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あの娘  作者: 空野かなた
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第3回  かげろう

”よう! 空野!なんかいい事でもあったんか?今日の仕事、バリバリやってんじゃん!さてはお前のそのノリは・・・女だな!”

彼は鈴木。俺の勤めている建材会社の同期入社で、この二年切磋琢磨してきた同僚だ。俺を何かとからかう、ふとどきな奴でもある。


”まぁな!たまには人生にご褒美でもないとな!”

こんな、人をコケにする男に詳しく話すかよ~ば~か・・・・そんな気持ちで俺も負けじと茶化した。


"図星だったか~!これで営業成績も伸びれば言うことなしだな! 大将!”

鈴木の相変わらずの茶化しはさすがだ。


”そんなこと言ってねぇで、さっさと仕事仕事!よし!俺は積み込み終了!ではお先に・・・!”

俺はトラックに本日の配達の荷物を積み、出発の準備は完了。今日も張り切ってお仕事レッツ・・・ゴー!!!


俺はなんか気分が浮かれていた。

なにせ恵との交際が始まるのだから・・・


当時はポケベルも呼び出し音のみの時代。当然携帯はまだまだ先のハイテク。この環境でよく交際が可能だったのか・・・現代ハイテクに慣れた今では不思議である。

でも連絡を取るには、知恵を絞っての方法しか、当時は無かったのである。

連絡が取れなくて何時間でも待ってる経験・・・みなさんにもありませんでしたか・・・



仕事も楽しくやれた。恋をすると何でもやる気が出る。

稼いでもいきたいし。正念にも気合いが入る。

やっぱり男は女によって変わるのか・・・。


今は社会進出をした女性の時代。共存出来る時代でタイの関係だ。

だがあの頃の男は、守るべき女は必ず守りきる・・・という感性が多かった。

ドラマでも月9が開始されて硬派な男を見せていた。

女はみんなこういう男を好み、男はみんなこんなドラマの主人公をあこがれとしていたのだ。



午前の仕事が無事に終わった。

よし!昼休み。これを待ってたのだ。


俺は会社の近くの電話ボックスに向かう。

50枚くらいの10円玉も持参して・・・

ぴ、ぴ、ぽ、ぱ、ぽ、ぴ、ぽ


”はいありがとうございます。〇〇運送〇〇支社です。”

女性の電話受付の声がした。


”そちらの〇〇恵さんお願いしたいのですが・・・友人の空野と申します。”

ここまでは俺も営業トークで・・・


”少々お待ち下さいませ。”・・・・・・・・


”はい、代わりました。〇〇です。”

恵の声だ。


”俺だよ。・・・”


”電話来るの、待ってたよ。”


”あのさ・・・今日の仕事終わったら二人っきりで会えるかな・・・?”


”うん。私も会いたい・・・”


”ありがとう・・・恵さんの仕事終わるの5時だよね。恵さんの会社の近くのゲームセンターで6時に待ち合わせ。いい?”


”うん。判ったよ・・・6時ね。私そのまま直行で行くからね。”


”オッケーだよ。じゃあ、またあとでね。”


”うん。じゃあまた・・・”


俺は仕事が終わるのが待ち遠しかった。


そうだ。・・・やっぱりこの日から仕事に対する何かが変わってきた。

確かに仕事に対する意欲は増していた。

その分この仕事を早く切り上げたいという感覚・・・。

恵の下に早く駆けつけたいというエゴイズム。

今まで残業がザラで9時や10時の帰宅がほとんどだった。

この日から俺は、恵に会いたい一心で仕事に集中していたのかもしれない。

言い換えると、無難にお金を得るためとか・・・無難に一日が終わればいいとか・・・無難に仲間とも何もなく過ぎて行き・・・上司にたわ言を言われないようにと・・・何もかも無難で仕事をこなしてきた。

