第二話
「ただいま!」
家に飛び込み靴を脱ぎ捨てる。あとで怒られるとはわかっていても直す時間すら惜しい。
「お昼ご飯は?」
「いらない!」
部屋に入るとカバンをベッドに投げ捨て、パソコンの電源を点ける。こちらの焦りとは裏腹に、パソコンは中々立ち上がってくれない。やっとの事で開いたインターネットで早速「やる気殺人事件」について調べる。
最初の事件が発覚したのが三ヶ月前。当初は物珍しさで随分と報道されていたようだが、現在では被害者が見つかってもちょっとニュースに出る位だ。被害者は日本全国津々浦々。いたる所で発見されている。東京や大阪等、都会に被害者が多いのは人口密度のせいだろう。それを考えればどこかが特別多いというわけでもないようだ。
「ふむふむ、うちの近所の被害者はゼロ……ほかにはいないっぽいけど、美帆みたいに警察に届けてない人がいるかもね。……ここからは噂か……」
実はこの事件の裏ではやる気マフィアと呼ばれる組織が絡んでいて、一般の人でもやる気を奪えるように道具をばらまいているらしい。だからこそこうして日本各地で事件が起きているのだろう。
「ふむふむ。噂の域は出ていないようだけど、この線が濃そうだよね。さすがに道具まではわからないか。今のところ美帆一人が被害者だとすれば、個人での犯行だと考えるのが妥当! 聞き込み調査をしていればほかの被害者にも辿り着くかも。そして犯人に繋がるなにかが得られるかもね」
思い立ったが吉日。ありがたい事に時刻はまだお昼を少し回った頃。今からでも動き出せるだろう。
「お母さん、お弁当作って」
「今から? どこに行くの?」
「ちょっとね。できたら教えて」
自室に戻って準備をする。メモ帳にシャーペンを用意すれば準備は終わりだ。
自分でも驚く程の行動力だ。今までこんな事があっただろうか。いつになくやる気に満ち溢れている。きっと高校生最後の夏休み。その魔力が自分をここまで突き動かしているのだろう。
「お弁当できたよ」
少し遅いがお昼ご飯を持って外に出る。とにかく聞き込みだが、ただ闇雲に聞き回っても無駄だろう。やる気と関係ありそうな人達の元を回ろう。
一人目の聞き込み相手はもう決まっている。近所でも有名な三浪予備校生だ。何度落ちても諦めずに志望校を変えない。この時期ならさぞやる気に満ち溢れている事だろう。
少し古ぼけたアパートの階段を駆け上がる。途中ギシッと嫌な音がしたため、最後はそろりそろりと上がる。
「龍太郎さん、いる?」
返事は返ってこないが中から音は聞こえてくる。じきに出て来るだろう。
「はいはい、なんの用かな」
鈍い音を立てて開いた扉から、三浪予備校生、岸田龍太郎が顔を出す。しばらく剃っていないであろう無精ひげに、これもしばらく手入れしていないであろうボサボサの髪。まさに浪人生といった風貌だ。
「今巷で噂になっている「やる気殺人事件」についてなにか知らない?」
「……知らないよ。どうして僕なんかに?」
少しの間があってから答える。試験に出るはずもない事件の事など知る由もないだろう。
「ここらじゃ一番やる気に満ち溢れているでしょ? そういう人ならなにか知ってるかなって」
「たしかに、僕は今、自分でも驚く程のやる気に満ち溢れている。今年こそ、今年こそはと盤石の態勢を整えている。やる気満々とは今の僕にこそ相応しい言葉なのではないだろうか」
あまりの勢いに少したじろぐ。この様子ならたしかになにも知らないかもしれない。ただ龍太郎さん自身のやる気が盗られないかだけが心配だ。
「ありがとう、龍太郎さん。ほかになにか知ってそうな人知らない?」
「心当たりはないけど、僕みたいにやる気がある人ならたくさんいるんじゃないかな」
「たしかにそうかもね。色々当たってみる。じゃあ、勉強頑張って」
古い階段をゆっくりと降りる。ほかに見当もつかないが、歩いていれば誰かしら見つかるだろう。最初の一人が知らなかったからと言って、くじけてはいられない。