。大地は、過酷な環境におかれる。現在は、乾季となって3ヶ月ほどが経ち、相応の装備がなければ、徒歩での行動は、まず不可能だ。

 これらの雨期と乾季それぞれの厳しい環境により、徐々に、固まった炭の大地も風化が進み、徐々に、海に流れ出している。そのため、少しずつではあるが、黒原の大地は、徐々に面積が縮小している。


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