失恋して泣いてたらイケオジ騎士団長に「私を好きなりなさい」と言われた件について
シャンデリアの眩い光が揺れ、グラスの触れ合う涼やかな音が響く王城の大広間。煌びやかなドレスに身を包んだ貴族たちが談笑する中心で、私の視線はいつものように、ただ一人の男性へと吸い寄せられていた。
侯爵家令息、ルシアン様。
幼い頃から共に育ち、私の青春のすべてを捧げてきた初恋の人。
「クラリス、またそんなところでぼんやりしているのか? ほら、喉が乾いただろう?」
私に優しく果実酒を手渡してくれた、彼の柔らかい蜂蜜色の髪と、澄んだ琥珀色の瞳。
幼馴染という身近な立場は、私にあまりにも甘く、そして残酷な毒だった。季節が変わるごとに仕立て直すドレスも、彼の好みの色を選んできた。彼が笑いかけてくれるだけで世界が輝いて見えたし、彼の小さな変化に一番に気づけるのは自分だというささやかな自負もあった。
好きな人に好きと言えることが、どれほど幸せだろう。
彼の名を呼ぶたび、胸の奥で溢れ出しそうになる言葉がある。けれど、喉まで出かかったその想いを、私はいつも「幼馴染の親愛」という笑顔の裏に押し殺してきた。この関係が壊れるのが怖くて、踏み出す勇気を持てないまま、ただ時が過ぎていた。
だが、そんな穏やかな日常は、一人の女性の登場によって呆気なく崩れ去った。
「ルシアン様、あちらで新しい曲が始まりますわ。」
「ああ、行こう、エレノア嬢。」
ルシアン様が愛おしそうに手を差し伸べたのは、公爵令嬢のエレノア様だった。
眩いばかりの金髪に、一粒の濁りもないエメラルドの瞳。高貴な血筋に相応しい誇り高き美しさと、誰に対しても気品ある優しさを見せる完璧な淑女。ルシアン様が彼女と並んで歩く姿は、まるで一幅の絵画のように美しい。
エレノア様には、何一つ敵わない。
地位も、美しさも、立ち振る舞いも、そして何より――ルシアン様の心を惹きつけるその魅力も。子爵家に過ぎない地味で華やかさも無い私など、彼女の足元にも及ばなかった。
……私の方がずっと先に、ルシアン様を好きになったのに…。
悔しさと虚しさが混ざり合った感情が、波のように胸に押し寄せる。先に恋をした順番なんて、恋の世界では何の価値もない。どれだけ長く彼を想い続けても、彼の心に私が残ることはなかったのだ。
胸を締め付ける悲しみに耐えかね、私は逃げ出すようにバルコニーへと足を進めた。
夜風が冷たく、熱を持った頬を撫でる。眼下に広がる静かな庭園を見下ろしながら、ポロポロと溢れ出す涙を必死に手袋で拭った。
好きな人に好きだと言ってもらえることは、どれほど幸せだろう。
叶わぬ願いだと分かっている。長年の片思いを終わらせたい。こんな苦しい恋なんて捨て去ってしまいたい。けれど、ルシアン様と重ねてきた思い出があまりにも多すぎて、諦めることすらできずにいた。
「……こんな場所で一人泣いているなんて、ヴァルディエ子爵令嬢らしくないな。」
低く落ち着いた声が静寂を破った。
驚いて振り向くと、暗がりから一人の男性が姿を現した。王国騎士団長、ヴィンセント卿。
騎士団の軍需品調達に関わる父の仕事に同行した際、私は何度か彼とお会いしたことがあった。20歳近く年上のヴィンセント卿は、数々の戦功を挙げた重厚な佇まいと、目尻に刻まれた大人ならではの皺が魅力的なお方だ。奥方も婚約者もおらず、社交界でも一目置かれる存在。
人見知りで緊張していた私に温かな紅茶を淹れてくれたり、父との打ち合わせの合間に優しく声をかけてくれたりと、昔から私のことを妹のように可愛がってくれていた。
「ヴィンセント卿…?どうしてこちらへ…?」
「大庭園の見回りをしていてね。会場で見かけないと思えば……やはり、彼ことかな?」
私の涙で濡れた瞳を見て、ヴィンセント卿は困ったように目尻の皺を深めた。
騎士という職業柄常に周囲に気を配り、人の動向に聡いこの方には、私がルシアン様への叶わぬ恋に悩んでいたことも、知られていたのかもしれない。彼はポケットからシルクのハンカチを取り出すと、傷ついた子供を宥めるような、優しい手つきで私の頬の涙を拭った。
ヴィンセント卿にとっての私は、幼い頃から知っている子爵令嬢に過ぎないのだろう。傷つき、途方に暮れている少女を哀れみ、少しでも励ましてやろうという大人としての気まぐれな優しさ。それが分かっていても、冷え切った心に彼の温もりが染み込んでいく。
「ヴァルディエ子爵令嬢。男なんてものはね、君が思うよりもずっと目が眩みやすい生き物だ。彼は……君のその一途で美しい価値に気づけない、愚か者だよ。」
「そんな……っ、ルシアン様は愚かなどでは……!」
反論しようとした私の言葉は、彼の視線よって優しく遮られた。私を見つめるヴィンセント卿の瞳には、傷ついた私を哀れむ以上の、深く重い熱が宿っているように見えた。けれど、自分のことで精一杯だった私は、それが大人としての包容力なのか、それとも別の感情なのかを確かめる余裕などなかった。
「…弱っている君にこんなことを言うのは卑怯かもしれないが……私を好きになりなさい。…こんなおじさんでよければ幸せにしてあげるよ。」
その優しい声に心が震えた。目尻の皺が少しだけ深くなって、穏やかな笑みが向けられる。月明かりを背に囁かれた言葉は、深く重く、傷ついた私の心へ沁み渡っていった。
最初の一言は、単に落ち込む私を慰めるための冗談めかした励ましだったのかもしれない。
けれど、気がつけば私は彼の胸に顔をうずめ、背中に腕を回していた。包み込まれるような大きな体と、かすかに漂う煙草と革の匂い。
魔が射したのか……この人の気持ちがただ嬉しかったのか…わからない。
少しの間をおいた後、しっかりと抱き返えしてきたヴィンセント卿の腕に、それまでの同情とはあきらかに違う、強く確かな力が込められた気がした。
哀れな女への慰めかもしれない。
この腕が離れれば、冗談だと笑われるかもしれない。
それでも。
それでも、私は…好きな人に好きと言われてみたかった。
…幸せになりたかった。
end
お読みいただきありがとうございます。
短編読み切りとして書きましたが、もしかしたら長編も投稿するかもしれません。
その際はどうぞよろしくお願いします。




