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断星戦記  作者: 深波あきら
ユキハの章
3/9

-断星の大陸-

●現状

・ユキハ:黒い長髪の少女。傭兵部隊所属。少尉。現在、捕虜。

・他隊員7名も同時に捕虜となったが、以降の安否は不明。


「出ろ」


 鍵の開く音の後。独房の唯一の出入り口である鋼鉄製の重い扉が、蝶つがいをきしませる耳障りな音とともに開くと、灰色の戦闘服に小銃を持つ兵士が声をかけてきた。


 ちょっと赤茶けた髪にヘルメットをつけたその兵士の背後にも、同じ服装の兵士が3名。それぞれ短めの黒髪だった。


(金髪はいないんだ)


 ユキハは、4名の兵士に、自分たちを捕虜にしたときにいたアレクシス中尉と同じ白人の血が濃く出た人物がいなかった。

 ユキハの囚われた敵国──聖楓(せいふう)国は、母なる女王が白人といわれており、金髪碧眼ばかりというイメージを持っていたのだ。


 ロープに結ばれた手錠をかけられると、短い廊下に連れ出された。

 廊下の壁は、白いペンキ1色で塗られていて、独房同様、通常よりも多めの照明がとりつけられており、明るい。

 短い廊下には、今までいた部屋の向かいに3部屋並んでおり、今出て来た扉の両隣にも同じ扉がひとつずつあった。短い廊下の両端は、どちらも窓も扉もない白壁につきあたり、左右に通路が続く丁字路になっている。方角もわからない似たようなデザインの単調な作りは、捕虜に現在地をわかりにくくするためだろう。


 ユキハの横に手錠の縄を腰に結んだ兵士がひとり。前にひとり、後ろにふたりついて歩き始める。

 罪人ではないので、拘束具や腰縄、足輪などはなく、手錠のみだが、移動だけで4名がつくのは、なかなか厳重といえるだろう。


(まるで重要人物になったみたい。たかだか傭兵に。そこまでやっていただかなくてもかまわないのに)


 ユキハは、少し可笑しい気分だった。傭兵部隊の小隊長になるため、少尉とされたが、これは、永久的なものではなく、契約が終われば一兵士になる。それが傭兵だ。

 小隊長の指揮官は、尉官である必要があるために、これまでの戦歴と契約期間の長さから、小隊長に選抜され。本来なら正規軍の尉官が隊長になるべき任務だったのだ。


 特別丁重というわけでもないが、乱暴にロープを引かれるわけでもない誘導。ユキハは、手錠がなければ、貴婦人のエスコートと護衛にさえ思えて、一傭兵の捕虜という立場とのギャップが面白かった。


 誘導するルートは、所々わざと戻ったり、何度も似たような角を曲がりながら、しばらく歩かされる。

 複雑なのは、脱走防止のためなのだろうし、もし捕虜交換などで解放されることがあっても内部の地図を描かせないためだが、正直、最初から覚えるつもりもなかった。

 独房に連れてこられたときも似たように20分ぐらい歩かされており、覚えるのが無駄ということがわかっていたからだ。


(これから、どうなるのかなぁ。女王法での保護ってどこまで通用するんだろう・・・)


 ユキハは、無駄なことせず、ぼーっと、かつて授業でならった、この大陸の歴史を思い出していた。




 この断星の大陸には、12人の母なる女神それぞれの直系とされる女王が暮らす“王都”が12カ所にある。

 “王都”は、都市そのものではなく、この星に人類がやってきたときの開発の拠点であったと神話は伝える。

 そこに人類の種となる女王とその子供たちのみが生活する程度の規模で、都市機能が整っている一種の城か砦といってよい。


 神話の時代の知識を唯一残すとされており、周辺には、様々な教育機関、学校が存在する。

 また、子供は、生まれると、この12カ所のどこかに訪れて、名前を確定する。苗字の五文字の漢字のうち、最初の1字(属字、もしくは、女系属名と呼ぶ)と、次の2字(氏字《うじな》)は、このときにもらうもので、同時にその子供の教育、最低限の養育費などが支給されることになっている。


 この大陸では、人類が2回絶滅に瀕した後、子供をたくさん生み育てる必要があったが、大人でも困窮を極めた時代、親が多くの子供を育てることはできなかった。そのため、離乳後の養育と最低限の教育は、親ではなく、“王都”が担うことになったのである。


