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03:───………ばか

 飛鳥と喧嘩してから一週間が経った。仲直りの兆しは、…………見えてない。

『は、バイトする?』

「うん、だって…暇なんだもん」

 電話口であたしが言うと由香は素っ頓狂な声をあげて、何でその流れでそうなんのよ、と続けた。

 ちなみに、由香とファミレスで分かれたあとに起こったことを、たった今説明し終えたところだ。

『まずあの流れで別れ話的なことになってる意味が分かんないし。飛鳥くんがイチャイチャしたがって、あんたもその気になってイチャイチャすんじゃなかったの?しかもまだ仲直りしてない、で、なんで“あたしバイトするっ”になるわけ?』

「だから言ったじゃん!暇なの!」

『………どーぞ続けて』

「だからさぁ。あたし今まで暇なとき飛鳥んとこ遊びに行ってて、んで、その…付き合ってからは暇じゃなくても?てゆーか暇作って?ん?よく分かんないけど、とにかく飛鳥んちにいることが多かったんだよね」

『うん』

「でも今そんなことできないから、…やることなくて。あと、なんかべったり過ぎたかなとも思って…もちろん飛鳥と一緒にいなくなる未来なんて選択肢はないんだけど、なんか、なんてゆーか、こう…一緒じゃなくなったとたんにあたしやることないって、まずいんじゃないかって思ってさ。自分のことくらい自分で支えなきゃっていうか。…ごめん、よく分かんないよね」

『───いや、分かるよ。…分かる。琉衣もちゃらんぽらんに見えて色々考えてんだねー』

「ちゃらんぽらん言うな」

「そっか…でもそういうことならバイトってのも確かにありかもね」

 由香に同意を得られてホッとする。

 けれどもさすが事情通なだけあって、痛いとこをついてくんのも由香だ。

『でもそれで結局仲直りする機会減らしてちゃ本末転倒な気もするけどねー』

「うっ…」

 あたしもなんとかしなくちゃと思ってる。でも、仮にすぐ仲直りしてもその先には結局同じ問題があるわけで。

「そうなんだけど…けど、結果的にあたしが、その…キス以上のことを受け入れられるようになんないことにはまた同じことが起こると思えるんだよね。だからって無理に受け入れようとかじゃなくて、それは飛鳥も考えてくれてることでだからこそこの前はやめてくれたんだと思うし…、とにかくその辺のことも含めてゆっくり考えたいのっ」

 一気に思っていることを喋ると、意外にすっきりした。

 あたしと飛鳥のこれまでの16年の積み重ねがこんなことで壊れるとは思わないから、これからも一緒にいたいから、だからこそなんだもん!

『ほぉほぉ。で?バイトはなにやんの?』

「へっへっー!実はもう決めてきたんだ!あんね、いつでも募集してて、辞めるときも辞めやすそうなってことで」










「やってきましたI’m love it」

 数日後、あたしは『いつでも募集してて、辞めるときも辞めやすそうな』某有名ファーストフード店にいた。

「安直ねー。でもまさか琉衣にこんな行動力があろうとは」

「…あ、あたしはやればできる子なの。バイト代を仲直りしたときの、遊び資金にするの」

 早速働きはじめたら、由香がお店に食べに来た。彼氏とセットで。嫌みかこいつ。

 ニヤニヤしながらポテトとジュースを注文する由香は、ふとちょっとだけ心配そうにこっちを窺う。

「琉衣、大丈夫?職場のひと、厳しかったりしてない?」

「あはは、ないよ大丈夫。皆優しい。あたしに仕事教えてくれるひともね、なんていうか、いっつも無表情だけど、でも優しい先輩。あ、女の人だからねっ」

「無表情…へぇ、どの人?」

「となりとなり」

 一応仕事中なのでちっちゃい声で言ったら、空気を読んだ由香がふむと言って隣のレジを窺ったあと、商品を受け取ってレジが見える位置に席を陣取った。

 うわぁ観察する気満々だよあのひと。彼氏も苦笑してるし。

 まあでも、あたしも分かってるんだ。由香はあたしの…いや、きっと飛鳥も含めてあたし達のことをホントに心配してくれてんだよね。たまにきついことも言うしちょっと遊ばれてる感もあるけどさ。

 できた友達だよ、ほんと。

 なんて浸っていたら次のお客さんがきたので、とりあえずあたしはまだ慣れていない挨拶をしながら仕事に戻ったのだった。

 そんなこんなで時間が過ぎてバイトが終わり、制服から私服に着替えていると、同じ時間に上がりの例の先輩と一緒になった。

「お疲れ様。今日来てた人、お友達?」

「あ、はいっ。そーです」

「そっか。美人さんだね」

「あははははは」

 その由香はあのあとあっさりと帰ったさ…。そういう奴なのは一万年と二千年前からわかってるもんね。

 会話がふと途切れた。こんな時でもあたしの頭は、飛鳥のことを考え始める。

 …もう何日話してないんだろ。会ってないんだろ。飛鳥にいろいろ話したい。いつものあたしだったら、家帰ってなんにも考えずにすぐ隣行って。

 ───バイト始めたんだよ、そこの先輩がいっつも無表情なのになんか小動物っぽくて可愛くてね、背もちっちゃくて、あ、あとね、レジやってるとき───なんて、すぐにいろいろ報告するに違いない。

