第6回 旧友
私はこうしてかなたと今一緒にいる。
かなたの身体の温かさも感じる。
出来ることならこのまま時間が止まってほしい。
結局私は朝まで眠れなかった。
朝6時・・・アラームが鳴った。
”おはよう・・・。”
私は眠そうなかなたに声をかけた。
”あっ恵ちゃん、おはよう・・・”
かなたはまだ寝ていたいという感じだった。
私はこんな情景をいつも夢見てた。
特にかなたと出会ってからは、そんな幻想を描いてきた。
母や涼子の言葉なんて、今の私には素直に聞けやしない。
かなたと、別れたくない・・・。
ふと私は職業訓練学校の同級生のことを思い出した。
苦しいことがあったら私が聞くから・・・
私が高校を卒業してから、石川県松任市の職業訓練学校で寮に住み込み、勉学に励んだ。
そこは障害者を受け入れ、仕事に役立つことを学ぶ学校。
簿記やワープロ、情報処理、さまざまなことが勉強出来る場所。
そこで出会った同級生。年齢は私より6歳上。名前は信子。富山の人。
同級生だけどお姉さんのような存在だった。車椅子を使っていて体に麻痺がある。
学校時代は呼び捨てで呼び合って、もうひとりの友達といつも3人でいた。
私と同じ年齢。名前は由香。石川県の人。私と同じくらいの頼りなさかな。
由香も車椅子を使っている。
あの頃の私は信子姉さん、由香といつも一緒で楽しかった。
1年間の学校生活だったけど、かけがえの無い時間だった。
その信子姉さんの言葉を思い出していた。
そうだ・・・かなたは心配すると思う。
だけど、かなたには悪いけど、お母さんと涼子には心配させたい。
信子姉さんの所に行こう・・・。
本当はかなたと行きたい。
だけどかなたには仕事がある。
だから私ひとりで富山へ・・・。
朝の準備もせわしく、かなたは身支度を整えていた。
私はかなたに何かを勘ぐられまいと、黙っていることにした。
私も支度を済ませ車に乗った。シャッターが開くと暑かった。
かなた・・・ごめんね。私、お母さんと涼子に訴えなくてはならないの・・・
いつも困らせてごめんね。
私は心の中でそうつぶやいた。
”ありがとう・・・”
私はかなたの車が視界から消えるまで見送った。
かなたは優しい人。私のすべてを受け入れてくれてる。
だから大切な人。大切にしなくてはならない人。
だけど今回のこの行動はうらはらだ。
かなたを絶対悲しませる。心配させる。
でも私のこの行動で何かが変わってほしい。
私のおうち。かなたはちゃんと私を送り届けてくれた。
その行為を無駄にしてしまう。
でも行動を起こさなきゃ・・・。
私は私鉄電車の駅へいそいだ。
かつてバス会社の電車経営が白山から燕間を走っていた。
そのうち関屋から白根までに縮小されて現在では全線廃止になっている。
私はこのオレンジ色のレトロな電車は、幼い頃から乗っていた。
この電車に乗ると新潟の繁華街に出掛けるというワクワク感があって楽しかった。
電車がホームに着いた。
ラッシュ時なのに利用者は少ない。
ゆっくりと座席が座れた。
こっちの方角かなぁ。かなたのおうち。
今頃会社に着いてるのかな・・・。
終点の東関屋に到着した。ここからはバスに乗車。
いつもの慣れたコース。バス停は駅にある。
だからスムーズ。
私はバスに乗った。
通勤ラッシュのバスだった。
仕方ない・・・立ってよう・・・。
なんとか終点の新潟駅前に着いた。
街はさっそうとしていた。
通勤の人々であわただしかった。
まずキオスクで時刻表を買った。
え~っと、時間もたくさんあるから、各駅停車の鈍行で行こうかな・・・。
私の目的地は富山県高岡。
海を見ながら行きたかったので、ルートは海沿い。
新潟駅地下商店街が開くのを少し待ち、水色のリボンが付いたツバが長めの麦わら帽子を購入した。
いよいよ新潟を旅立つ時間だ。
