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断星戦記  作者: 深波あきら
ユキハの章
5/9

―逆転―

●現状

・ユキハ:黒い長髪の少女。傭兵部隊所属。少尉。現在、捕虜。

・他隊員7名も同時に捕虜となったが、以降の安否は不明。

「・・・うぅ・・・」


 ユキハが目を開けると、そこは、真っ赤に染まった世界だった。

 視界のほとんどは空。赤く染まった空。


(夕焼け?)


 夕焼けとも違う感じがした。


(あれっ、寝てる?)


 ユキハは、仰向けに寝ている自分を自覚する。

 奇妙な感覚を覚え、数回、瞬きをしてみた。


 顔面が濡れている感覚。

 手を動かそうとして、体が重いことに気がつく。


「くっ・・・」


 無理矢理、手を挙げて顔をぬぐった。真っ赤に染まる手と、額に感じた一瞬の痛み。


「つっうー」


 顔をぬぐい、瞬きをしたことで、赤一色だった世界に、色が戻ってきた。

 痛みを感じる額を押さえて、体を起こすと、額から流れる血の感覚がする。


 額を切ってるのは、間違いない。


(そうか、吹き飛ばされて・・・)


 廊下に出ようとしたところで、背後から衝撃を感じ、そのまま、吹き飛ばされたことを思い出した。


 どこかにぶつけたのだろう。額を切っている。


(何か傷口を押さえるものはないかしらね?)


 と、自分がごわごわした捕虜用の囚人服で、ハンカチもタオルも何もないことに気づく。


「えっ、あれ?」


 そして、周囲を見回して、はじめて自分ががれきの中に埋もれていることに気がついた。


 廊下は、砲弾で天井が吹き飛ばされたのか、きれいになくなっていたし、壁もところどころに穴が開いている。

 穴の向こうは、どこもがれきに埋もれていてよくわからない。

 廊下の通路は、かろうじて残っているが、天井や壁のがれきで、覆われていた。


「よく、助かったわね」


 気を失ってる間に、ユキハがいる建物全体に、砲撃が何発も直撃したのだろう。

 ユキハがいたのは、平屋か、もしくは最上階だったようで、上の階が崩落して押しつぶされることがなかったらしい。


 砲撃音も続いているが、銃撃音も加わっている。どうやら、交戦状態になっているらしいが、ユキハのいるところからは、少し離れているようだった。


「吹き飛ばされたときに額を切っただけか。幸運、よね」


 周辺に人影は見えなかった。気絶していた間に、兵士たちは移動したのだろうと思った。


「えっ!? いや、違う!」


 見回すと、すぐそばにある穴が開いた壁の手前、がれきの間に大量の血だまりが見えた。


 なんとか、重たい体を動かして、近づくと、血だまりの中、がれきの下から、真っ赤に染まった髪の毛が見える。


「うっ」


 一瞬の吐き気。

 傭兵として戦ってきたユキハは、もちろん悲惨な死体を何度も目にしている。

 それでも、がれきに押しつぶされて変形した頭部だとわかると、さすがに吐き気を感じられずにはいられなかった。


 だが、重要なのは、今、このとき、ユキハが生き延びることだ。

 吐き気を無理矢理おさえ、その遺体に近づいていく。


 がれきの間からのぞく服装は迷彩服だった。この遺体は、きっと、自分を元の独房に案内しようとした兵士のものだろう。

 つまり、その遺体は、武器を持っている。逃げるにしても、身を守るにしても、武器があれば、確率は高まるだろう。

 そして、何より、ユキハと同じように囚われている部下たちの独房を開ける鍵も持っているかもしれない。


 勇気を振り絞り、震える手を意志の力でおさえ、がれきを動かす。


 がれきのバランスが崩れ、ガタガタっと音を立てて崩れた。と、そのときだった。


「・・・誰か、無事なものがいるのか!」


 鋭い若い男の声で問いかけられる。


(ええぃ!)


