第4回 約束
日中の照り返す暑さも、夜は心地いい。
生温い気温だが綺麗に星も映えてこのムードには最適なシチュエーションだ。
車は海岸線を抜け街中に出た。
対向車からのヘッドライトがまぶしい。
恵はさっきの元気から次第に顔がうつむいてゆくのが、運転中の俺でも判ってきた。
自宅方向に向かい近づくにつれて、恵の心の変化を感じる。
俺は昨日疲れた分、今日はしっかりと休んでもらいたいとそう考えていた。
恵が疲れてはいないかとそう思い、帰る言葉を口にしていた。
だがそれは恵の心の本意でないと、俺もなんとなく気付いていたのかも知れない。
”ねえ恵ちゃん。一緒に花火しよっか。確かトランクに花火セットがあったはずなんだけど~。”
”うん。やりたい。やりたい。”
やっぱり元気になった。
俺は路上脇に車をつけトランクを調べた。
”あったよ~。”
”わ~すごい。いっぱい入ってる~。うれしい~。”
恵は本当に心の底から喜んでいるようだった。
”ところでうちの人、何時に帰ってくるの?確か夜遅いんだよね。もう帰ってくる頃なのかなあ。”
俺は恵のお母さんが心配してないかと気が気だった。
”うん。10時に帰ってくる。”
”そうするともう少ししたら帰って来るね。電話しないといけないね~。”
”うん。そうだね。でも帰ったら説明するから大丈夫だよ。”
”そっか。判った。オッケーだよ!”
実は俺の判断は間違っていた。ここはしっかり連絡をさせるべきだったのだ。
これをきっかけにすべての歯車が噛み合わなくなることを、俺はまだ知る由もなかった。
信濃川の河川敷。数台の車が停まっているひっそりとした静けさ。
遠くでトラックの警笛が薄っすらと聞こえる。
すぐ側にオープン間もない道の駅と高速道路上に架かるブリッジ型の橋が見えた。
この静けさが俺達二人だけの世界であるかのように、花火を楽しんだ。
本当に楽しそうにはしゃぐ恵を俺は愛おしく思えた。
少しでも安らいで喜んでもらえるなら、俺は彼女のために何でも出来たであろう。
花火の最後の1本は恵に持って貰った。
さっきまで何本も咲いた花火も最後の1本になると、記憶を残したいと思うためか余計きれいに思う。
だからその火が消える時には、悲しみに似たため息をついてしまう。
時刻は11時。俺はもう時間の限界だと思った。
”明日もお互い早いし、頑張って帰ろう。”
”うん。
今度はいい返事だった。
自宅まで道案内をしてもらった。
そして恵の自宅の少し手前で車を停めた。
”昨日も今日も・・・なんかご苦労様。俺はすごく楽しかったよ。
”私も楽しかった。出会えて本当に良かった~。”
”俺も”
”あの~明日も会えますか?”
恵は戸惑ったように言った。
”ん~夜8時ぐらいなら大丈夫かな。”
俺は仕事のことも考慮し、この時間が妥当だと思った。
”良かった~じゃあ私おうちに帰ってご飯食べてから、あのゲーセンに行ってるね。”
”オッケー!それじゃあね。おやすみ。”
”おやすみなさい。”
俺達はその翌日から毎日のように会うようになった。
時間を決めてゲーセンで待ち合わせ。
平日の日はレストランや喫茶店で食事をした。
その後、車を走らせたり、海で波の音を聞いていたり。
別なゲーセンにも行ったりして、共に遊べる車のゲームやハイパーホッケーは一緒になってはしゃいだ。
休みの日には遠めではあるが、新潟市郊外では唯一の遊園地。
水族館。
パブやスナック、ディスコまであった、古町7。万代のボーリング場。
万代、東堀などの飲み屋街。
今思い返すとひとつひとつ想い出を積み重ねて、今でも薄れない記憶である。
数年前のテレビドラマ世界の中心で愛をさけぶ。
そのドラマで主人公少年のおじいさんが亡くなったあと、主人公少女がおじいさんの気持ちを話していたシーン。
本当に好きな人と結婚することと、本当に好きな人を一生思って別な人と結婚するのはどっちが幸せなのかなあ
このセリフにある意味、現在の俺はどうなんだろうと思ってしまう。
現在を思うと、若い頃の思いが他人事のように思えてしまう。
そんな綺麗で熱く純情だったあの頃がなつかしい。
恵の手を握った時も、自然な出来事からだった。
新潟の繁華街に行くため電車で新潟駅に来ていた。
高架橋の階段を二人で下りていると、後ろから大勢の乗降者が駆け下りてきた。
俺は反射的に恵を守るように階段の上りの位置に立ち、恵の左手と右肩を支えた。
階段の途中で留まってはいたが、あの勢いは、健常者の俺でも怖い感じがあった。
さて、恋愛期間の真髄であるキスについてはどうであったか・・・。
これについてはご想像にお任せいたします。
季節は7月が終わろうとしている暑い毎日。
両親、妹二人と共に暮らす俺の家族。
我が家にはこんな暑い日なのに何十万もするエアコンは無く、扇風機とうちわで暑さをしのいでいた。
今の時代では考えられない生活環境であった。
洗い物が盛んな夏。洗濯機だって二層式。
よく母親に洗濯を手伝わされたものである。
お風呂場にはシャワーがなく、暑い日にはよく蛇口からの水をかぶっていた。
これぞカラスの行水である。
家で食事をとる時には、毎日ソーメンや具無し冷やし中華がほとんどで、たまにカレーライスといった夏の食卓であった。
そんな地味な暮らしをしていた俺に光をさしてくれたのは、6月に出会ったあの娘、恵。
俺にとって人生の絶頂期でもあった。
相手を守れる優しさ、強さを教えてくれたあの娘。
そして・・・悲しい思いをさせてしまった。
”あっ、もしもし涼子ちゃん。恵の母親です。”
”どうも、ご無沙汰してま~す。”
”今日は涼子ちゃんに聞きたいことがあってお電話したんだけど。”
”はい。何でしょう。”
”うちの恵、最近帰ってくるのが遅くて、帰ってきても何も言ってくれないの。
涼子ちゃんが何か知ってるかと思って電話したのよ~。”
”そうなんですか~。もしかするとあの男かもしれない。この前、空野という男と私たち、会ったんですよ~。
それで空野が私に恵と付き合っていいか、聞いてたんです。”
”そうなの~。で、その男の人どんな人なの?”
