第八章:さよならをする為に
先生が新幹線で1時間ほどある町でお見合いをして、その町にある実家の家業を継ぐことになった話を私は先生ではなくて、二年生の終業式で聞いた。
『先生、長男だったんだな・・・。』
私はそんなことをふと思いながら、体育館のステージで挨拶している先生の事を見ていた。
終業式が終わり教室に戻る為、いつものように一人で廊下を歩いていると、先生が小さいメモ紙を私に手渡した。
『放課後部室に来て欲しい。』
白いメモ紙に一行そう書いてあった。
放課後、私は美術室に行こうかどうしようか迷ったが、一方的なさよならをしたことが気に掛かり、先生の話を聞く為に美術部の部室に向かった。
ガラガラと引き戸を開けると、いつもの埃臭く湿った部室の空気が流れる。その空気が緊張している私を少し落ち着かせてくれた。
「綾瀬・・・。」
部室の隅の方の椅子に先生は座っている。
私は先生の前まで行くと、ひざまずき先生の膝の上の手を両手で握り締めた。
「温かい。先生の手はいつも温かいね。」
私は先生の手の甲に軽くキスをした。
「綾瀬、結局何も話さずにごめん。上手く言う自信が無かった。」
先生の暗い顔は見たくなかった。
「いいの。色々、私には分からないジジョーが大人には有ると思いますから。」
そう軽く返事をした。
「綾瀬が言うように、俺と綾瀬は同じ体だったのかもナ。兄弟みたいな家族みたいなそんな感じの感情を持ってるくせに、身体も欲しかった。綾瀬と一つになると安心できた。」
私の好きな笑顔を浮かべながら、先生はゆっくりと話す。
「先生、最後にもう一度一つになってもらえますか・・・。」
私は無理だと思いながらも抑える事が出来なくて、そう先生にお願いした。
先生は少し戸惑ったようだったが、すぐにいつもの笑顔を浮かべ私を軽く抱きしめた。
美術室の木の長机の上に先生は私を優しく横にさせた。
先生は耳たぶを軽く噛むと、耳の中に舌を捻じ込んだ。
先生の唾液と息遣いしか聞こえない。
私の両手は先生の首筋で硬く繋がれていた。
耳元で聞こえる先生の息遣いが、謝っているように聴こえ切なくて、私の頬には先生と一体になる前から涙が伝っていた。
―あの日、先生が私にキスをした日、キスがスイッチをONにして二人は一つに戻ろうとした。
あのキスが始まりの儀式なら、今日のこのセックスはスイッチをOFFにする最後の儀式。
もう一つになる事も無い、なりたいとも思わないようにする最後の儀式。
「先生・・・さよ・・なら。」
繋がってる身体で私は途切れ途切れにそう言った。