第三章:堕ちる
『4時限目の授業って何でこんなに眠いんだろう・・・。』
『あぁでも、五時限目はもっと眠いか。』
私は重たくなる瞼を必死に開けて眠気と戦っていた。
キーンコーンカンコーン♪
「はぁ〜助かった。」
授業終了のベルを聞いたらホッとして、思わずため息と一緒に言葉も出てしまった。
「綾瀬さんでも授業中眠たかったりするんだね?」
隣の席の鈴木なんたらさんが話しかけてきた。
私はクラスメートに限らず学校のほとんどのことに無関心で、全てが億劫だった。
鈴木さんの下の名前すら知らない。
「ほとんどいつも午後に近い授業は眠いよ。鈴木さんは眠くないの?」
「私はもちろん眠いよー。でも、綾瀬さんは成績いつも学年10位以内に入ってるでしょ?」
鈴木さんは面白い事を言う。成績の良し悪しと授業中眠いかどうかは全く別の話だ。
でも、そんなことをそのまま彼女に言ってしまえば角が立つので、私は適当に笑って話を合わせて誤魔化した。
私は昼食も一人で食べる事が多かった。友達と言う友達は居らず、一人で過ごす方が楽だった。
一緒に食事をしようと誘われるのが嫌で、放送委員になった。
放送委員になれば昼休みは放送室で仕事をしながら、食事をする事が出来た。
放送委員は1年生2年生各クラス1名で交代で担当が変わるようになっていた。
私の通っていた学校はかなり進学率の高い進学校だったので、3年生はほとんど委員会などの仕事や部活動からは遠のいていた。
クラスも2クラスにしか分かれていなかったので、私は週に1,2度は放送室で過ごせた。
放送室で食べない時には、屋上やほとんど幽霊部員になっている美術部の部室などで食べた。
「綾瀬!綾瀬千絵里!」
私が放課後学校の中央に有る中庭のベンチで本を読んでいると、美術部顧問の桜井が声を掛けてきた。
桜井は生徒をお前と呼んだり、上から見下すように話すことの無い貴重な教師で、私は密かに好意を抱いていた。
何と言っても、汚くは無いが清潔感もあまり無く、常に無精ひげの生えている細い顎や姿形にも魅かれていたのかもしれない。
私はそのページの気になるニ、三行に目を通すと顔を上げた。
「たまには部に顔を出しなさい。」
桜井は半分呆れた様に言った。
「明日には行きます。」
「綾瀬、俺は借金取りじゃないんだ。明日は行く、明日は行くってもう聞き飽きたよ。」
ため息を吐きながら言った桜井の言葉が、掛け合いの様に当てはまっている事が妙に可笑しくて、私は思わず大きな声で笑ってしまった。
笑った後にしまった怒られるかな?と思ったが、桜井の反応は意外なものだった。
「綾瀬はそんな笑い方する時もあるんだな。なんか安心したよ。」
そう言うと私の唇を自分の唇で塞いだ。
風が不意に吹き落ち葉が私の頬を擦った。
「先生・・・。」
塞がれた唇の横からかろうじて言葉が洩れる。
桜井は身体を離すと一応辺りを見回して人が居ないのを確認した。
私の方に向き直した桜井の唇に今度は私の方から唇を重ねていった。
『温かい・・・人ってこんなに温かいんだ。』
私は初めての感触に浸って、再び自分から桜井に乞うてしまった。
何度も何度も繰り返し。