目立ったものなんてなにもなく一日を終えた二年間だった。


今日からの俺はいろいろと仕事やすべてにおいて、考えるようになった。

すべては恵に会うためだけに・・・。


仕事も5時に終わり残務整理。ピッチも早め。よし終わり。

ホワイトボードには”直帰”と・・・


”お疲れ様でした”

こんな明るいうちに帰るのはいつぶりだろう・・・


もっとも、会社の人達は仕事だと思っているのだが・・・


恵の職場はうちの会社から車で約15分。

当時の俺はまだ初心者マーク装備の運転手。

急いでいるけど安全運転安全運転。



時刻は5時50分・・・待ち合わせの場所ゲームセンターに着いた。

ゲーセンの中は当然うるさい。


恵を見かけた。ゲームをしていた。



”恵さん。お待ちどうさま。”

昨日とめっきり雰囲気が違う・・・

制服を着ているせいか・・・

大人っぽくて似合ってるというか・・・


”ゲームして待ってたよ。これ終わるまでちょっと待っててね。”

いがいにゲームが上手だった。格闘ゲーム当時流行っていたものだ。


”あぁ死んじゃった・・・”


”へぇ。結構上手なんだね。”

おれが感心したのは左手だけでボタンやレバーを使いこなしているのである。


前も話したように恵は身体障害者・・・右手は利かない。

おれはそういった人達とは、今まで縁がなくそれらを直面することもなかったが、実際触れ合うと生きていく驚異を感じてしまう。圧倒されてしてしまう。


”あの・・・連れて行ってほしい所があるんだけど、わがまま聞いてもらっちゃっていいかな。少し遠いんだけど。”


”いいよ。どこ行きたいの?”


”ペット霊園。・・・昔飼ってた犬に会いに行きたいんだ・・・”


”うん。オッケー。連れて行ってあげるよ。”


”ちょっと待っててね。霊園に電話してくる。”

恵はゲーセンの外にある電話ボックスに駆け寄った。


あとで彼女に聞いてみたら、俺と交際することを愛犬に報告してたとのことだった。


恵は電話で話しをつけたらしく、うれしがりながら戻ってきた。


”では出発するよ。”

俺と恵はマイカーに乗った。

この車、さほど良い車ではなく、初心者なのでぶつけてもいいような代物である。

この時は乗れればいい感じで車種については、とりあえず妥協していた。


バイパスに乗ると帰宅ラッシュとも重なっていて緩やかな速度になっている。


会話は二人っきりという緊張感もあり、お互い意識していてなんだか二人してソワソワしながら無言になっていた。

車の中の二人はまるで緊張でお互いコチコチだったのかもしれない。


”それで・・・ワンちゃん、いつ亡くなっちゃったの?”

話題らしい話題がないまま、とりあえずみたいな会話になった。


”高校卒業した頃に・・・死んじゃった。”

恵は母子家庭でひとりっ子。恵が幼い頃当然、母親は稼ぎ頭なので、普段家にいない。

祖父母が面倒みていたという。

それでも年月が経つと祖父母も亡くなり犬を飼ったという。

だから親兄弟に匹敵する感情に違いないと思った。


話題は昨日の話に移り三人での話題になった。



"それにしても昨日は楽しかったね。結局24時間くらい遊んでたんだもんね。”


だが昨日の今日の出来事。そう簡単には喜んではいられなかった。


”本当に俺達はこれでよかったのかな。それに涼子ちゃんは二人で会ってること、知らないんだよねぇ”


恵は一瞬おびえるような目になったが、気を取り直したように笑顔で言った。


”昨日涼子はいいよって言ってたんだし、大丈夫だよ。”


実際俺達は抜け駆けはしないまでも、涼子の話になると後ろめたい気持ちになっていた。

もう後戻りは出来ないと俺は思った。


そんなこんなで車は海近くのペット霊園に到着した。


”先ほど連絡しました○○です。”


”お待ちしておりましたよ~”


恵と園主のあいさつの後、慰霊碑まで通された。



恵は慰霊碑の前に立ち、手を揃えてお祈りを始めた。

俺もその後ろから手を合わせた。

園主が気を利かせてくれたのか線香を俺達二人にに配ってくれた。

灯っているろうそくの火にせんこうをあて、線香差しに差した。


”やっぱり俺達のことあいさつしたの?”


