表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/2

思っていたより重い

 屋敷に着いた馬車が止まり、わたしはユージーンの手を取り馬車を降りる。


 「シャルロッテ嬢、ご一緒させてください。」


 「いいえ、大丈夫よ」


 両親へ本日の報告を、代わりに説明する申し出を断った。わたしは本日の失態を思い起こし、心配するのも無理はないと納得して、ユージーンに言葉を掛ける。


 「それくらい、出来るわ」


 「そのようなこと、おっしゃらないでください。......本日は帰りますが、いつでもお呼びください」


 あっさり引き下がったユージーンに、ホッとして見送った。屋敷に戻り玄関をくぐったら、いつもは出迎えに出ない執事がいた。


 「おかえりなさいませ、お嬢様。 旦那様と奥様がお待ちです。しかしながら、旦那様から『疲れたなら、明日でも構わない』とのお言葉を仰せつかっております」


 「今すぐ案内して頂戴」


 急を要する事態だから、一刻も早い報告が必要だろう。わたしは精神的には疲れたが、早々に帰宅したので、身体は全く疲れていなかった。両親への申し訳なさのせいか、廊下がいつもより長く感じていた。人払いしたであろう、使用人が他に見当たらない廊下を渡り、父の執務室で執事は足を止めた。


「お嬢様をお連れいたしました」


 心の準備が整う前に、父の返事が届いた。即座に開いたドアの向こうの執務室は、いつもと変わらないインクの匂いがした。幼い頃はよく此処で、父に領地の話を強請っていて、大きくなるにつれ領地の発展する余地を探しては、質問したのを思い出す。


 両親がソファーから立ち、こちらに歩いてきた。

 その場で立ちながら見ていたわたしを、両親は何も言わずに――


 父が、静かにわたしの肩に手を置いた。

 母は、そっと背中に手を当てて寄り添った。


 二人とも、婚約破棄については何も口にしない。責めることも、慰めることもない。それでもわたしは、理解していた。この沈黙は、拒絶ではない。


 ――きっと、すべてを知っていたのだ。


 「分かって、いたのですね」


 「大丈夫だ。全て問題ない」

 

 「ええ、安心してちょうだい」


 2人の力強い声に心が温かくなる。両親の言葉は、いつもわたしを守ってくれていた。ホッとして、じんわりと目元が熱を持つ。


 「頑張ったな、エーデルシュタイン侯爵家の誇りだ」


 まだ、誇りと思ってくださるのですね。


 「ええ、素晴らしい振る舞いでしたよ。流石私たちの自慢の娘です」


 今でも、自慢に思ってくださって嬉しいですわ。


 何処からか、すでに本日の報告が両親の元に届いてだろう。熱くなった目から頬を、何かがつたっていくのを感じた。


 「胸を張りなさい。間違えたことなど、していないのだから」


  はいお父様、胸を張りますわ。


 「ええ、今日も美しくて立派な淑女でしたわ」


 ありがとうございます、お母様に淑女と褒められて光栄です。


 「っっっ」


 喜びを伝えたくても、わたしから意味なす言葉は出なかった。


 「小さい頃からロッテは優秀だった」


 「ええ、ちゃんと言いつけも守っていましたね」


 ……ありがとうございます。侯爵令嬢として、褒められて嬉しいです。

 

 「……重くて、すまないな」


 ありがとうございます。重くて……。

 ……え?……おもい?


