第二十一話「逃げる選択、護る選択」
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――スキル鑑定「ガイル」
「――さらに、このスキルは今も成長を続けていてな。
無理やり押さえ込もうとすればするほど、破滅へ向かう力は強くなるのだ。
耐性も鍛え続けなければ、いつかは飲み込まれてしまうかもしれぬ」
鑑定士の爺さんは、まるで災厄の未来を淡々と語るように補足してきた。
声には哀れみも憐憫もなく、ただ事実を突きつける冷酷さがあった。
――俺のスキル、厄介過ぎでは……?
背筋に嫌な汗が伝う。
これまで何も知らずに便利なスキルだと思って使ってきたが、今にして思えば、それは薄氷を踏む日々だったのかもしれない。
知らない方が幸せなことも、この世にはある。
「なあ、もうちょっとこう、このスキルにも良い所とか無いのかよ」
藁にもすがる思いで口を挟んでみる。
「無いな」
即答。即答すんなよ……!!
「このスキルは純度100%のマイナススキルだ。持っていて良いことなど……いや、あまりにも劣悪な環境に身を置くことになるので、もしかしたら何か超常の力に目覚めるかもしれぬ」
相変わらず爺さんは真顔でとんでもないことを言ってのける。
その落ち着きっぷりが逆に腹立つ。
「なんだよ、超常の力って……!?」
俺のツッコミにも、爺さんは「さあな」と軽く受け流すだけだった。
真剣に受け止めるだけ損をする気がする。
「ともかくスキルとは上手く付き合うことだ。くれぐれも優しく。精神を病んだ女性を癒すように付き合うことだ」
「例えが怖えんだよ!!」
「それを怠れば、やがてスキルは持ち主を病ませる。己の精神を噛み砕き、殻を破って外に溢れ出すのだ」
「なにそのホラー!!」
悲鳴に近い声が口から飛び出した。冗談抜きで笑えない。
爺さんはあくまで冷静に語る。俺だけが一人、冷や汗だくだ。
……結論。俺のスキルはやっぱり最悪だ。
***
俺はシルビアを抱えて、ダンジョンの中を全力ダッシュしていた。
荒い呼吸が喉を焼く。靴裏が石畳を叩くたび、衝撃が脚を痺れさせる。
視界の端で揺れるシルビアの銀髪が、暗闇の中でやけに鮮やかに見えた。
「……重い!!」
「重くないでしょうが!!!」
俺の素直な感想に、シルビアが怒りの声を上げる。
人間ひとり抱えて走るのは、大変なのだ。異論は許さん。
そもそも「重い」とか「軽い」とか言っている余裕すらないだけどな。
こういう時に軽口を叩いてしまうのは、緊張の裏返しってやつだろうか。
「とりあえず……、おーいロッタ聞こえるかー?
壁は勝手に修復するみたいだし、移動したから壁壊すのは無駄だぞ」
通信に乗せて声を張る。
『り、リーダー!? みんな!! リーダーから返事あったよ!! 壁壊し中止!! パワーをリーダーに!! みんな一緒に、せーの!! リーダー頑張って!!』
ロッタの明るい声が返ってきた。
偶然か、それとも俺の意図を察してか――お得意の応援スキルで、遠く離れた俺に声援を届けてくれる。
全身に電流が走るように、力が湧き上がった。
重いはずのシルビアの体重すら、羽のように軽く感じられる。
「助かる。これで重量物をもったままダッシュし続けられるぜ」
「重量物言うな!!」
俺は笑いそうになる。実際には〇×札を重量物と言ったつもりだった。
シルビアより札の方がよっぽど重いのだ。
ロッタの応援が無ければ、正直「〇」「×」どっちかを捨てて走ろうかと本気で考えていたところだ。
『そ、それでリーダーどこに居るの? 合流出来そう?
こっちはみんな元気だよ。
半分以上酔っ払いだけど……』
「あ、宴会中だったもんな、そういや。
合流は……わからん。
というか、今どこに居るかもさっぱりだしな」
俺はなんとなくの雰囲気だけで走り続けていた。
「運が良ければどうにかなるだろう」という、雑すぎる精神論だけを頼りに。
「まあ、運が良ければ合流できるだろ。
そして俺達には運を司る神のような男がいる……だろ?」
『あ、それなんだけど、さっきからブロックの姿が見えなくて……
どこに行っちゃったんだろう、ブロック……』
……あいつ。肝心な時にどこ行ってんだ!!!
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俺達が把握している勝利条件の一つは、ロッタとゼノをぶつけること。
ロッタの≪スキルの応用≫で、ゼノの体力も精神力も削り切れるはずだからだ。
だがそのためには、合流しなければならない――。
そんな計画を頭の片隅で繰り返しながら走っていると、後方から轟音が響いた。
空気が震える。耳をつんざく衝撃音。
「なに? まさか……ゼノが追いかけて来たの?」
シルビアの呟きが現実味を帯びる。音はどんどん近づいてくる。
振り返るまでもなく分かる。あれは壁が砕ける音だ。
「あいつ、ダンジョンの壁を力技でぶち破って追いかけてきてるのか?」
ロッタたちが苦戦していた壁を、ゼノは易々と破壊して突き進んでいる。
……インチキも大概にしろ!!!
あれがゼノの全力だろう。
そんなのは長く保たないはず――そう思いたい。
だが、時間を稼ごうにも、追いつかれる方がどうやら先のようだ。
「こりゃあ、追いつかれる方が先だな……!
どうする!? シルビア!!」
「……私を置いていきなさい!
ゼノの狙いはガイル! 私には目もくれないはずよ!!
一人なら逃げ切れるでしょうが!!」
その提案は、一見すると理にかなっていた。
だが俺の直感が告げている。あいつは絶対、シルビアを利用する。
≪魅了≫で操って俺にけしかけるとか――そういうムカつく手だ。
「お前!!最近役立たずだぞ!!
そんな案は却下に決まってるだろうが!!
真面目にやれ!!」
「大真面目よ!!
でもそれが嫌なら……
全力で護りなさいよ!!私を!!」
「オーケー!!
そっちの方が絶対的に分かりやすいからな!!」
俺は即座に方向転換し、再度ゼノと対峙することを選んだ。
シルビアを空中に放り投げ、〇×札を両手に構える。
「護るって言ったそばから……!
扱いが……雑なのよ!!」
シルビアは空中で見事なバランスを取り、軽やかに着地する。
俺はそれを信頼していた。
信頼していたから投げた。それだけだ。
それよりも――。
一瞬の静寂。
それを切り裂くように、ゼノの絶叫が洞窟全体を揺らした。
「ああああ!!! 腹が立つ!! 十五年!! いや、それ以上だ!! 我慢して我慢して、ようやく世の中に私の事を認めさせられる実力をつけたはずなのに!!!! なぜだ!! うるさい!! お前は何だああああ!!!!」
ゼノの咆哮が、洞窟全体を震わせた。
剣を握る腕は血管が浮き出て、目は血走っている。
全身が魔力の奔流で灼けるように輝いていた。
一目で分かる。
――ゼノは発狂している。
……アイツも人生色々あったんだろうな。
そんな場違いな感想が脳裏をよぎるが、すぐに掻き消した。
今の俺がすべきは、相手の過去に同情することではない。
全力全開、魔法で強化された剣聖がそこにいる。
その圧倒的な存在感を前にして、俺は――勝てる糸口さえ掴めずにいた。