まずは一気に柏崎まで。
私は電車に乗った。
そろそろ会社から無断欠勤が判って自宅に連絡が来てる頃。
でも私はほとんど会社を辞めるつもりでいた。
かなたと会えなくて、のん気に仕事なんか出来る場合じゃない・・・
それにもし辞めたとしても、かなたとこれからも会えるのなら後悔はしない・・・
発車のベルが鳴った。
私は信子姉さんのことを考えた。
学校の満期以来だから丸二年ぶり・・・
二年というと長そうで短い時間。
顔も性格もそうは変わっていないはず。
そういえば信子姉さんに連絡してない・・・
でもいきなり来てびっくりさせてもいいかな。
いきなり来ても追い返したりしないと思うし・・・
電車は出発時には乗客は大勢いたが、やっと前の窓から景色が見えるように空いてきた。
私は外を見ながらかなたのことを思い出していた。
楽しかったこと。二人で行った場所。
ふいに使い捨てカメラを現像した、あの写真持って来たかったと思った。
その写真は遊園地での写真。
”うふっ・・・”急に笑ってしまった。
麦わら帽子のツバで顔を隠した。
ジェットコースターを二人で乗ってた時の自撮り写真。
あまりにお互い変な顔で写ってたことを思い出してしまった。
楽しかったな・・・
柏崎から直江津の電車に乗り換えた。
すぐに連絡列車があったので待つことはあまりなかった。
ここからは海が見える。楽しみだ。
平日の日中というのに海水浴客で混んでいた。
鯨波海岸へ行く人たち。
私は金づち。泳ぎには興味がない。
海は眺めるもの。そう考えていた。
電車は発車した。
電車内には天井に扇風機が回っていたが人混みで暑かった。
やはり鯨波でほとんどの人が降りた。
広い海・・・横に流れる空と海の境目、水平線・・・
その水平線に薄っすらとしたもの・・・佐渡?
水の反射がまぶしい・・・
時刻はお昼を過ぎていた。
なんだかお腹が減った。
直江津でお昼にしよう・・・
なぜ私はここにいるのだろう・・・
ふと脳裏をよぎった。
今日のこの行動がなければ・・・
お母さんと涼子に絶対にかなたと別れなさいと言われる。
でも私は別れない。そしたらかなたを言いくるめてくる。
かなたもお母さんの言うことを聞かないとする・・・
そうするとお母さんは私を出て行きなさいとか言ってくるのだろうか・・・
やっぱりこの行動は正しいはず・・・
お母さんと涼子を心配させた。
私は、かなたと付き合いたいことを二人に訴える。
二人は観念して交際を許す・・・
うん、これでいいと思う・・・
電車は直江津に着いた。
少し連絡列車待ち。
私はお弁当屋さんのお弁当とプラスチックの容器に入った熱いお茶を購入。
ホームのベンチに腰をかけた。
うわ・・、かに弁当美味しそう・・・いただきま~す・・・
あ~あ、かなたと一緒に来れば楽しかったな・・・
セミの音。日かげにいるせいか涼しく聞こえてくる。
たまに優しい風も吹いて、暑いわりには気持ちがいい。
直江津ではJRの会社が切り替わる。
青い座席から赤い座席の列車に。
次の電車は金沢行き。
あとはこれに乗ったら高岡に着く。
もうすぐ信子姉さんに会える・・・
会ったらかなたの話をしよう・・・
そしてどうしたらいいのか聞いてみよう・・・
そうだ・・・着いたらかなたに電話しなくちゃ・・・
かなた絶対に心配してる・・・
電車は発車した。
この路線もたまに海が見える。
こっちの海は柏崎の海より鮮やかな青。
やはり海の反射で照り返しが強い。
そのあとは県境。
”富山県・・・”
軽くつぶやいた。
ここからは左側の席に移り山を鑑賞。
立山や黒部の山並みだろうか。
緑の大自然を堪能出来た。
富山を過ぎた。もう少しで高岡。
信子姉さんの所だ・・・
無事に高岡駅に着いた。
改札を出た。
時刻は夕方5時過ぎ。
