第十七話「ガイルとゼノと〇×札」
俺は背後に立つゼノと思しき人物に向けて、腕を振りぬいた。
しかし――手ごたえは、無い。
「そう慌てることもないだろう。
せっかく会えたのだ、ゆっくり話し合おうじゃないか」
目の前に立つ男は、どう見てもただのオッサンにしか見えなかった。
だが、ゆらりと剣を構えるその姿には一切の隙が無い。
一歩近づいただけで、全身を射抜くような圧力を感じた。
ゼノが持つ≪剣聖≫のスキル――超一流の剣士の構えだ。
あきらかに分が悪い。
大体にして――
「俺が持ってるのは”〇×札”なんだ、
剣なんか抜くな! 手加減しろ!!!」
そう、俺の手元には剣すら無い。
しょうが無いだろ。ここ数日、頭にあったのは「〇」「×」の判定だけなんだから。
「ガイル! 目を見ない!
話を聞かない!
≪魅了≫されるわよ!!」
シルビアの叫びが飛ぶ。
だが――
「知るか!
これ以上制限かけて戦えるわけないだろが!!」
ただでさえハンデマッチ。
いい加減にしてくれって感じだ。
「手加減は十分にしているさ。
それに魅了してしまっては君と話が出来ないからね。
そんなつまらないことはしないさ」
ゼノの声は柔らかく、余裕に満ちていた。
その余裕が、逆に全身の毛穴を逆立てる。
「……こんなことをして何が目的なの?
スタンピードを阻止された腹いせ?」
シルビアが問い詰める。
ゼノは少しも動じず、むしろ饒舌に語り始めた。
「ここに至るまでの流れについては、ほとんどが成り行きによるものなのだ。
スタンピードも意図して起こしたものではない。
信じるかは君たち次第だが……」
「私は、私が生き残るために必要なことをしているだけだ。
いままでも、これからも、な」
その姿は悪人というより――どこか達観した哲学者のようですらあった。
だが、それが≪魅了≫の影響なのか、本心なのか、俺には分からなかった。
「そうか、奇遇だな。
俺も生き残るために必要だから、ここまで来てるんだ。
せいぜい抵抗してやるさ」
俺は覚悟を決めた。
両手に握るのは〇×札。汗で滑りそうになる感触を、ぐっと握力で押さえ込む。
それでも≪スキル≫の警報は鳴っていない。
――これで間違っていないはずだ。
「まあ、良いだろう。多少遊んでいくのも悪くはない。
なかなか力を発揮する機会にも恵まれないのでな。
だがそんなもので戦おうとは滑稽――」
ゼノの言葉を最後まで聞かず、俺は踏み込んだ。
右足で石畳を蹴る。砂埃が舞い上がる。
右手の「〇」札を全力で振り抜き、叩きつける。
――火花。
甲高い金属音。
札がゼノの剣にはじかれ、衝撃で腕が痺れた。
だがほんの一瞬、ゼノの体を押し込んだ感触があった。
「……なるほど。
その札、見た目に反して重量と強度があるな。
脅威ではないにせよ、玩具ではないか」
「札の上げ下げは重労働だったけどな!
余裕ぶってられるのも今のうちだけだと思えよ!!」
この〇×札は、支部長が良く分からない金属でノリ半分に作ったジョークグッズだ。
最初は罰ゲームだと思っていたが――今は心から感謝している。
「剣同士の打ち合いより分がある!
ここ数日、俺はずっとこれを握ってきたんだ!」
札を盾に、札を刃に。
突き、払い、叩きつける。
ゼノの剣筋を読む余裕なんて無い。ただ≪スキル≫の警報が鳴らない方向へ、体を預けるだけだ。
右から札を振り上げれば、火花と共に弾かれた衝撃が肩まで突き抜ける。
左から札を叩き込めば、腕が千切れそうな重圧が返ってくる。
ゼノの剣は無駄が無い。
ただ一閃。それだけで空気が裂け、頬をかすめる風圧で皮膚が切れる。
受ければ痺れ、避けても追いすがる。
常に死が、首筋に貼り付いていた。
それでも――警報は鳴らない。
札が導くままに体を動かし、俺の速度は増していく。
汗が目に入り、呼吸が荒くなり、足元が揺らぐ。
だが動きは止まらない。
「……っ、これは驚いた。
君の能力はスキルに依存したものだと思っていたが――
評価を改める必要がありそうだな」
ゼノの余裕ある声が、剣戟の隙間から聞こえてくる。
俺は答えず、札を振るい続けた。
――瞬間。
視界が白く弾け、体が宙を舞う。
「ガイル!!!」
「ぐはッ……!」
石畳に叩きつけられ、肺の空気が全部抜けた。
腕は痺れ、札は指の間から転げ落ちる。
それでも――警報は鳴っていない。
……なぜだ? 何が起きた……?
「確かに、君の≪危機察知スキル≫があれば、私も危うかったかもしれんな。
だが惜しいことだ」
ゼノの声が遠くに響く。
立ち上がろうとしても、体は重く、指先に力が入らない。
「……すでに君の中に≪危機察知スキル≫は無い。私が――」
彼の声が、冷たい刃となって胸を貫いた。
「――奪い取ったからだ」
世界が暗転していく。
ゼノの言葉をおぼろげに受けながら、俺の意識は深い闇へと沈んでいった。