 ユキハは、反射的に手を伸ばし、がれきの下にあった血にまみれた黒い棒状の金属を手にとった。

 ガシャっという音とともに、冷たい金属の小銃ががれきの中から姿を現す。

 それは、電磁力で弾丸を飛ばす電磁投射式小銃だ。捕虜になる前に持っていたものとは、タイプが違うが、傭兵のユキハには、使い方がわかる標準的な構造の小銃だった。


「誰だ? 返事をしろ!」


 声は、そばの部屋の奥からしているが、ユキハは、あえて呼びかけに答えず、素早く小銃を点検する。


(エネルギー残量マックス。動作も問題なし。故障なし。・・・使えるっ!)


 額からは、相変わらず血が流れてる感触があるが、幸い量は少ない。額の傷は、出血量が多くなりがちだが、目に入ってこないので、あえて無視する。鏡もないから、確認する手段もないが。


 そして、気力を振り絞り、素早く立ち上がると、声がしてくる部屋のドアの横に体をつける。開きっぱなしだったそのドアは、ユキハがさっきまでいた尋問室のものだった。


(声は、ひとりだけど・・・)


 小銃をいつでも撃てるようにして、体勢を整え、ゆっくりドアの中をうかがう。


(これは・・・)


 この部屋も無事とはいえない酷いありさまだった。正面の壁が丸ごと崩壊して、向こう側が見える。

 窓のなかった部屋の向こうは、ジープ型の軍用車が数台、砲撃で壊れた無残な姿をさらしており、さらに、その奥には、同じく砲撃を受けて崩壊した建物の残骸が見えた。


 部屋の中にも数人いたはずだが、一見、人影は見えない。だが、油断なく、小銃を構えて中に踏み込んだ。


 部屋に入って右手、扉のすぐそばに、金髪の中尉が立っていた。


「えいっ!」


 距離は、間近。小銃を撃つ間合いではなかった。

 考えるより早く、ユキハは、反射的に飛びかかる。


「うああっ!」


 金髪の中尉は、軍人として、少々情けない感じの声をあげて、尻餅をつく。

 ユキハは、そのまま、小銃を押しつけつつ、押し倒すと、中尉の腰のあたりに馬乗りとなり、押さえつけた。


「油断しすぎよ、中尉さん」


 馬乗りになったままの体勢で、上から声をかける。近くに敵影がなかったはいえ、もうここは砲弾飛び交う戦場である。兵士としては、油断のしすぎだ。

 それに、あっけないほどに簡単に押し倒せた体は、軍人としては、物足りない。


「それに格闘訓練もしたほうがいいわ」


 馬乗りになった体勢のまま、小銃を構える。手が動かないように、中尉の肘を膝で押さえ込んでいた。

 押さえ込んだ感触からする体つきは、筋肉も少ない細身で、軍人というよりデスクワークが似合う文官という印象だ。


「あー、ぼくは、そういうのが苦手でね」


 中尉は、胸元を圧迫されているから、少し苦しさを押し殺しながらも、ウィンクでもやりそうな笑みで答える。


「・・・坊ちゃんだったわけね」


 あきれた表情を浮かべる。ただし、まったく油断はせず、押さえる力も緩めない。

 ここは、敵の基地の中であり、戦闘状態の一時的混乱をついて、立場が逆転しているにすぎないのだ。

 他にひとりでも敵兵士がくれば、状況は、ふたたび反転し、よくて捕虜に逆戻り。それどころか、この状況を見られれば、即座に射殺されてもおかしくなかった。


「殺す気かい?」


 中尉は、微妙な笑顔のまま、そう問いかけた。ユキハが押さえつける力も緩めず、小銃の銃口も突きつけたままだったからだろう。


「殺さないわ。あなたには、わたしの捕虜になってもらう」


 より厳しく真剣な表情で告げた。


「えーと。どうするんだい?」


「まずは、わたしの部下のところに案内してもらいましょうか」


 小銃を突きつけたまま、より慎重に告げる。


「わかった。だけど、このままだと、案内できないから、ぼくの上からどいてもらえないかな。かわいい人に乗られるのは、うれしいんだけどね」


「変なことはいわないで」


 ゆっくりと、小銃を突きつけたまま、少しずつ下がる。もし反撃を狙っていたなら、もっとも危ない場面。わずかにでも、反撃の気配が出れば、即座に引き金を引く。そのつもりでいた。


