第十九話「時間はどちらの味方か」
「自滅するスキルを強奪してしまったことで、
私が滅びの道をたどる――
とでも期待したかね?」
その通りだよ! 一瞬でも期待した俺が馬鹿だったか?
ゼノの奴は、余裕たっぷりの顔で不敵に笑っていた。
だが確かに奴は言った。
俺から奪った≪スキル≫の影響を受けている、と。
……とはいえ、その具体的な影響はまるで見えない。
余裕の演技なのか、それとも本当に支障がないのか。
分からない――そこが一番怖い。
「おい、シルビア! 解説しろ! 全然分からん!!」
「……うるさいわね!
回復しながら考えるのは大変なのよ!!」
苛立った声が返ってきた。
確かにシルビアは魔力を注ぎ込み、俺の傷を癒してくれている。
だがもう痛みはだいぶ引いて、意識もクリアだ。
――今、動かなきゃマズい気もしている。
このまま悠長に回復なんてしてたら、取り返しがつかなくなる。
「解説が必要なら私がしても良いのだがね」
ゼノが口を挟む。わざとらしい落ち着いた声。
奴は舞台上の解説役でも気取っているかのようだった。
「させないわよ。
おそらくは”スキルに操られる感覚”を収集しているんでしょ。
短期間でスキルのデメリットを克服するつもりね」
「そんなことできるのかよ……」
俺は思わず呻く。
そんな芸当が可能なら、この男の手は誰にも縛れなくなる。
少なくとも、時間を与えちゃいけない――それだけは理解できた。
その時、魔道具越しに間の抜けた声が割り込んできた。
「みんなー! リーダーの返事が無いよ!!
壁壊して助けに行かなきゃ!!
冒険者のみなさん、壁壊すスキル持ってる方いらっしゃいませんかーー!!」
……ロッタだ。
直後、ダンジョン全体が揺れ、ドンッと鈍い衝撃が響く。
どうやら本当に壁を壊しにかかっているらしい。
……これ、返事しない方が救助が早いんじゃね?
俺はロッタを無視することに決めた。
「やれやれ、無粋なことをする。
どうやら時間も、多くは残されていないようだな。
だが……久しぶりの感覚だ――」
ゼノの目が細まり、わずかに口角が上がった。
「――成功するかが分からないというのは……」
その表情は、まるで博打に胸を躍らせる賭博師のようだった。
この状況すら楽しんでいる。
「スキル≪全知≫は封じることが出来ているってこと……?
なら他のスキルも潰せれば……でも、どうやって……」
シルビアの声は独り言のように小さく、鋭く、必死だった。
彼女の頭はもう完全に思考モードへ突入している。
だが突破口はまだ見えない。
……なんか俺にできることは、なにも無くねえか?
壁を叩き壊す轟音と、シルビアの呟きだけが不気味に反響していた。
ゼノは≪悪性臆病虫(病)≫のデメリットを克服しようとしているのだろうが、
表面上は微動だにしない。
その姿は、むしろ「何もしていない」こと自体が不気味に思える。
沈黙も、奴にとっては武器なんだろう。
時間を与えるのはマズい、さっきは確かにそう思った。
ゼノに解説させるのは良くない、シルビアは確かにそう言ったが――
「……なんか手詰まり感すげえな。
なあ、なんで俺のスキルを狙ったんだ?
そんなリスク冒してまで欲しいスキルか、正直?」
俺は――なんとなく雑談を選んだ。
奴に時間を与える選択だが、殴りかかっても状況は変わらないし、
体力を消費しないだけマシだと頭に浮かんだ。
「……君もこの状況下で大した落ち着きだな。
それとも何も考えていないだけか。
まあいい、答えよう」
ゼノは楽しげに目を細める。
「私の弱点は、複数のタスクが重なると、
負荷が大きすぎるということだ。」
意外にも、ゼノは素直に答えてきた。
「――ダンジョンの攻め方を見るに、
君たちにはすでに見抜かれていたようだが」
やっぱり、シルビアの“ブラック労働”説は正解だったらしい。
「そして、それを解消できる可能性があるのが、
君のスキルだった。それだけだ」
「……たしかに俺のスキル、
馬車馬みたいに働かされるのには向いてたな」
最近の酷使具合を思い出して、俺はつぶやく。
ゼノはなおも続ける。
「“勝手に導く”特性は、必要な行動を自動処理できるということでもある。
≪全知≫とリンクさせれば、唯一の弱点を克服できる。
≪全知≫をもってしても未知な部分もあるが、賭けに出る価値はある――」
「なるほどなー」
気づけば俺とゼノは、戦闘中だというのにスキル談義に花を咲かせていた。
滑稽なくらい、場違いな会話だった。
「……あんたたち、空気読みなさいよ!!」
シルビアの叫びは、壁を打ち砕こうとする轟音にかき消されていった――。
***
「――そういうわけだから、
ロッタ嬢に顔を見られてしまうとスキルの対象になってしまい、
体力などを全部消費させられて私は破滅なのだよ」
「へー」
「……なんなの、この状況」
シルビアのあきれた声をしり目に、俺とゼノは世間話を継続していた。
千日手というより、もはや“お茶会”だ。
そろそろ茶菓子が欲しい。
「……たまに混じる雑談の情報が致命的すぎて、
打開策を考える暇がないんだけど。
まさか、これも全てゼノの術中!?」
「リーダー!リーダー!!頑張って!
もうすぐ穴が――ああっ!?」
混乱するシルビアの一方で、ロッタの叫びが壁越しに響く。
どうやら壁は叩けば開くが、すぐさまダンジョンの自動修復で閉じてしまうらしい。
穴を掘ろうとして水面にバケツを突っ込んでるみたいな感じか。
……さすがに、そろそろ返事をした方が良い気がしてきた。
「どうやら、元々自動で処理されるものには、
君のスキルは破滅に導かないようだね」
ゼノが淡々と解説を足してくる。
もはや敵というより、教官か講師だ。
「ほー、無意識に処理するやつには関係ないのかー」
俺は適当に相槌を打つ。
……そういえば、≪悪性臆病虫(病)≫って言いにくいんだよな。
愛称でもつけた方が楽じゃね?
“ビョー君”とか……いや、弱そうだな。
「他には、君に危害を加えたことで、
ブロック君の≪スキル攻撃の対象≫になってしまった。
すでに、運を吸い上げられ続けられて、そちらもそろそろ危険だ」
「おー、アイツそんなことまで出来るようになったのか。
すげえな」
「考えるより雑談聞いてた方が、
勝ち筋が見えるって何なのよ……」
シルビアが頭を抱える。
ゼノが自分からネタバレを重ねているせいで、考えることをやめたようだ。
……どうやら、時間はゼノだけの味方じゃないらしい。
外では壁を叩き壊す轟音、
中ではシルビアの溜息と俺とゼノのスキル談義。
余りにグダグダでカオスな状況――
そんな中で、俺達の時間は、刻一刻と過ぎていったのだ。
「もう! まどろっこしいわね!!
ガイル!! 質問!!
勝つのは私たち!? どっち!!」
「おいおい、もうスキル奪われてるんだから、
答えられねえっての」
シルビアの久しぶりの質問に、俺は冷静に答えを返した。
まったく、スキルを奪われてることを忘れてるとかシルビアらしくねえぞ。
しかし、俺を見るゼノの視線が、いつの間にか厳しいものへと変わっていることに気が付いた。
そして俺の右手は、いつの間にか「〇」の札を上げていたのだった。
「……あれ?」




