表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/64

第十五話「猫に小判、ブロックに神スキル」

 

 あれから二日。


 ときおり≪スキル≫の警報が鳴ることはあるが、

 それ以外は驚くほど順調に攻略は進んでいた。


 拍子抜けするほどの静けさ。

 嵐の前の静寂とでも言うのだろうか。


 そして俺はといえば――


「……暇すぎる。

 たまには、あっちの宴会に混ざりたいんだが」


 ため息交じりにぼやくしかなかった。


 椅子にだらしなく体を預け、手元の札を指先でカタカタといじる。


 目の前に積まれた〇×札も、今ではただの暇つぶしの玩具にしか見えない。


 それも無理はない。丸一日、警報の反応がまるで無いのだ。

 つまり俺にできることは――何もない。


「まさか、これは想定外ね……油断を誘うためにわざと?

 それとも逃げの一手?

 どっちにしても厄介……」


 隣でシルビアが小さく呟いた。

 腕を組み、顎に手を当てて思案に沈んでいる。

 その横顔には警戒心が浮かんでいた。



「話すことなくなっちゃったので、ここでオーレアンのスイーツレビューをお届けしまーす!みんな、攻略終わったら買いに行ってね!!」


 そんな空気をものともせずに、ロッタは朗らかに通信に勤しんでいる。その声が響くだけで、不思議と冒険者たちの顔が少し和らいでいくのが見て取れる。

 もはや応援なのかどうかすら怪しいが、それでもスキルは確かに発動していた。そうでなければ、俺は〇×札を枕にとっくに爆睡していたはずだ。


「睡眠なしで二日間……

 不眠不休で全然平気とか、やっぱりヤバいスキルだわ。

 依存性とか無いわよね……」


 シルビアが呆れ半分に呟く。


 実際、攻略組も待機組も、まるで眠気とは無縁のように活動を続けている。むしろ、よく眠った翌朝のような冴え冴えとした感覚さえある。理性の片隅で「これは人間としておかしい」と理解しているのに、体は爽快だ。


「おかげで油断なく集中できてはいるが……」


 俺もそんな実感を言葉にする。

 だが、自分の口から出た言葉の頼りなさに、シルビアが眉をひそめる。


「その格好で言われても説得力が……

 質問。本当に集中でき――」


 問いかけが始まる前にはすでに、俺は「〇」の札を上げていた。

 ……目を閉じたままで。


 体が勝手に動いた。

 この二日で、札の位置は体に刻み込まれた。

 今や視覚すら不要。条件反射で正しい札を上げられる。


 全自動札上げ機――

 俺の自己評価はもはや、それだった。


「ダレてるのに、反応速度は最初より格段に速いとか……

 なんか悔しいわね」


 シルビアが苦笑を浮かべる。

 その横顔は皮肉を言いつつも、ほんの少し安心しているように見えた。


「常時発動中だからな。

 まあ、良い訓練にはなってる」


 俺は肩をすくめながら答える。

 退屈であることに変わりはないが、確かに感覚は研ぎ澄まされている気がした。

 こうして俺たちは、終わりの見えない暇と緊張の間で時間を潰していた。


 ***


 一方その頃。

 ダンジョン入口近くの広場では、ブロックが料理無双を続けていた。


 炊き出しのようにただ作るだけではない。彼は待機中の冒険者一人ひとりと会話し、要望を聞き、その場で注文通りに料理を仕上げていく。

 五十人ほどの腹を満たしながら、さらに攻略組用のお弁当までも並行して準備する。その手際のよさは、もはやスキルとしか思えないほどだ。


「信じられる?

 あれ、本当にスキルじゃないのよね?」


 シルビアが思わず声を漏らす。

 視線の先では、ブロックが汗を拭いもせず軽やかに鍋を振っていた。

 火加減も、塩梅も、彼の勘ひとつでぴたりと決まっていく。


「……アイツもある意味、本物だったな」


 俺は呟く。

 その瞬間、ふと脳裏に浮かんだのは、あのときのスキル鑑定の記憶だった――。



 ***



 ――スキル鑑定「ブロック」



「さてブロック。

 以前にも鑑定は済ませているが、成長が見られるようだ。

 改めて確認してみよう」


 鑑定士の爺さんは、いつもの調子でゆっくりと口を開いた。


「お、お願いします!」


 ブロックは背筋を伸ばし、額に汗をにじませている。大鍋を振るう時とは違う緊張。仲間の命に直結するスキル――その真価を知らされる瞬間だから無理もない。


 俺もまた、爺さんの口から出る言葉を待ちながら、胸の鼓動が早くなるのを感じていた。ここで告げられる内容次第で、俺の未来は大きく左右される。


「まずはおさらいだ。

 君のスキルは“パーティに降りかかるはずだった不運を、自分の小さな失敗として消費する”能力――ここまではいいな?」


「たしか”厄落とし”みたいなスキルって言ってた!

