第四章:感覚
―放送室は埃臭いが、暖かい。
まるで先生のようだ。
「今日のお弁当は、オムライスなのに卵焼きかぁ。お母さん又卵の賞味期限見ずに買ったなぁ。」
もちろん誰も居ない放送室での独り言。
『コンコン』
私の折角のお弁当タイムを邪魔するように、誰かが放送室のドアをノックした。
「綾瀬さん。お疲れ様。いつも仕事熱心だね。今日も二年の代わりを引き受けてくれたんだってね。」
私のお昼の時間をお邪魔してくれたのは、放送委員長の田中先輩だった。
「いや、良いんです。私、放送室好きなんで。先輩こそわざわざ労いの言葉を掛けに来てくれたんですか?」
少し厭味ぽかったかな・・・。
私はどうもこの清潔感があって紳士的な田中先輩が苦手だった。
「いやいや、綾瀬君は真面目で仕事熱心だなって思ってたから、ちょっと様子を見に来ただけだよ。」
田中先輩は頭を右手の細い指で掻いた。これは彼の癖のようで一緒に話をする時は必ずと言って良い位この行動をしていた。
「でも、放送室が好きなんて変わってるね。なんか埃っぽいし、生暖かくて嫌いな人の方が多いんじゃないかなぁ。」
「私は埃っぽくて生暖かいから好きなんです。」
『あぁ、昼休みが無くなっちゃう。』
私は内心イライラしていたが、態度には出さずに何か田中先輩を上手く追い出す方法は無いかと考えていた。
「あっ!もうこんな時間か。職員室に呼ばれてるんだった。じゃあ失礼するよ。綾瀬さん頑張ってね。」
考えるまでも無く田中先輩の方から出て行ってくれた。
「お疲れ様です。」
私は軽く会釈すると、また黙々と玉子だらけのお弁当を食べ始めた。
美術部の部室は放送室と同じで埃っぽい。
でも、放送室の乾いた感じは無くて、どちらかと言うと湿っている。暖かさも無い。
私は先生とキスをしてから、真面目に部に出るようになっていた。
美術部は部員が一応5人ほど在籍しているが、ほとんどが体育会系の部との掛け持ちの生徒ばかりで、ほとんど部にでてくる事は無く、実質私ともう一人女子が1名時々出てくるだけだった。
この1名の女子は、体が弱く週の半分位は欠席していたので、部に出てくるのは週に1、2度だった。
「綾瀬はあの日から、真面目に出てくるね。」
先生は意地悪な笑みを浮かべながら言った。
「先生の感覚が良かったんです。唇だけじゃなくて、身体のおうとつがぴったり合う気がしました。」
「感覚か・・・。俺もそう感じたよ。綾瀬の笑う顔を見てたら、自然とキスをしていた。」
今日はもう1人の女子は居ない。
先生と何でも話せて、何でも出来る。
私は身体の芯が熱くなるのを感じた。
「先生。キスするのに理由は要らないですよね?好きだからとか、愛してるからとかまだ分からない状態なんです。」
「でも、ただただ先生とキスがしたい。あの温もりを感じたい。私、人と関るの嫌いなんです。でも、先生とだけは関りたい。」
―あの時の私の言葉は完璧な愛の告白だったのかもしれない。
私の言葉を聞いた後、先生は私の方へ近づいてきた。
先生は私を椅子から立たせると、キスでは無く身体を抱きしめてきた。
「ああ、理由なんて要らないよ。」
私の耳元に先生の湿った囁きが響く。
「先生・・・。」
私は我慢出来なくなり、先生の唇に自分の唇を激しく重ね合わせた。
キスは段々と激しさを増し、私は立っていられなくなり部室の床に足元から崩れて行った。
先生が唇を離すと二人の唇から唾液が糸を引いた。
一度離した唇を先生は私の額や頬に舌と一緒に這わせた。
耳たぶを噛みながら、耳元では「千絵里。」と囁いた。
先生の愛撫は激しく優しい。そして生温かく湿っている。