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 賑わう街並みをぼんやりと眺める。

 整備された石畳の道を馬に似た四足の動物が荷物を引いて走っていく。

 大きな広場では旅商たちが露店を開いていて、まるで縁日みたいだ。

 流石は王都レッターニャだなと、変に感心をしながらその広場の中心にある噴水の縁に腰掛け、そこから見える、聳えるようにして立つ城を見上げた。

 記憶に残る絵本の中のお城そっくりで、少し、現実感が薄らぐ。

 夢の中にいるような不安定さに、このまま夢として目覚められればいいのにと馬鹿みたいな感傷に浸った。

「宿、とらないとな」

 纏わりつくような感傷を振り払うように立ちあがる。

 銀狼であるリシタは、街に入る前に置いてきた。

 人以上に頭もよく、優しい穏やかな性格だけれど、人はリシタを恐れる。

 何かのはずみでリシタを傷つけられたら、たまらないのは私だ。

 あの存在だけは誰にも奪われたくない。

「お嬢さん、見ない顔だな」

 歩きだそうとした私の背後から聞こえた声に、それが自分に掛けられたものだと気付くのに一拍遅れた。

 自分の今の恰好が男装だったからだ。

「…」

 振り返った先にいたのは、浅黒い肌の背の高い男だった。

「何か」

 にこやかに、気安い感じの笑みを浮かべているその男を警戒しながら、短く問う。

「お嬢さん、レッターニャは初めてだろう?」

「それが、何か」

「財布、すられてないか?」

「……へ?」

 バッと腰にさげていた財布代わりの革袋の存在を確かめる。

 けれどあるはずのそれはなく、無残に切られた革紐だけが揺れていた。

「ほら」

 あまりのことに顔から血の気が引いて立ち尽くしていると、男に手を取られぽんっと何かを握らされた。

 無くなったはずの財布だ。

「…どうして」

「放っておいてもよかったんだが、ちょうどそのスリ野郎に用があったんでな。いい獲物持ってるみたいだが、気をつけなきゃ意味がないぞ」

 この男は千里眼でも持っているのかと疑いたくなった。

 女であることを見破られたどころか、肩から提げている荷の中身まで見破られるとは。

 驚きに固まっている間に、男は「今度は気をつけろよ」と人ごみに紛れるように立ち去っていた。

「…お礼言い忘れた」

 ああ、でも行きずりの男だ。

 もう会うこともあるまいと、男が去っていった方向に軽く頭だけ下げて、宿へと向かった。




 一夜が明けて、旅の疲れも十分に取れた私は、その日一日を街の探索に費やした。

 昨日の経験も踏まえて、財布の革袋は首から下げている。

 賑わいを見せる表通りも、貧困に喘ぐ裏通りも、田舎のように長閑な時間だけが流れる公園も、一つ一つを確かめるように歩いた。

 途中、パンの露店を見つけ、小ぶりのパンを一つ買って食べながら歩いた。

「平和つったら平和…?」

 大きな街に光と影があるなんてことは普通だ。

 当たり前すぎて特に注視するほどのことじゃない。

「うーん…」

 平和だからいい、とは言えない。

 でも平和から程遠ければそれはそれで悲しい。

 何ともいえない気分で歩きながら、食べ終わって残ったパンの包み紙をぐしゃりと握りつぶす。

「必要か、必要じゃないか…」

 街を見ただけではわからない。

 わかったら楽なのに。

 リシタだったらわかるだろうか。

「ただそれだけが知りたいのに」

「何を?」

「ひぅっ!」

 耳元で聞こえてきた声に、悲鳴をあげそうになって慌てて口を手でふさいだ。

 聞き覚えのある通りに、そこにいたのは昨日の男。

「こんなところまで入り込んで、危ないって」

 こんなところと言われて、あたりを見回す。

 入り組んだ路地裏を道なりに歩いてきたが、どうやらかなり奥まで入り込んでいたようだ。

 目の前の男はそんな私を追いかけてきたのだろうか。

 だとすればそれはかなりの…。

「…お節介?」

 よくて世話焼き?

 普通、放っておくだろうに。

「んだと?」

「あ、いや…昨日といい、どうもありがとうございます」

 低い声に目を泳がせながら、とりあえず昨日言いそびれた礼を言う。

 頭を下げればふっと笑われた。

「ほら。表戻るぞ」

 手を差し出され、思わず瞬いた。

 まさか、この手を握れと?と見つめていると、呆れられたように溜息を吐かれ、強引に手を取られて歩きだす。

 男の歩幅と合わなくて小走りになりながらついて行く。

 その歩幅が少しずつさりげなく合わされて、男の隣を手をつないで歩いた。

 これがただの男のお節介なのか、それとも裏に何かあるのかは知らない。

 ただ私は、隣を歩く男に、握られた手のぬくもりに、遠い昔の記憶を重ねて、振り払うことも出来ずに俯いて黙って歩いた。

 近づいてくる喧騒に顔をあげると、表通りが覗く路地裏まで来ていた。

「ここまでくれば大丈夫だろう?お嬢さん」

「…そのお嬢さんってやめて」

「いや、まだ14くらいだろ?なら」

「私もう20なんだけど」

 この世界で幼く見られるのは慣れているけれど、お嬢さん呼ばわりされる謂れはない。

 この世界で〝お嬢さん〟と呼ばれるのは、成人前の17までだ。

 不貞腐れた様に訂正すれば、男は気まずげに手を離した。

「悪い。まさか成人してるとは思わなかった。…えぇっと」

「ミィって呼ばれてる。貴方は?」

 名を問えば気をよくしたように、男の表情が和らいだ。

「俺はジン。よろしく、ミィ」

 私より年上らしい男は、やっぱりどこか子供扱いで私の頭を撫ぜ回した。

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