中
「城の中…?」
「入れるのかなぁって」
自然な風を装ってジンを見上げると、庭園までなら開放されているとのことだった。
そこまで行くのかと聞かれ頷けば、なら案内するとまた手をひかれる。
きっと、傍目から見れば私たちは仲のいい兄弟にでも見えるのかもしれない。
そう思うと、繋がれた手も気にならなかった。
道すがら、目についたモノを指差して問えば、ジンは機嫌よく答えてくれた。
やはり世話好きなのだろうと、楽しげに話してくれるジンの横顔を見て思った。
城門の前まで来たところで、門番の兵にジンが話をつけてくれたためか、城内へ入るのに案内の人をつけてもらえた。
「じゃぁな。迷子になるなよ、ミィ」
「うん。ありがとう、ジン」
やっぱり子供扱いで、私の頭を一撫でしてからジンは立ち去った。
ジンの背中を見送ってから、案内人である女の人を振り返る。
どう見ても騎士様の恰好をしているように見えるその人は、私が振り返るとにこやかに自己紹介してくれた。
「初めまして、アイリーンと申します。今日は城内の案内を務めさせていただきます。質問などがありましたらなんなりとお聞きください」
「ご丁寧にありがとうございます。僕はミィです。よろしくお願いしますね」
差し出された手を取り握手を交わすと、アイリーンはこちらですと中へと案内してくれた。
開放されている区画は、庭園だけでなく騎士の鍛錬場などもあるとのことで、庭園を通り過ぎる形でそちらの方も案内してもらうことにした。
「今はリシアーの華の季節で、この時期の王城を純白の乙女の庭と呼ぶこともあるんです」
「リシアーは、薄紅色の華では?」
以前見た華の色を思い浮かべて首を傾げれば、ご覧くださいと前方を指差され目を瞠った。
まるで雪を被ったかのように、庭園が咲き乱れた華で埋め尽くされている。
「白い…」
「この王城で咲くリシアーは全て白い花をつけます。とても綺麗でしょう?」
「……ええ」
綺麗だけど、何故だろう。
とても切ない気分にさせられた。
胸の奥をぎゅっと握り潰されるような感覚に泣きたくなる。
リシアーの咲き乱れた庭園を抜け、鍛錬場に着いた時にはすっかり気分が沈んでいた。
「ミィさん。こちらが鍛錬場になります」
案内されたのは、円形の闘技場の観客席。
二階か三階の高さから、闘技場を見渡せた。
剣の鍛錬が行われているのがよく見渡せ、私は小さく声をあげた。
「すごいですね」
「今日は公開の模擬戦もありますから、よろしければ見て行ってくださいね」
「それは是非とも!」
模擬戦とは楽しみだなと心躍らせる。
それまで時間があるからお茶でもと言われ、お言葉に甘えることにした。
鍛錬場の近くにある騎士舎のオープンテラスで、アイリーンは香りのいい紅茶を淹れてくれた。
「ふふっ。ここは女騎士の者しか使わないので、この時間はとても静かなんです」
「いい場所ですね」
お世辞ではなく、本当に気持ちのいい場所だった。
心地いい風と木陰になるくらいの緑、聞こえてくるのは木々のざわめきや鳥の鳴き声くらいだ。
アイリーンの嫋やかな声に耳を傾けながら会話を楽しんでいると、鍛錬場のある方角とは反対、王城が見える方角から喧騒が近づいてくるのを感じ、二人で顔をあげた。
なんだろうと顔を見合わせて、近づいてくる喧騒を待ち構える。
やってきたのは神官服を来た男たちだった。
「大神官…?」
困惑した様子でアイリーンが立ちあがり、片膝をつけて礼を取った。
そんなアイリーンを素通りして、男の一人が私へと近づいてきた。
縫いとめられたように体が動かず、私はじっとその男を見つめる。
心臓が早鐘を打ち、咽喉が引きつる。
嫌な予感しかしなかった。
男たちが両膝を折り、地面に手をつけて頭を下げたのを見て、顔に熱が灯るのを実感した。
羞恥にではない。
怒りに、だ。
「お姿を拝見できるとは尊き誉れ。お待ちしておりました、神子様」
ひくりと咽喉が鳴った。
猛烈な怒りに、涙さえ滲んで。
椅子の脇に置いてあった荷を引っ掴み、素早く荷の紐を解いて荷を取りだし、男へと向けた。
「ふざけるなよ…?」
震える声に、男たちだけでなくアイリーンも顔をあげた。
「アンタ、今なんて言った?神子?っは、笑わせんなよ?神からの賜りものの神子!?私が!?ふざけんなよ?その神官服は偽物か?え?この期に及んで、私を神子!?……死ねよ」
死ねよ。荒げられた声の中で、その言葉だけは抑えられた低い声で冷たく響いた。
男に突き付けた荷――抜き身のままの剣をつっと首に滑らせる。
赤い血が、男の首に滲んだ。
「死ねよ。死んで詫びろ」
動こうとした男の腹を蹴り上げ、倒れたところを足で胸を踏みつけることで抑え込んだ。
「大丈夫、楽には死なせない。少しずつ肉を削いで、苦しみに喘がせてやるよ。痛みと絶望に叫べ。そして知れ」
自らが犯した罪が如何に重いかを。
剣を構え、狙いを定めて切りつける。
けれど、剣先が男に届く前に、強い力に腕を取られ、地面に押し倒されていた。
「お前は…!何をしてるんだ!」
「…………ジン?」
いつの間にか手から弾かれていた剣は、アイリーンの手に握られ、ジンが私の上に馬乗りになっていた。
目の前にジンがいることが、私には心底不思議だった。
何故彼がここにいるのか。
ふと違和感を覚え、瞬きを繰り返す。
「ジ、ン…?」
つい先程私と共にいた、街に溶け込んでいた世話好きの青年ではなかった。
上等な服に身を包み、奔放というほどではないが跳ねていた髪は綺麗に撫でつけられていて。
見るからに上流貴族様なその姿に、私は何故か涙を流した。
「あははっ」
体の奥底から突き上げてくるような乾いた笑いに身を任せ、狂ったように笑い続ける。
「ミィ…?」
「ははっ…。ねぇ、ジン」
涙で滲んだ視界に、彼の顔もはっきり見えない。
でも私は無邪気に笑って見せた。
「あなたはだぁれ?」