 「ロッテ」


 何が重いのか聞こうとしたら母が、横から静かに言った。


 「もう、家訓は忘れなさい。これからは、貴方が美味しいと感じるものを食べなさい。帝国を出て、大人になった貴方は自由です。それが、私たちの――最後の命令です」


 最後、という言葉に、胸の奥がわずかに揺れた。けれど、その感情に名前をつけることはできない。


 「……承知いたしました」

 

 わたしはそう答え、一寸の狂いもない最上級のカーテシーを捧げた。その姿勢を保つために、どれほどの時間を費やしてきたかを、思い出す必要がないほど、身体に染みついている。

 教えられ、叩き込まれ、繰り返した結果として、ここに立っている。

 正しく振る舞えたかどうかは、両親の沈黙が教えてくれる。それ以上の評価も、言葉も、わたしには必要なかった。

 二人とも、一言も「愛している」とは、言わなかった。けれど、その厳しさが、今日まで生かしてきたのだと――今なら分かる。




     


 「お嬢様おやすみなさいませ」


 「ええ」


 姿勢が崩れそうになりながら、なんとか全てを終えて、わたしは寝台に横になりながら、カーテシーを披露した後の両親の会話を思い出した。


 《今後のことだが、しばらくは共和国に行っていなさい》


 《ちょっと貴方! 何も今言わなくても》


 《先延ばしにしてなんになる。ボヤボヤしてたら、また巻き込まれる》


 《それもそうね。ロッテ、明日直ぐに出発ですからね》


 《侍女に言っておくから、いつもより早くても起きて用意するように》


 《ちゃんと荷物も人も、手配してありますから、安心してちょうだい。上手くいくわ!》


 《ああ、秘訣はやりたいことやしたいことは、言葉になるべく出すことだ》


 わたしは突然の決定事項を、並び立てる両親を前に何も言えず、ただ聞いていただけだった。その夜はいつまで経っても寝付けなかった。




      


 翌日、起きた頃は真っ暗だった空が、日の出となり明るくわたしの出発を祝福していた。父から渡された袋は、持ち上げた瞬間に腕が沈んだ。


 「……重いですね」


 手に持ちながらじっと眺める。見た目は黒い部分が所々あり、変わったデザインになっている。


 昨夜の重いとは、このことでしょうか?


 「銀貨だ。庶民の暮らしでは、少し多いかもしれん」


 少し、の基準が分からない。金貨と価値が違うのだから、量が多くないと生活に支障をきたすのだろう。


 この量は……一週間は保つでしょう。


 「承知いたしました」


 そう答えると、父は一瞬だけ視線を逸らした。視線を逸らすのは珍しい。わたしは袋を抱え直し、落とさぬように指に力を込めた。


 「あら、お父様ったら不器用ですわね。ロッテ、お母様からはこれらの服を。今着ているものの柄違いよ。……少し、お節介が過ぎたかしら」


 母が手ずから選んでくれたという麻の服。不自由なドレスを脱ぎ捨てて着替えたそれは、驚くほど軽くて、今のわたしの心に似ていた。

 それから母は、わたしの手に一冊の本をそっと乗せる。


 『手引書』


 簡素な表紙に、そう書かれていた。


 「困ったら、これを読みなさい」


 「はい」


 それ以上の説明がないのはいつものことで、言質を与えないのが私達家族の日常だった。

 父のエスコートで、わたしの邸宅だった道を大切に歩いた。玄関を出て、用意されていた大きい方の馬車に乗り込んだ。御者は、いつもの見慣れた者だ。無言で手綱を握り、出発の合図を待っている。


 「……ねぇ」


 「はい、お嬢様」


 「この馬車は、共和国まで行くかしら?」


 「左様でございます」


 「......路銀を金貨で頼むべきだったかしら?」


 「銀貨がよろしいかと」


 ずいぶんと長旅になる。宿代を払い、共和国に着いたら銀貨が一枚もないなんて事態が起きないと良い。わたしはそれ以上、何も尋ねなかった。出発の合図を出して、外にいる両親に目を向ける。父の瞳がわずかに潤んでいたことを、わたしは見逃さなかった。





 ガタゴトと揺れる馬車の中で、膝の上に置かれた手引書をそっとなぞった。


 「……寂しいですわね」


 ――これが、両親の選んだ道なのだ。

 わたしは一歩、共和国への道を踏み出した。

 

読んでくださり、ありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