第五章:優しく冷たい男
―海の匂いがする石畳の遊歩道沿いにあるイタリアンレストラン。
その窓際の席で私は文庫本を読みながら、田中先輩が来るのを待っていた。
先輩との病院での再会の後、何度かデートをして今日は5度目のデートだった。
店員に案内をされながら先輩が私の席へと向かってきた。
「ごめん。待たせちゃったね。」
「いいえ。そんなに待ってませんから。」
私は先ほどから読んでいた文庫本にしおりを挿むとバッグの中にしまった。
『今日辺りこの人とセックスするのかな・・・。』
私はイベリコ豚の生ハムを口に運びながら、そんなことをふと思っていた。
先輩は私に好感を持っているようだった。
すごく紳士的で優しかった。
真面目な性格のようだし、マニュアル重視な感じだからきっとコトに及ぶなれば、今日辺りだろうと私はにらんでいた。
いつもより私は少し多めにワインを飲んだ。
アルコールには催淫効果が有ると私は思う。あまり多量に摂ると逆効果だが、適度な量飲むと飲まない時よりも大胆になれる気がした。
食事が終わると二人で石畳の遊歩道を散歩した。
先輩は人通りが無い場所に着くと、私を抱き寄せてキスをしてきた。
海の匂いが鼻腔を突く。
「今日は帰らなくても大丈夫?」
先輩は優しく紳士的に尋ねてきた。
「ええ。大丈夫です。」
私の答えに先輩は少しほっとしたようで、軽く微笑んだ。
先輩が私を連れて行ったのは、モーテルでは無く海沿いにあるシティホテルだった。
『結局することは同じなんだから、私はモーテルで良かったのに・・・。』
私はモーテルの方が好きだった。
シティホテルの清潔で冷たい感じは落ち着かない。
モーテルの綺麗だけど清潔過ぎず、少し湿った生温かい感じのする方が落ち着けたし、
卑猥な気持ちにもなれた。
先輩は部屋に入ると、慣れた手つきでウィスキーの水割りを作り一つを私に手渡した。
もう一つの水割りを先輩は一気に飲み干した。
「先にシャワー浴びるね。」
先輩はそう言うと私の答えを聞くまでも無くバスルームへと向かった。
先輩がバスルームから出た後、私もシャワーを浴びた。
バスルームから出ると、薄暗い部屋のベッドに横たわった先輩が私に手招きをした。
私は先輩の隣に横にはならずに腰掛けた。
背中に温もりを感じる。
背後から抱きすくめた先輩の両手が私の鼻先で揺れている。
相変わらずの綺麗な指。
「もう千絵里って呼んでも良いかな?」
確かにセックス中に綾瀬さんでは色気が無い。
「私も、拓海って呼んで良いですか?」
「あぁ、そう呼んで欲しいな。」
そう言うのと同時に拓海は触れるか触れないかの軽いキスをした。
それがスタートの合図の様に二人のキスは激しいものへと変わって行った。
拓海は私の身体を包んでいた白いバスタオルを剥ぐと、首筋、胸、腹部へと上から下へ決まった順番のように唇を這わせた。
拓海の愛撫は優しいのに冷たくて、シティホテルのように落ち着かない。