 これらの事情から、“王都”に人が集まり、周辺に人々が町を作り、つながって12の都市が人類の発展し、それらを首都として、都市国家が成り立っていった。

 人口が増えて“王都”を持たない都市も増えたが、やはり“王都”を持つ都市国家が中心であり、それらがそれぞれ国を作っていった。


 そして、それぞれの国の境界線がぶつかると、争いが起き、そして、この断星の大陸の人類を滅亡寸前においやった原因である戦争を、再び始める。


“王都”は、決して戦争には関わらず、女王の名の下に、女王法を発布。人が再び滅亡しないように、政治にも戦争にも関わらないが、子供の育成と教育、女性の人権保障、そして、太古の、この星へ人類がやってくる前からの超科学技術の一部を各国に提供することになっていた。


 3000年以上前、人類に無条件に技術提供がなされていた時代。扱うものたちの未熟さから、扱いきれない兵器を暴走させた結果、人類が滅亡寸前となってしまったらしい。

 各国家は、それぞれの技術力、文化・芸能、教育水準などを数値化し、文明度が毎年定められ、それに応じた技術が提供されることになっていた。


 文明度は、女王法に保護が定められた子供の養育と、女性の保護がないがしろにされたことが判明すると、文明度が差し引かれてしまうことになる。

 だから、女王法の下で、正式な捕虜になったユキハたちは、少なくとも一定の秩序が保たれた場所であれば、乱暴されたり、拷問されて殺されるようなことはないはずであった。


(まあ、闇から闇へ、ってこともあるんだろうけどね)


 一瞬暗くなりそうなことを思って、前を見ると、今までの過剰に明るかった通路とは異なる、やや暗い通路と、そこを区切る扉付きの鉄格子が見えてきた。

 暗いと思うのは、いままでが明るすぎるせいで、普通の明るさだと思われる。


(捕虜区画の出入り口。来たときも通ったところ、よね?)


 方角もルートも、20分ぐらい歩かされせいでわからないため、本当に同じなのか、同様の作りな別の場所かは、わからなかった。


 とはいえ、仮に横の兵士に尋ねても、答えてくれるわけもなく、ユキハは、心の中でつぶやくだけにしておくことにする。


 鉄格子の外側に立っている兵士がこちらを確認すると、鍵を開ける。こちら側には鍵穴らしいものすらなく、向こう側から開けてもらうしかないようになっていた。


 おとなしくくぐると、すぐ右手に、これまでの鋼鉄製の重そうな扉ではなく、普通の飾り気のない扉があった。


「入れ」


 兵士がその扉を開け(鍵はかかるのだろうが、かかってなかった)、入るように促される。


(尋問室、かな?)


 昨日も尋問を受けたが、この場所ではなかった。

 女王法の保護という不確かな保証はあるものの、何をされるかわからないという不安は、徐々に高まっていく。おびえる扉に入るのを一瞬ためらわせる。


(女は度胸!)


 勇気を振り絞って、扉を抜けると、簡素な長机があり、3人の男性が座っていた。


(金髪だ)


 捕虜となったときの、真面目そうな金髪の白人青年少尉が中央に、その両側にも同じ軍服の男性だ。ひとりは、黒髪、もうひとりは、赤みがかった茶髪だった。


「そこに腰掛けてください」


 3人の正面に、パイプ椅子があり、そこに座るように促される。


 手錠が外されて椅子に座る。移送時だけ手錠をするのは、罪人ではないということだろう。


 4人の兵士のうちふたりが後方にさがり、ふたりは扉を出て行く。



 すると、そのときである。それまでの静寂を打ち破る激しい警報音が鳴り響いたのは。


「緊急警報発令! 長距離砲着弾来ます!!」


 女性の焦った声のアナウンスが警報音とともに叫ぶようにスピーカーから流れる。


 そして、爆発音が全ての音を打ち消した。


●公開可能情報

 断星の大陸南西部にある黒原の大地は、広大な平原地帯。3000年以上前の戦争の名残とされ、炭の成分が多い。だが、木炭などと違い、様々な物質の燃え滓の混合物であり、現状、単純には燃料にできず、資源にはできない(将来、利用できるようになる可能性はある)。

 表層には、砂礫も多いが雨に流されることで、炭の層が顔を出し、黒く見える。

 3000年前に、広大な領域が破壊されて炭化したものが、長い年月をかけて砕け集まって溜まった広大な平原だが、さらなる風化と雨による浸食、飛来する砂などでその範囲は、僅かずつ狭くなっている。

 黒原の大地の周囲は、南は海で、北と東に丘陵地帯、西はそれらより高い山地がある。

 東の丘陵地帯には、聖楓国があり、ユキハは、その聖楓国の前線基地で捕虜となっている。

 また、黒原の大地の西、山地を越えた先には、ユキハたちが所属する自由商都市国家がある。

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