 だが、中尉は、身じろぎひとつせず、笑顔をわずかに浮かべた表情で、仰向けに倒れたまま、ユキハを見ている。


「ゆっくり立ち上がって。手を頭の上に挙げながら」


 指示すると、まるで抵抗するつもりがないかのように、いわれたとおり、頭の上に手を挙げつつ、体を起こしていく。


「独房の鍵はある? なければ、遺体を漁らないといけないけど」


 小銃を向けたまま、油断せずにいった。反撃のそぶりを見せれば、躊躇(ちゅうちょ)なく、撃つつもりだ。


「・・・ああ、大丈夫。それより血を止めたほうがいい。よかったらこれで」


 頭の上に手をあげたまま、胸ポケットの方を指さした。


「なに?」


「ハンカチ。とってもいいかな?」


 一瞬、戸惑う。武器を取り出そうとしているのかとも思ったが、胸ポケットの当たりには、銃を隠せるほどのスペースがない。馬乗りの体勢になったときの感触からして、ハンカチならともかく、少なくとも金属製のものは、隠せないだろう。


「・・・いいわ」


 心臓のあたりに銃口を突きつけてから、許可する。


 中尉は、背中の銃口を意識してか、ゆっくりと胸ポケットへ手を差し込んだ。そして、ゆっくりと再び手を挙げていくと、指でつまむようにして、上質な絹の白い、刺繍入りの高級そうなハンカチを取り出した。


「巻ければよかったのだけど、申し訳ないけど包帯は、もっていなくてね。一般兵士なら持ってるはずなんだけど」


 小銃を突きつけつつ、油断なく、左手を伸ばして、受け取る。


「で、・・・かわいいって私のこと?」


 あえて、厳しくにらみつけながらきいてみた。


「あー、うん」


 中尉は、ウィンクしつつ、笑顔で答える。

 状況に似合わない笑顔に、動揺を隠しきれず、慌てるように中尉の背中に回った。もちろん、銃は突きつけたまま。


「とにかく、歩いて。変なことをした撃つからね」


 赤面する頬が笑顔にゆがまないように気を引き締める。


(絶対、こいつ、女たらしだ!)


 そして、小銃を背中に押しつけ、歩くようにうながしつつ、別のことをいってやる。


「それに、あんた。あーとか、えーとか、多すぎるわよ」


 背後から、思いっきりダメだしをしてやると、小銃を押しだし、前に歩くように促したのであった。


●公開可能情報

 この星は、テラフォーミングにより開拓された星であり、断星の大陸では、化石燃料が存在しない。ごくわずかに石油精製製品などが存在するが、それらは、6000年以上昔に地球から持ち込まれたものの残りであり、基本的にエネルギー源となりうる量で算出されることはない。

 また、火薬類も、断星の大陸で産出されることはなく、ほとんどのエネルギー源は、木材と電力である。

 各地の発電施設で発電された電力は、地下の送電網を通って、各地の“王都”や変電施設へ送られており、そこから各国は、電力を得ることができる。

 変電施設は、3000年前の滅亡以前に建設されたものであり、地下送電網も多くは、6000年前の入植開拓時代にさかのぼる。それらの整備は、“王都”が請け負っており、各国が勝手に作り出すことは、技術的にできない(ただし、高性能太陽電池は、限定的ながらも存在する)。

 変電設備の容量以上の電力をとることはできないため、それらの確保は、国家間の重要な戦略目標となることも多く、“王都”周辺の確保にならんで、変電施設の所有数が国力を決めることにもなっている。


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