”あ~疲れた~。着いたよ~信子姉さん。”
私はあまりの感激に声を出していた。
それにしても長旅だった・・・
さて、電話、電話・・・
”あの~○○さんのお宅ですか。”
”はい。そうですけど。”
間違いなく信子姉さんの声だ。
”あの、私です。恵です~”
”え~恵ちゃん?うあ~なつかしい。”
”あの、いきなりなんだけど今高岡駅に来てるんです~”
”え~それまたビックリ~どうしたの~。
とにヵく6時に旦那が帰ってくるから迎えに行くね。”
”うん。お願いしま~す。”
全然変わってない・・信子姉さん・・・
相変わらず頼りになる姉さんだ・・・
結婚したのは年賀状に書いてあったから判ってたけど・・・
旦那さんと会うのは初めて・・・
会えるの楽しみ~早く6時にならないかな~
しばらくすると遠くから信子姉さんの声がする。
”恵ちゃ~ん。おまたせ~”
紺色の当時のRV車の助手席から、信子姉さんが手を振っていた。
”お邪魔しま~す。”
”どうぞ~散らかってるけど気にしないでね。”
2回建てのアパートの1階。
完全バリアフリーのリフォームがされた住まい。
部屋で車椅子での移動、作業が出来るように、すべて低い位置に設定されてある。
ペルシャ猫がソファーで寝ていた。
”猫いるけどソファーに座っててね~。
今晩どうするの?
泊まる場所ないんなら泊まっていくでしょ?
こう暑い時はキンキンに冷えたビールよね。
もちろん飲むでしょ?”
やっぱり全然変わってない。
あの時のままのお姉さんだ。
それに信子姉さんを側で手伝ってくれてるご主人。
すごく優しい旦那さんだ・・・
私は自然に二人の行動を見ていた。
すてき・・・
二人で仲良く料理を作ってる・・・
姉さんの出来ないことはすべて旦那さんが・・・
”もうひとり家族がいるのよ。
今は実家に観てもらったからいないんだけど1歳の息子がね、いるの~”
”うあ~すごい”
テレビの上に飾ってある写真立てに赤ちゃんが写っていた。
”信子姉さん、幸せそうだね。”
”そうだね、とっても幸せ。
恥ずかしいけど、あなたと由香ちゃんのおかげかな。
あなた達と出会ってなかったら、今こうして元気でいられなかったよ。
私は恵ちゃんと由香ちゃんに感謝してるのよ。
はい。準備出来たし、うちの主人もいるけど乾杯しようか。
私たちの再会にかんぱ~い。”
”かんぱ~い。”
3人でグラスを合わせた。
”ん~おいしい・・・”
信子姉さんは元気な声でたくましかった。
それからは学校時代の想い出話や積もる話、近況を話した。
出された料理も美味しかった。
”あの~信子姉さん電話借りていい?”
”いいわよ。”
私はかなたの家に電話をした。
”はい、もしもし。空野です。”
かなたのお母さんの声かな・・・
”私、かなたさんの友人の○○ですが、かなたさんはご在宅ですか?”
”うちの子、まだ仕事から帰ってきてないのよ。”
”そうですか。じゃあ電話番号言いますので、帰りましたらこちらに電話が欲しいと伝えてください。”
電話を切った。
かなたは、まだうちに帰っていない・・・
”かなたさんって彼氏かな・・・”
開口一番、信子姉さんの声だった。
”実はですね・・・”
私は今までのかなたとのいきさつ、状況を信子姉さんに話した。
話してる時にだんだん涙が出そうになった。
”そうなんだ~そんなことがあったの~
でも親と会社に黙って出てくるのはまずかったかな~”
お母さんにも電話したら・・・。”
私はうつむいて首を横に振った。
しばらくの時間が過ぎた。
時刻は11時。布団の用意もされていた。
突然、電話のベルが鳴った。
信子姉さんは電話に出た。
”はい、もしもし。○○です。
あなた空野さんね。今、恵に代わるからね。”
かなたから電話がきた。うれしい・・・
あの娘 第6回旧友 おわり