最終章:本当の思い出になる日
『コンコン』
控え室に乾いたノックの音が響く。
すっかり用意の整った私を見に拓海がやってきた。
「綺麗だよ。千絵里。」
拓海は本当に見惚れているようだった。
「ありがとう。」
私は新妻よろしく初々しく微笑んだ。
背中に変な汗を掻いてしまいそうだ。
タキシードを着た拓海を改めて見てみると結構イイ男だ。
面白味は無いけれど。
「拓海も素敵だわ。」
一応マニュアル通りお返しの言葉を掛けた。
半分は本心だけど。
普通花嫁はこの辺で、「お父さんお母さん今までありがとう。」とか挨拶しながら涙の一つでもこぼして、美容師さんとかお世話係りの人に
「あらら、折角したお化粧が取れてしまいますよ。」
なんて言われて差し出されたハンカチで目元を押さえたりしなければいけないのではと少し不安に思ったが、そうする前に式場に案内される時間になった。
梅雨の時期の晴れ間は本当にありがたく、控え室のカーテンをキラキラと輝かせていた。
式は滞りなく進み、先生もユーモアを交えながら見事なスピーチを披露してくれた。
寂しくなるくらい見事に。
私は内心先生にスピーチしてもらうことに不安を感じていた。
自分で頼んでてなんだが、先生が何を話すとかと言う事にではなく、私が頼んだ理由を先生が誤解していたらと言うことに不安を感じていた。
あの頃の私を一番に知っているのは先生だと思ったから、ただ単純にお願いしただけだった。
先生に恨みなど無かった。
きっと好きだったし、愛していた。
でも、それを感覚と言うものだけに置き換えようとした。
ドライな関係にドライな思い出にしたかった。
本当は湿って、グジグジしていたのに。
現に先生夫婦を見るまで私は過去に囚われていた。
海でさよならした日の半身を抱えたまま。さよならの儀式は何の意味も持たず囚われていた。
『あの頃の私にとって、先生は美術室、放送室、屋上でした。』
先生へのお礼状にそう一言だけ付け加えようと思います。
それが全てだから。
先生に出逢えたから今の私がある。
先生と過ごした時間は陳腐な言い方かもしれないけれど本当に宝物で・・・
前向きに歩く力と勇気を身に付けたのは自分の力かもしれないけれど、
その土壌を育んでくれたのはきっと先生だ。
二次会の会場に行く為に拓海が迎えに来てくれた。
夏の日は落ちるまでに時間があって、まだ薄暗い程度だ。
車までエスコートする拓海の手は最後に握った先生の手よりも温かかった。
あまり結婚式には詳しくない為、想像のみです。
なのであまり奥行きも出来ず申し訳ありません(^^;)
読んでくださる方が居るだけで、本当幸せです。
最後まで読んでくださった方本当にありがとうございます。