 覚えてるよ!!」


 ブロックは必死に思い出そうとしながら、少し誇らしげに答えた。

 その顔には安堵が浮かんでいる。仲間から笑われるようなドジすら、実は命を救う盾となっていたのだから。


 ――そう、ブロックのスキルは「小さな不運」を先払いし、「大きな不幸」を帳消しにする力だった。

 言い換えれば、実力さえ足りていれば、アンラッキーで死ぬことは絶対にない。

 それは冒険者にとって、何よりも価値ある保証だ。


「前置きはいい。

 成長した部分を早く言え」


 俺は思わず声を荒げてしまった。

 爺さんは顎を撫でて、わざとらしく肩をすくめる。


「隊長はせっかちだなあ」


「本人より、ガイルの方が気になっているようだな」


 ……当然だ。

 ブロックのスキルは、俺が生き残れるかどうかを左右する。

 気にするなと言う方が無理だろう。


「では――今回の成長だが。以前は、全ての不運をブロック自身が引き受ける仕様だったな。

 だが今は、不運を押し付ける対象を“指定できる”ようになった。……ただし、料理を食べた相手限定だ」


 爺さんが声を落として言う。

 水晶球の光が一瞬強く輝き、部屋の隅々まで照らし出した。


 だが――


「え? それだけ?」


「そんだけか……?」


 俺とブロックは揃って拍子抜けした。

 期待していた大進化が、思ったよりも地味すぎたのだ。


「つまり……腹痛を気に入らない奴に押し付けられるようになったってこと?」


 ロッタのスキルの下位互換じゃねえか――そんな思いが浮かんだ。



「……そ、それに、不運や幸運を“貯めておける”ようにもなったぞ!」


 爺さんは俺達の反応に、焦ったように追加情報を吐き出す。

 だが、その言葉に俺たちはむしろ顔を見合わせ、不安を募らせた。


「おい……もしかして、最近腹壊さなくなったのって……」


「お、俺大丈夫かな!?

 悪い運が溜まって爆発したりしないかな!?」


 ブロックの声は裏返り、俺の背筋には冷たい汗が流れた。

 これまで奴の腹痛に何度も巻き込まれてきた。

 それが“溜まっている”と考えると、冗談では済まされない。



 周囲の空気は完全に冷めてしまっていた。


「他には? まだあるのか?」


 俺が追い打ちをかけるように尋ねると、爺さんは渋々口を開いた。


「敵対する者から運を吸い取り、逆に貯めた不幸をぶつけることも……可能なようだ」


 その声は、先ほどの自信に満ちたものではなく、どこか弱々しかった。


「俺、そういう……他人に迷惑かけるようなことは、ちょっと嫌だよ……」


 ブロックがうつむき、小さく呟いた。

 正義感の強い彼の性格を知っていれば、それは当然の答えだ。


 ――鑑定士、轟沈。


 爺さんの肩が落ち、場には沈黙だけが広がった。

 だが同時に、得体の知れない可能性だけは確かに残されていた。



 ***



「……その話を聞いたときは、馬鹿じゃないのって思ったわ」


「つまりは“運”を操るってことでしょ。

 ほとんど神の領域じゃないの……!」


 シルビアが吐き捨てるように言う。


「でも、そんな大騒ぎするほどか? ……まあ、ブロックを怒らせないようにはしようとは思うけど」


 俺は肩をすくめながら答える。

 正直、まだピンと来ていない。


 そんな俺の姿に、シルビアが、「アンタ分かってないわね」と言葉を続けた

 その時――



 場の空気を破るように、遠くからロッタの声が響いてきた。



「リーダー!!

 攻略組が最深部に到着したって!!

 金銀財宝ざっくざくだってーー!!!」



 あまりにも朗報すぎる報告に、俺は思わず耳を疑った。

 胸が高鳴る。緊張で張り詰めていた空気が、一瞬にして熱気へと変わっていく。


 ――だが、同時に頭の隅で警鐘が鳴っていた。

 おい待て。財宝の話は分かったが……肝心の黒幕は?


「え? マジかよ。

 ……というか、黒幕どこ行ったんだ?」


 思わず声に出していた。

 嫌な予感が背筋を這い上がる。

 俺の視線は自然とシルビアへと向けられる。


 彼女もまた、唇をかみしめ、低く呟いた。


「まさか……本当に逃げた?

 全部捨てて……?」


 その声は、広場のざわめきにかき消されることなく、妙にクリアに響き渡った。

 金銀財宝という甘美な言葉が飛び交う中で、ただ一人だけが恐ろしい可能性を口にしていた。


 胸の奥で小さな不安が膨らんでいく。

 黒幕ゼノは――どこへ消えたのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
黒幕まじでどこに行ったのですか。 ダンジョンの出入り口は、シルビアの頭脳とガイルのスキルで把握できているでしょうし。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