序
兄と二人、放り出された見知らぬ世界の限られた場所で7年生きた。
世話をしてくれたおじいさんに、文字や言葉、この世界で生きて行く術を教わった。
おじいさんが死んだその後の3年は、一人と一匹、世界を放浪して生きた。
いろんなものを見た。
一面のオーロラに覆われるように緑に光る空とか、熊みたいな大きさの二足歩行の猫とか、ミニチュアサイズのヨーロッパ風の小人の街とか、木蓮のような花から妖精が生まれる瞬間とか、土砂降りのけれど幻影のように体を濡らすことなくすり抜けていく雨とか。
たくさんたくさん、不思議なものを見た。
とてもきれいで、幻想的で、その一つ一つに魅せられた。
時にはとても怖いものやおぞましいものも見たけれど、それでも、私はこの世界が好きだと言えるくらい、とても素敵なものたちを見た。
優しくて温かい、人や動物たちも大好きだ。
でも。
でも…。
私はそれと同じくらいこの世界が大嫌いだ。
「リシタ」
人よりも大きい銀狼の首に顔を埋めるように抱きつく。
薫る獣独特の匂いを体いっぱいに吸い込んで、酷く安心した。
この存在だけは、まだそばにいてくれる。
「決めたよ。今度は王都に行こう」
世界を放浪し、いろんな所へ行ったけれど、けどずっと、避けていた場所。
現実から目を背けてきた私は、とても罪深い生き物なのだと思う。
今だって、決めたと言いながら逃げたくて仕方ない。
行きたくない。
それこそ現実を突きつけられたら、悲嘆に暮れるしかなくなる。
多分きっと、私は生きることすら忘れてしまうのだ。
それでも。
「リシタ。ニィニはまだいるかな」
大丈夫だとでも言うように擦り寄ってくる銀狼に、私は今だけはと涙に溺れた。
上中下の三篇…で収まったらいいな。
とりあえず5話前後の中編です。