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第三話

 キョロキョロと辺りを見回しながら薫子は街を歩く。龍太郎さんはなにも知らないようだったが、ほかに知っている人はいるのだろうか。

「ほらお前ら、早くしろ!」

「サーセン!」

 どこかからとても威勢のいい声が聞こえてくる。

「おや? やる気に満ち溢れていそうな声が。これは行ってみなくちゃ」

 声のする方へ走っていくと、段々と賑やかになっていく。角を曲がって見てみると、どうやら工事現場のようだ。

「よし、今から休憩だ」

 親方らしき人の号令でみんなが座って弁当を開き始める。工事現場の中に入って行くのはいけない事だろうが、今はそうも言っていられない。

「すいませーん」

「なんだ嬢ちゃん。入って来たらダメだろうが」

「すいません。でも聞きたい事があって」

 頭を下げる。注意はされたが、この人は少し甘そうだ。このままいけるだろう。

「聞きたい事? 俺にわかる事ならいいんだが……」

「「やる気殺人事件」について聞きたいんです」

「なんだそりゃ。すまねぇな、俺はあんまりテレビとかは見ねぇからよ」

「あれっすよ親方。最近はあまり聞かないっすけど、前に話題になってた事件っすよ」

 隣にいた若い男の人のおかげで思い出したようだ。ナイスタイミングでの助け船に加えてなんとも整った顔だ。だがこの様子だとなにも知らなさそうである。

「そんな事件の事をなんで俺らに聞くんだい?」

「やる気に満ち溢れている人達に聞いていけばなにかわかるかなって」

「ハッハッハッ。たしかに俺らはやる気たっぷりだ」

「ほかにやる気ある人知りませんか?」

 この工事現場は「やる気殺人事件」とはほど遠い場所だ。この親方が知らなければほかの人もわからないだろう。

「たしか今日、そこのスーパーで特売セールをやってたよ。事件と関係あるかはわからないけど、やる気がある人がいるんじゃないかな」

 たしかにそういう場所ならやる気に満ち溢れている人も集まるだろう。そういえばお母さんも朝から張り切っていた気がする。さっきといい今といい、この男の人はなんと格好いいのだろう。美帆のやる気を奪った犯人よりも、この人の夏の予定を聞きたい位だ。

「ありがとうございます。早速行ってみます」

「頑張れよ嬢ちゃん」

 親方の声援を背中に受けながら工事現場をあとにする。正直、声援なんかよりも情報が欲しいと思わなくもなかった。


 スーパーに着くと、たしかに店全体がやる気に満ち溢れているように見える。店側は少しでも多く商品を売りたい。客側は少しでもお買い得な買い物がしたい。お互いがやる気に充ち満ちている。