”そうですね~。最初は私の文通友達だったんですが、恵と会ったらいきなり恵に乗り換えた感じになって。
まあ私たちと年齢が近くて普通の人って感じですね~。”
”そうなの~。判ったわ。涼子ちゃん、教えてくれてありがとうね。”
”いいえ。どういたしまして。私も恵と空野にお母さんが心配してたこと伝えますね。”
"ありがとうね~涼子ちゃん。それではごめんくださ~い。”
”は~い。ごめんくださ~い。”
さて・・・どうすれば・・・。確か恵はいつも11時過ぎに帰ってくるわね。
そしていつも家に帰ってくる前には必ず車のドアが閉まる音がしてたわね~。
今日こそは様子を見るしかないわね~。
今は10時半だからまだ間に合うわ。いそいで行かないと。
時刻は11時半。今日もこの時間が限界だ。
俺は恵から、お母さんは俺と交際してることも知ってるし、安心してることも聞かされていた。
だから俺は時間の限度をわきまえ、その日までには家に帰したいと考えていた。。
いつも通り自宅の20m手前に車を停め、5分位話し込んでいた。
”あれ、面白かったね~”
”面白かった。面白かった~。”
コンコン・・・
俺は背筋が凍るのを感じた。たぶん恵も同じ感触を持ったと思う。
ゆっくり音の鳴った助手席側を見た。女性が立っていた。
コンコン・・・
”恵~”
俺はすぐに察しがついた。
俺は驚いてはいたが、すぐにあいさつしなきゃと思い、すぐに車を降りた。
”あっ・・・あの~私、空野と申します。”
俺はあまりの緊張のせいか声が裏返っていた。
”はい。はい。”
母親はそっけない返事だった。
”早く、降りてきなさい。”
母親のいきなりの注意に恵は下を向いて黙りこくっていた。
”いつも恵さんを遅く帰して申し訳ありませんでした。”
俺は意を決して謝罪した。
”まあとにかく、ここで話すのもなんだからうちの中で話しましょう。
じゃあ恵。二人で来なさいね。待ってるわよ。
母親はそう言って自宅へ戻っていった。
俺は車の席に戻るなりドキドキしていた。
”お母さん、来ちゃったね。”
”うん。”
”なんかお母さん、怒ってそうだったけど。”
”うん。”
やっぱり怒ってるのか~マズイなあ。俺はそう思った。
”とにかくおれも一緒だから大丈夫だよ。じゃあ行こっか。”
”うん。”
俺はこんなにドキドキしたことは初めてだった。一世一代のパニックだと思った。
恵はうつむいたまま、おびえたような感じだった。
俺は車を道路脇に停め、二人で車を降りた。
俺は恵の左手を握った。
”失礼します。”
俺は何気に体に力が入っていた。硬直と言った方がいいかも知れない。
俺と恵はリビングのソファーに通された。
恵はキッチンでコーヒーを作っていて、俺はお母さんと面と向かってる。
さすがに目は合わせられない。
5分位経っただろうか・・・静寂は消えた。
”砂糖とミルクいくついる?”
恵が俺に聞いているようだ・
”ん~両方をふたつずつでお願いします。”
何故か恵に敬語を使っていた。
”恵も早く座りなさい”
母親がじれったさそうに言った。
いよいよか・・・。
”お宅さん。空野さんって言いましたよね。”
”はい。空野かなたと言います。”
”私が最初に言いたいのは、どうして恵を毎日こんなに遅くに帰すのか、という事。”
母親は俺に問いただしたように聞いてきた。
確かにごもっともな質問である。
いきなり連日娘の帰りが遅いのである。
母親ひとりの心では心配しない訳は無い。
”本当に申し訳ありませんでした。以降、恵さんを早めに送り届けます。”
夜中だというのに、体がこおばってるせいか、声が大きくなっていた。
”まあいいわ。それでうちの恵とはどういう付き合いなの?”
”交際しています。”
無責任過ぎて、友達とは言えなかった。
"そう・・・。とにかく私は心配だったわ。これからは気をつけてちょうだいね。”
俺をさとすように言った。
”はい。申し訳ありませんでした。”
”恵~まだ話してたいんでしょ?疲れてお母さんお風呂入るから少しそこで話してていいわよ。”
母親は落ち着いた様子で奥へと消えた。
フ~。俺はそんなため息をもらしていた。
そのあとに恵もフ~って言ったので、そのタイミングがおかしくて二人で小さく笑っていた。
”今日のかなた。頼もしいと思ったよ。素敵だと思った。”
”そうかな・・・”
すごく照れてしまってる俺。
あの娘 第4回約束 おわり