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断星戦記  作者: 深波あきら
ユキハの章
1/9

-作戦失敗-

 風が真っ黒に染まった大地を吹き抜けていく。


 眼前に広がるのは、黒原の大地と呼ばれる黒と灰色の入り交じった平原。

 遙か昔、今より3000年も前、この星の人類をほぼ絶滅させたとされる戦争の後だという、黒い炭まじりの荒野である。


 地平線の彼方まで続くモノクロな世界。

 質の悪い硬質ガラス越しに見渡すと、空の青さも、燦然と輝く太陽すらも色あせ、時間すら止まったかのように思える。


 足跡のない荒れ地に踏み出せば、ザクッ、ザクッ、と乾いた音を立てながら、僅かにブーツが沈み込む。


「・・・(ザーッ)・・・」


 ヘルメットにつけられた無線機は、しばらく前から雑音しか流れてこない。


 灰混じりの大地よりも黒く塗られた、鋼鉄製の重いヘルメットを乱暴に脱ぎ、左腕に抱えると、さらに漆黒の長い髪が、風に流されて広がった。

 女は、頭を軽く振ると、体にこもった熱を冷ましたくなり、黒と白と灰色というモノクロな迷彩服のボタンをひとつ、ふたつと、外した。

 汗で濡れた白いシャツの胸元──決して小さくはないが大きすぎもしない──がのぞく。


 男どもでもいれば、口笛のひとつも吹かれるだろうが、眼前には、男どころか、動くものひとつない荒野が広がっているだけだ。


 視線を落とし、右手のアサルトライフルを見る。

 アサルトライフルといっても、火薬を用いたものではなく、この時代では一般的な電磁投射式であり、それを打ち出すための高性能蓄電池の残量は、0を指していた。


「エネルギーパックの残量もなし、ね」


 若い女性の声が風に解けるように消えていく。


「隊長! ユキハ隊長!」


 と、そこに、後方に残してきた部下、サユエが呼びかけてきた。


「直った? ・・・わけではなさそうね」


 ユキハが振り向くと、彼女と同じ迷彩服に、大型のスパナを抱えた少女が、今にも不安で泣きそうな顔で、立っていた。

 丸い大きなめがねとショートカットで、普段は明るくおしゃべり好きな少女は、両ほほに黒茶色の工作オイルをつけたまま報告してくる。


「1号車、3号車ともに、復旧の見込み、ありません。・・・基地に戻らないと」


「基地、ね」


 ユキハは、ため息交じりにつぶやいた。

 3時間前に基地を出て、黒原の大地に入ってからも2時間以上、時速80km以上で飛ばしてきたのだ。直線で移動したわけではないものの、もっとも近い友軍の基地まで200km以上ある。


 そして、少しだけ盛り上がった丘の手前に、敵軍の砲撃で履帯を砕かれ、転輪もいくつか大破した2両の戦車──ユキハたちと同じ迷彩色の──が見えた。


 不幸中の幸いにして、2両の乗員には、軽くぶつけたぐらいの軽傷以上の怪我をしたものはいなかった。


 今も、ユキハとサユエ以外の隊員は、それぞれの車両の修理を必死で行っている。1号車の絶望的な状況の履帯を、予備の履帯パーツと交換を試みるものもいるし、被害の大きかった3号車の吹き飛ばされた旋回砲塔の部品から通信装置の復旧が出来ないかと試行錯誤するものもいる。


 絶望的状況なのは、間違いないが、作戦自体は、もしかしたら、成功しているかもしれない。


 今回の作戦は、比較的視界が悪い丘陵側からの奇襲作戦であり、高機動がウリの軽戦車部隊で敵基地を急襲、速やかに帰還するという、威力偵察が主任務だった。


 小型の軽戦車は、小柄な女性向きのため、ユキハたちの小隊は全員が女性だった。時として過酷な威力偵察任務であったが、傭兵部隊の経験からユキハが、小隊長として作戦に参加した。

 作戦は順調に推移、丘陵部を抜け、奇襲の攻撃を行い、敵の反応の速度や反撃の規模を記録して離脱するところであった。


 しかし、威力偵察であり、当然、敵の反応を見る必要もあり、敵の砲撃を確認し、離脱するまでのタイミングが難しい。

 ユキハは、すぐに撃ち返してくる兵士の小銃の音から、大砲や戦車の砲撃音に切り替わった瞬間、全軍撤退の指示を出した。


 だが、当然、その音速を遙かにこえる砲弾の斉射を一度は受けることになる。

 そして、運悪く、それが1号車と3号車に、想定していた以上の威力の砲弾が着弾してしまったのであった。


 1号車は、左側面後方を大きく損傷し、履帯を吹き飛ばしながらスピンしながら、丘の後ろに入ることができた。3号車は、上部砲塔を激しく損傷、というより、ほぼなくなるほどの被害を受けて、そのまま1号車に衝突。走行不能となった。


 戦闘能力を失った2両の乗員は、直ちに降車。丘陵に張り付いて戦闘を開始した。


 ユキハは、エネルギーパックの残量が空になるまで、電磁投射式アサルトライフルを撃ち続け・・・今思えば、時間稼ぎにもなっていなかっただろうが、小隊長としての責任感からか、離脱した他の軽戦車のために、銃を撃ち続けた。


 しかし、戦車兵であり、対戦車装備は乏しく、敵の偵察車両やトラックはともかく、装甲車や戦車には歯が立たない。味方が完全に安全圏に逃れるとともに、残弾が尽きる。

 そして、敵基地からの砲撃音も止み、奇妙な静寂が訪れた。


 ユキハは、部下に車両の復旧を命じた。もちろん、それが不可能なことは、ユキハ自身わかっていた。



 場所は、敵基地からみて、左前方の丘の陰、約1kmほどの地点。


 すでに敵の戦車部隊は、目前に迫っているのだった。


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