 ま、こんなこと飛鳥にいったら「琉衣は背に関して人のこと言えない」とかズバッと言われて終わりだろうな。まぁ、飛鳥のこういう言葉には裏打ちされた愛情があるんだけどさ。

 …あたしが見てきた飛鳥は、そういう人。喋らないけど、そういうときは行動であらわして。喋ったら、だいたいがきついこと言うけどそれは飛鳥なりの愛情表現の裏返しで。その代わり、あたしがいっぱいいっぱい喋る。それがあたし達なりの一番のコミュニケーションで───あたし達はそれをお互い分かってた。

 付き合い始めたときはそれで喧嘩になったこともあったけど、結局はそのことを思い出せて。飛鳥のこと信じてれば大丈夫って。

 …でも、1個乗り越えたと思ったらまたなんかつまずいちゃって。

 由香には強気なことも言ったけど、ほんとはすごく不安なんだ。どんだけ長い間一緒にいたって壊れるときは一瞬、なんてそんなこと言えるほど経験なんてないけど。でも、少なくとも、あたしが思ってる以上に恋愛感情で結ばれた絆は幼なじみとしての絆よりも遥かにもろいのかもしれない。

 だって、だって、今のあたし達の距離ってこんなに───、

「あの、琉衣ちゃん?…大丈夫?」

「ふぇっ…」

 顔を上げたら目の前に先輩がいた。あぁそうだ、着替えの途中だったんだ…。

「あの、これ」

「えっ」

 そっとハンカチを差し出された。───たしかに、うん、あたしは泣きそうになっていた。ギリギリたまった涙が落ちてない程度。

「ありがとうございます…」

「ううん」

 答える先輩はやっぱり無表情。でも声と空気が優しい。

 ぐいっと涙を拭ったあと、思い切り鼻をすする。

「…ハンカチ、持ち歩いてるなんて女子力高いですね」

 照れ隠しにそんなことを言ったら、先輩は一瞬で唇をとがらせた。

「あたし…というか、一緒にいる人がハンカチとティッシュは持ち歩けって小うるさくて」

 実際こうして役にたっちゃったから感謝するしかなくなった。

 そうやって呟く声はすねてるような悔しそうな感じだったけど、目が笑ってる。それでなんかわかった。大切な人、いるんだな。

「いい彼氏さんなんですね」

「かっ…、ど、どうしてわかったの」

「なんとなく」

「そ、そう」

 うはー頬染めてる。無表情にこのギャップ。これが萌ってやつですね先輩!

「ハンカチあらって返しますね。おかげでちょっと元気でました、ありがとうございます」

「えっ、あたしは何も」

「してくれました、あたしにとっては」

 笑顔で言ったらじゃあ、よかったと相手も笑顔になった。……あたしもちょっと意識しようかな、ギャップ。いや無意識なんだろうけど。そしてだからこそ威力あるんだろけど。

「先輩」

「なに?」

「あたし、がんばります」

「へっ、何が───」

「お先に失礼します、おつかれまでしたっ!」

 パタパタっと片づけを済ませて店を出た。

 ちょっと難しく考えるのやめよう。

 とりあえず由香に話したことは本当に思ってることなんだし、今はバイト頑張って。うん、やるって決めたことまずはやんなきゃきっとどうにもなんないもんねっ。

 ───ちょっと前向きな気分でそう結論づけて、あたしは家に向かって歩き始めた。

 落ち着いたらなぁんかいきなりお腹空いたな。家着けば晩御飯はあるけど…あたしと飛鳥が買い食い常連の、いつものクレープ屋さんにでも行こうかな。

 太る?エ?ゼンゼンキコエナイヨー。

 現実から目を逸らしつつ、現実のスイーツに目を向けつつ。すったかたーとあたしはクレープ屋の前にたどり着いた。そんで止まった。知り過ぎた顔がいたからだ。

 誰を間違えようとあたしコイツだけは間違えない。飛鳥だ。飛鳥がいる。

 声をかけようか一瞬迷った。けどすぐやめた。だって、ねぇ、飛鳥。その人は誰。

 飛鳥は一人じゃなかった。女の子と一緒だった。そんでその子に、クレープ買ってあげてた。あたしは一瞬で思った。

 え、それはあたしの位置じゃないの?

 悲しいとかヒドいとかじゃない。ただびっくりした。頭真っ白だった。

 よくわかんないままふらっと来た道を戻った。

 え、飛鳥が………え?

 ちょっとよくわかんない。

 えーと…あ、うん、帰って寝よう。それがいい。

 体が覚えてる道を俯きながら歩いた。足元のコンクリにポタッとしみができた。雨?

 空を見るけどすごくいい青空だ。

「?」

 もう一度地面を見た。しみができた。

 …あそっか。あたしか。

 今あたし、ショック受けてるんだ。だからこんな、涙出るんだ。

「もう。さっき引っ込めた意味ないし」

 洗うために借りて帰ってきたハンカチをポケットから取り出した。

 バカ。あたしも飛鳥もほんとバカ。

「───………ばか」

 ハンカチをあてて握りしめた。

 握りしめながら、いっそ雨降ればいーのに、なんて思った。



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