「早速情報収集といきたいとこだけど……」

 誰かが、セール中は戦争だと言っていたが、間違っていないだろう。商品を取り合う主婦。すぐさま商品を補充していく店員。入り込む余地すらない。

「あんた、なにやってるの? 早くしないと安いの全部取られちゃうよ」

 辺りを右往左往していると声をかけられた。振り返ると、自転車のカゴにも荷台にもハンドルにも大量の買い物袋を載せたおばさんが立っていた。

「えと……その……」

 おばさんに気圧されてちゃんと目的が言えない。戦争帰りの主婦はこうもオーラが違うのだろうか。

「しかたないね。高校生? お母さんに頼まれて夕食のおかずか……着いて来なさい」

 おばさんは自転車を停めると薫子の手を引いて店の中に入っていった。

「ちょっ、私はちが……」

「無駄口叩いてるヒマはないよ。油断してたらすぐなくなるんだから」

 人混みをかき分けおばさんは突き進んでいく。手が繋がれていなければすぐにはぐれていただろう。なにがなにやら理解できぬまま、人垣の前に出された。

「早く選びな。ここはあたしが抑えておくから」

「ちょっとジャマよ!」

「あんた退きなさいよ。取れないでしょ」

 見るとお総菜のコーナーだった。多くのお総菜に割り引きのシールが貼られている。

「じゃあ、これで」

「せっかくなんだからもっと取りなさい」

 唐揚げのパックを一つ取ると、その上に二、三個ほかのお総菜を重ねられた。

「早く行くよ。帰る時も油断するんじゃないよ」

 帰りもまたさっきの人混みの中へ飛び込む。薫子がいなくなった途端にまた、大量の人がお総菜コーナーへ雪崩込んでいった。

 やっとレジに着いた時には唐揚げのパック一つになっていた。いくつあっても食べきれないため丁度いい。

「ほら油断するから取られちゃったじゃない」

「ごめんなさい……」

「じゃああたしは行くから。これからも頑張りなさいよ」

 おばさんは自転車にまたがるとスッと行ってしまった。

「あの……ありがとうございました」

 片手を上げて応えるおばさん。あれだけの荷物を載せているのに一切ふらついていない。

「結局……なにも聞けなかった」

 マイペースと言う程生易しいものではなかった。さすが主婦は違う。なにかしら学んだ気はするが「やる気殺人事件」についての情報は何一つ聞けなかった。残っているのは、いつもより安く手に入った唐揚げだけである。だが、やる気に満ち溢れた場所ではあった。


 公園のベンチに座って遅めの昼食にする。簡単に作ってもらった物だからおにぎりだけだ。だが、先程手に入れた唐揚げがある。

「あっ、おいしい」

 スーパーのお総菜だからといってバカにはできない。安売りで買ったのと相まって余計においしく感じるのだろうか。

「まだなんにもわからないな……」

 公園では子供達が楽しそうに遊んでいる。今日一日で犯人がわかるとは思っていなかったが、まさか少しの手がかりも掴めないとは思いもしなかった。このままでは夏休み全部台無しになってしまうんじゃないだろうか。

「それはやだなぁ」

 夏休みを楽しむためにやっているのにその夏休み全てを使ってしまっては本末転倒ではないか。

「さて、これからどうしよっか」

 おにぎりの包みやら唐揚げのパックやらを捨てる。地道に聞き込みをするしかないだろう。警察でもこの事件は止められていないのだ。警察程の組織力も権力もない自分が見つけられるとは到底思えないが、それでもやるしかない。美帆がいないと夏休みが十分に楽しめない。

「よく言うよね。捜査は足でやるもんだって」

「薫子ちゃーん」

「龍太郎さん」

 遠くから龍太郎さんが手を振りながら駆けて来る。なにかを抱えている。

「どうしたんですか?」

「ハァハァ、勉強ばっかりしてて運動不足だね……」

 膝に手をついて肩で息をしている。呼吸が整うのを待ってもう一度聞く。

「これを渡したかったんだよ。街中走って薫子ちゃんの事探したよ」

る。

「ほら、薫子ちゃん「やる気殺人事件」について調べてたでしょ。その事件のやる気を盗る道具だよ」

「なんでそんな物持ってるんですか?」

 こんな物、一般人が手に入れられる物ではないだろう。

「そこで拾ったんだよ。これがあれば薫子ちゃんが調べてる事も少しはわかるかなって」

「なんですか、これ?」

 渡されたのはなんだかよくわからない物であった。黒い筒みたいな物の先に吸盤がついてい

「ありがとうございます」

「じゃあ僕は行くね。勉強しなくちゃいけないから」

 そう言うと龍太郎さんは早々に走って行った。道具が手に入ったからといって解決に結びつくかはわからないが、なんにせよ進展だろう。

「ふむ。でもこれからどうしよっか」

 聞き込みの時に道具を見せる。それで相手が動揺すればそいつが犯人。そう簡単な話でもないだろう。

「そんな大層な道具には見えないんだけどな」

 この道具をどう捜査に活かすか。聞き込み以外の選択肢も出てくるだろう。

「私、顔広くないからな……こんな事誰にも相談できないよ」

 とりあえずこれは家に置いておこう。このままではただ荷物になるだけである。今日はとりあえず聞き込みだけだ。ベンチを立って歩き出す。道具は片手で持つには少し大きい。

「これ、どうやって使うんだろう……アレ?」

 薫子は走り出す。目的地は家から変更だ。案外早く解決するかもしれない。もしもこの予想があっているのなら。

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