第二十話「ゼノの誤算」
ゼノは一つため息をつき、次の瞬間には風を裂いて俺との距離を詰めていた。
鋭い剣閃が視界をかすめ、空気そのものが切り裂かれる感覚が肌に突き刺さる。
――いきなりかよ!!
ギリギリで身をひねり、辛うじてその一撃を躱す。
地面に跳ね散った砂が頬を掠めた。ほんの少し遅れていたら、首ごと持っていかれていた。
確実に殺意のこもった斬撃だった。
「……残念だよ。
君とは良い友人になれる気がしていたのだが」
吐き捨てるような言葉。しかしその響きは、どこかに迷いを孕んでいた。
本気で残念がっているのか、それとも余裕を装うための虚勢か。
ただ一つ言えるのは――
さっきまでの余裕綽々のゼノとは違う。
剣筋も重く、切れ味は鈍っている。抑えているのではない。まるで何かに妨げられているような、ぎこちない動きだ。
「なんか、いきなり雰囲気が変わったな、おい。
そんなに俺が“〇の札”を上げたのが気に食わなかったのかよ。
小さいやつだな!」
恐怖をごまかすように強がりを口にする。
だがゼノは一切返事をせず、無言で追撃を繰り出してきた。
その剣はやはり遅い。
何かをためらい、抵抗しているような動き――
――いや、違う。
スキルの「警報」が奴の中で鳴り響いているのだ。
「……スキルを制御するには今しばらくの時が必要か」
そう呟くと、ゼノは剣を収めて足を止めた。
余裕がない。焦燥がにじみ出ている。
だが、こちらから迂闊に仕掛けるのも危険だ。いつ動きが戻るか分からない。
一方で、俺の頭には別の疑問が浮かんでいた。
――待てよ。質問に札で答えられたってことは……俺のスキル、奪われてないんじゃないか?
思考に呼応するように、俺の左手が勝手に動く。
掲げられたのは「×」の札。まるで無意識が答えを示したかのように。
「……ガイル、スキルは奪われてるのに、スキルを使えているって事なの?」
「どうなんだ、これ?
シルビア、解説!!」
「私が聞きたいわよ……」
シルビアの声も、半ば呆れ気味だ。
だが札を持つ感覚は、奪われる前と何ひとつ変わっていない。
むしろ警報が鳴らなくなった分、心なしか軽くなっているほどだ。
ゼノが低く言葉を吐いた。
「君たちの考えている通りだ。
君の≪全知≫を上書きする力は失われていなかった。
つまり、私は……」
その声音が一変し、空気が凍り付く。
ぞわりと背筋を這う冷気。
「――君を殺さねばならない!」
再び剣が唸る。
さっきよりも速い、鋭い殺気の籠った斬撃だ。
「話が飛躍しすぎだっ!! シルビア、解説!!!」
「知らないわよ!! 本人に聞きなさい!!」
……この女、完全に参謀役を放棄したな!?
こういう時のために居るんじゃないのかよ!!
ゼノは剣を構え直し、再び余裕を取り戻した口調で告げる。
「いいだろう、説明してやる。
冥途の土産というやつだ」
「本格的に負けフラグを立て始めたわね。
これは本当に勝てるかも?」
その言葉に、シルビアはなぜか勝ち筋を見出したようだが、わけが分からん……
***
「君のその力は、私の≪全知≫を上書きする力を持つ。
それがある限り、私に平穏は訪れない」
「スキルを奪えば脅威は無くなると思い込んだ。
盲点……いや、≪全知≫の限界か。
その結果がこれだ……いや、もはや何も言うまい」
ゼノは相変わらず芝居がかった調子で言い募る。
「つまり結局どういうことなんだ?」
「私の平穏のために死ねっ!!!」
剣が迫る。だが俺は紙一重で躱す。
ゼノの動きは速さを取り戻しつつあるが、それでも以前の絶対的な余裕は消えていた。
副作用を回避しようとする動きで身体が悲鳴をあげているのだろう。
「俺を殺そうとする、その行動こそが破滅への近道かもしれねえぞ」
「……そうなのかもしれない。
だが、君をそのままにしておくと、頭の中に警報が鳴り響くのだ。
これがどういうことか、君なら分かるのではないか」
確かに俺のスキルは危険を知らせる。
だが同時に、それは持ち主の精神を蝕む毒でもある。
ゼノにとって俺の存在そのものが脅威であり、許容できないのだろう。
「さあな。警報がうるさいってんなら、我慢が足りないんじゃないか?」
軽口を叩くと、ゼノの顔が鬼のように歪んだ。
一際大きな斬撃が振り下ろされる。
しかし――
「ぐっ……!」
足元の地面が崩れ、ゼノはわずかにバランスを崩した。
思い出す。ブロックがゼノから運を吸い取っていたことを。
「そういやブロックに運を吸われてるんだっけな。
豪運なのについてない奴だ」
俺は〇×札を握りしめ、心臓の鼓動を叱咤する。
決断はただひとつ。
「まあ、警報が鳴らないようにするってのは正しい。
安心しろよ、俺をどうにかできれば破滅回避だ。
それは間違いない。だから――」
「逃げるぞシルビアあああ!!!
逃げ切れば俺たちの勝ちだあああああ!!!」
叫びながらゼノに背を向け、シルビアを抱きかかえる。
一気に全力疾走。
「ちょ!? え? なにっ!?」
混乱するシルビアの声を背に、俺はただひたすら走った。
方向は――”スキルが鳴らない”と体が告げる方角。
根拠なんていらない。
今はそれが、唯一の生存本能だからだ。