”うん。おめでとうって言ってくれてた”


”そっかぁ。良かったね。”


恵は最後に自分のかばんに着いていた犬のキーホルダーを慰霊碑に並べて再度祈っていた。


”じゃあご主人。どうもありがとうございました。”


俺達は園主にあいさつをし、霊園を後にした。



走る車の中、恵は無言でいた。それを俺は運転しながら、恵の穏やかな表情を見ていた。


”そうだ。ご飯、何食べたい?お腹へったでしょ?”


”うん。そうだなぁ。ラーメンが食べたいかな。”


”オッケー。いいラーメン屋さん知ってる?”


”空野さんに任せますよ。おいしいラーメン屋に連れてって。”


”そうそう。かなたでいいよ。かなたで。呼び捨てでね。俺は恵ちゃんって呼ぶからね。”


いつしか俺はこのか弱そうで悲しげな恵の笑顔を求めるようになり、笑顔になった時は幸せを感じた。

ラーメン屋は味噌のうまいあの店にしよう。



20年以上前の新潟は現在のように、ラーメン激戦区ではなくだいたい同じ店に通いつめるのが主流で、俺も昼休みにたまに利用するいつもの店がいいと決めていた。

平日の昼休みはいつも混んでいてサラリーマンの順番待ち行列がいつもの光景だ。

まさか夜は空いてると思い来てみたが、やはり順番待ちだった。


”ちょっと待つけど、ここ美味しいんだよ。待っててもいい?その代わり車で待ってていいよ。”

俺は恵には負担を掛けられないと車にいるように促したが、


”う~うん。一緒に待つよ。だってここにいるとスープの匂いが漂ってくるし、返って食欲わくし・・・。”

恵はニコニコ嬉しそうに話した。


15分くらいしてようやく、4人座りのテーブルに通された。

俺は恵が座るのを見てななめになるように座った。

そして野菜味噌ラーメンを2つ注文した。


恵は緊張してるのか、テレビを見ていた。俺も話のネタもなく同じくテレビに注目した。

そんな中ラーメンが2つ届いた。


俺は割り箸を割ってあげた方がいいかなと思ったが、そんな必要はなかった。

恵は割り箸をテーブルに置き、利き腕の右手で端を開き、その間を動かない右手を差し入れて、左手で割り箸の片方を上に引いて箸を割った。

俺はその光景を見て、ただ単純にすごいと思った。よほどの苦労をしたのだと、俺は半分泣きそうになった。

食べてる時も昨日と同様、右手をテーブルの下に隠し、左手だけで箸とレンゲを交互に使っていた。


”お味はどう?”


”うん。美味しいね。”



俺を見つめ返す満面の笑みがすごく可愛らしいと思った。



時刻は夜9時を刻んでいた。こういう時のドキドキ感というのは、時間が経つのが本当に早く感じる。

ついあの言葉を口にしてしまった。


”海岸線を走ってから送るからね。”


帰る言葉を口にしてしまったこと。その時の俺はこの言葉を発したことに何のちゅうちょもなかった。


金衛町浜海水浴場駐車場。かつては新潟市のナンパスポットのメッカ。砂利が敷いてあるというのに、男はセダン、女は軽自動車を目印に規則的に輪を作り、そこは若者の社交の場であった。

道中その駐車場を通ったが、さすがに平日の夜9時。輪になって連なってはいなかった。

窓を開けて6月の海岸線を走ると潮の香りがする。生暖かい湿った風。でもさわやかな風だ。


”風が気持ちいいねぇ。”

恵が風で目を開けられないような状態で、左手で髪を抑えながら言った。


俺は最新のヒット曲をテープで流しながら、運転は軽やかだった。

ありふれた会話をしながら、帰路に向かっていた。


第3回  かげろう おわり

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