第九章:情
拓海との交際はとんとん拍子に進んで、交際が始まった年のクリスマスにプロポーズをされた。
結婚式は6月。ジューンブライド。何もかもがマニュアル通り。
拓海の様な男は安心できる。面白味は無いが、結婚するには持って来いの男だと思った。
『結婚は愛より安定とお人柄。』私の心の格言。
先生と離れて、社会人になりそれなりに恋愛はしたけれど、あんな感覚になれるのは先生だけだった。
一緒になると言うことが『結婚』ならば、私は先生と結婚したかった。精神的にも肉体的にも一緒に一体になれたのは先生だけだったから。
それなりの恋愛とそれなりの人生を歩んできて、結婚に対して行き着いた結果は愛や感覚では無くて、ひたすら現実。現実に必要なのは、安定と相手の人柄のみ。
寂しい事かもしれないが、私の行き着いた結果はそれだった。
結婚式のスピーチを頼む事になり、思い返してみれば高校時代から友人らしい友人は居なくて、困った私の頭に浮かんだのは先生だった。
先生の実家の住所や連絡先は知っていたので、私は電話で了解を得た後に先生の実家のある町の駅へと向かった。
先生の実家は食料品の卸問屋で、訪ねていった私を迎えてくれたのはしっかり問屋の社長さんといったいでたちになった先生だった。
倉庫で腰に前掛けをして指差し確認をしている人物は、高校の時の美術教師に全然結びつかなかった。
「先生、雰囲気変わりましたね。」
先生の邪魔にならないように端に避けながら私は言った。
「そりゃそうだ。あれから10年近く経つんだから。メタボ予備軍だよ。」
脇腹を摘みながら先生は私の横に腰掛けた。
「お仕事もう良いんですか?」
「あぁ、もう落ち着いたから大丈夫。」
隣で座って会話していても、あの頃のような落ち着いた中に有るドキドキする感じも感じられない。
ただ、ひたすら落ち着く感じがするだけだった。
「DNAお兄ちゃんかお父さんになっちゃったんだな。」
私は小さな声で呟きながら安堵の笑みを漏らした。
「何か言ったか?」
先生が不思議そうな顔でこっちを見る。
「今日は先生にお願いがあって来たんです。」
「金以外のことなら良いよ。」
先生は笑いながらあの頃のように私の頭を撫でた。
その行為にドキッとした自分に驚いた。あの頃と似ているけれど少し違う感覚。でも、あの頃の甘さを含んでいて、それはそれで私は素直に嬉しかった。
「結婚式のスピーチお願いしたいんです。」
結婚する事と結婚相手のことについては予め話してあったので、先生もおおよそ見当は付いていた様で
優しく頷いてくれた。
「美術部の顧問として喜んで出席させてもらうよ。」
教師と言う立場を改めて強調されたようで私は胸が少し苦しくなった。
倉庫の入り口の方から、お盆にお茶とお菓子を載せた可愛らしいおばちゃんと言った風貌の女性が入ってきた。
「遠いとこから、よく訪ねてきてくださいました。」
にこにこ笑う顔はお多福の様に愛嬌があって可愛らしい。
「かみさんだよ。」
先生が答えの分かっている私に強調するように奥さんを紹介した。
「いえいえ、初めまして。お構いなく。」
私もお多福に負けないくらいにこにこ笑って挨拶をした。
女としての嫉妬と言うよりも、妹が兄を取られた様なそれに近い嫉妬。そんな感情が私の中に芽生えていた。
先生とお多福を交互に見るとやっぱり合っている感じがした。
そこに愛や恋は無いかもしれないけれど、安定と家族の情があるように感じられた。
先生夫婦を見ていると、あながち私の結婚に対する格言も間違っていないように思えた。
まだ少しあの頃に囚われていた私の半身が、戻ってきて一つになった気がした。
ちょっとさぼってました。すみません(^^;)
頑張って更新しますので、よろしくお願いします。
次かその次くらいが最終になると思います。