魔法少女☆参上
しかし中年の体力は悲しい。
熱い決意に身体がついていかない。
全力で走っているのに、ヤツが暴れている屋外駐車場まではまだ遠い。
すでに全身汗だく、身体の端々が悲鳴をあげ始めている。
(こりゃあ明日は筋肉痛確定だな……
いや、年取ったから明後日か?)
哀しい現実に打ちのめられそうになる。
こうして思うのは変身した魔法少女のハイスペックなカラダだ。
魔力でブーストしてるというのもあるが、自分の思い描く通りに動く事が出来る万能感。
指先から髪の端々まで神経が通っている様な鋭敏な感覚。
そして呪文一つで発動する超常の力。
古の時代、魔法少女に許されたのは「変身」の力のみだったという。
それを鑑みれば自分は最初っからチートと呼ぶべき能力を与えられている。
歴代の魔法少女達が血を滲ませる思いで積み上げてきた遺産には頭が下がるばかりだ。
「まあ今の俺には関係ないんだけどな!」
色々考えているうちに終着点が見えてきた。
駐車場で車を次々と破壊しまくるモグラのような敵。
すでに多くの人は逃げ、遠くから不安げな眼差しで見やるのみ。
だが……俺は見た。
聞いた。
知った。
破壊されてゆく車、その中に取り残された母親と少女の姿を。
助けを求めるその声を。
その瞬間、頭が真っ白になる。
今の俺はおっさん。
魔法少女でも正義の味方でもない
だが、だからどうした。
ヤツを……
母娘を傷つけるモノは絶対ぶちのめす!!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
近くにあったポールを引き抜き、全力で叩きつける!
が、鉄の様に硬い外皮に甲高い音を立てて跳ね返されるのみ。
「あ? なんだキサマは?
死にたいのか?」
ああ、こんな攻撃が効かないのは百も承知。
「今だ、コメット!」
懐に隠していたコメットを放り投げる。
「オッケーだよ、スター!」
そうしてコメットはここに来る途中失敬してきたスプレー缶を器用に押し、ヤツの顔を目掛けライターで火を点け即席の火炎放射器をぶっ放した。
「ぐあああああああああああああああああ! 熱いわ!」
苦悶に顔を押さえ叫び回るモグラ。
俺はその隙に、取り残された母娘がいる車に近寄る。
歪んで開かないドアをポールを使い、強引にこじ開ける。
母親の状態を素早くチェック。
派手な出血はないも、頭を打ったのか意識がない。
然るべき医療機関に診せなくてはならない、一刻の猶予もない状態だ。
手早く背中に乗せ、ジャケットで括り付ける。
これで母親は大丈夫。後は娘さんを……
振り向いた先には、怯えた目で震える少女の姿。
意識がない母親、縋りつき泣いている娘。
……妻と舞香の姿が既視感となり脳裏を襲う。
「大丈夫だ。俺が助けてやる。
お母さんも、君も……絶対」
「……本当?」
「ああ、だから君も俺を信じてくれ。
俺が……君達の希望になる」
7年前と似たような事を口走ってる。
でも命を懸けたこの場面、恥ずかしいとは思わない。
「うん!」
涙を振り払い、少女は俺の手を握った。
さあ、後は脱出だ!
「早く、スター!
もうガスが持たないよ!」
頑張れよ、ナマモノ。
あとで「あたし」の靴下の匂いくらいは嗅がせてやるから。
二人の重さに歯を食いしばり駆ける。
幸いな事にすぐ近くにカートを見つけた。
母親をカートに乗せ、全力で押す。
だが現実は非情だ。
「あっ……」
ホンの50歩も行かぬ内にヤツが立ち塞がっていた。
「随分舐めた真似をしてくれたな、人間。
どうやらキサマもこうなりたいらしい」
鋭い爪をこれ見よがしにかざし、恫喝してくる。
その足元には切り裂かれボロクズのようになったコメットがいた。
足が恐怖に震える。
大声で泣き叫び、許しを請いたくなる。
しかしその瞬間、
ぎゅっ……と、手が握られた。
(ああ、そうか。そうだよな)
希望になる、って言ったもんな。
「約束を守りきれなくてごめん……
でも、君達だけでも逃げるんだ」
「え? でも……」
「俺がヤツの注意を逸らす。
君はお母さんの乗ったカートを押す。出来るね?」
「うん」
「じゃあ行くんだ。早く!」
カートに少女も乗せると、渾身の力でヤツとは反対方向に蹴り出し、俺自身はヤツに向かう。
「おじちゃあああああああああああああああああああんんん!」
泣き声の様な呼び声が遠ざかっていくのを、どこか冷めた気持ちで聞いていた。
(まあ……やるだけはやったよな……)
自分に恥じない。
妻や舞香に恥じない自分を貫き通せたと思う。
鋭い爪が目前に迫る。
次の瞬間には俺を切り裂き命を奪うだろう。
緩やかに流れる時間の中、覚悟を決め目を閉ざした時、
「見事です」
涼やかな声が駐車場に響き渡った。
慌てて開眼する俺の目前には、腕を切り裂かれ苦悶する敵の姿。
「ぐあああああああああああああああああああ!!
い、いったい何者だ!?」
その誰何に応えるのは屋上に佇む魔法少女。
青を基調としたフリフリの戦闘服に瑠璃色のボブショートが別個の存在のように輝きを放つ。
俺とヤツを怜悧な瞳で見つめながら少女は名乗った。
「わたしは魔法少女。
勇気と自由の魔法少女ラブリィ※パフューム。
……さあ、アナタの罪を数えなさい」
毅然とした姿がアップで画面に映し出されそうな、
それは完璧なる魔法少女の参上シーンだった。