第十五話「猫に小判、ブロックに神スキル」
あれから二日。
ときおり≪スキル≫の警報が鳴ることはあるが、
それ以外は驚くほど順調に攻略は進んでいた。
拍子抜けするほどの静けさ。
嵐の前の静寂とでも言うのだろうか。
そして俺はといえば――
「……暇すぎる。
たまには、あっちの宴会に混ざりたいんだが」
ため息交じりにぼやくしかなかった。
椅子にだらしなく体を預け、手元の札を指先でカタカタといじる。
目の前に積まれた〇×札も、今ではただの暇つぶしの玩具にしか見えない。
それも無理はない。丸一日、警報の反応がまるで無いのだ。
つまり俺にできることは――何もない。
「まさか、これは想定外ね……油断を誘うためにわざと?
それとも逃げの一手?
どっちにしても厄介……」
隣でシルビアが小さく呟いた。
腕を組み、顎に手を当てて思案に沈んでいる。
その横顔には警戒心が浮かんでいた。
「話すことなくなっちゃったので、ここでオーレアンのスイーツレビューをお届けしまーす!みんな、攻略終わったら買いに行ってね!!」
そんな空気をものともせずに、ロッタは朗らかに通信に勤しんでいる。その声が響くだけで、不思議と冒険者たちの顔が少し和らいでいくのが見て取れる。
もはや応援なのかどうかすら怪しいが、それでもスキルは確かに発動していた。そうでなければ、俺は〇×札を枕にとっくに爆睡していたはずだ。
「睡眠なしで二日間……
不眠不休で全然平気とか、やっぱりヤバいスキルだわ。
依存性とか無いわよね……」
シルビアが呆れ半分に呟く。
実際、攻略組も待機組も、まるで眠気とは無縁のように活動を続けている。むしろ、よく眠った翌朝のような冴え冴えとした感覚さえある。理性の片隅で「これは人間としておかしい」と理解しているのに、体は爽快だ。
「おかげで油断なく集中できてはいるが……」
俺もそんな実感を言葉にする。
だが、自分の口から出た言葉の頼りなさに、シルビアが眉をひそめる。
「その格好で言われても説得力が……
質問。本当に集中でき――」
問いかけが始まる前にはすでに、俺は「〇」の札を上げていた。
……目を閉じたままで。
体が勝手に動いた。
この二日で、札の位置は体に刻み込まれた。
今や視覚すら不要。条件反射で正しい札を上げられる。
全自動札上げ機――
俺の自己評価はもはや、それだった。
「ダレてるのに、反応速度は最初より格段に速いとか……
なんか悔しいわね」
シルビアが苦笑を浮かべる。
その横顔は皮肉を言いつつも、ほんの少し安心しているように見えた。
「常時発動中だからな。
まあ、良い訓練にはなってる」
俺は肩をすくめながら答える。
退屈であることに変わりはないが、確かに感覚は研ぎ澄まされている気がした。
こうして俺たちは、終わりの見えない暇と緊張の間で時間を潰していた。
***
一方その頃。
ダンジョン入口近くの広場では、ブロックが料理無双を続けていた。
炊き出しのようにただ作るだけではない。彼は待機中の冒険者一人ひとりと会話し、要望を聞き、その場で注文通りに料理を仕上げていく。
五十人ほどの腹を満たしながら、さらに攻略組用のお弁当までも並行して準備する。その手際のよさは、もはやスキルとしか思えないほどだ。
「信じられる?
あれ、本当にスキルじゃないのよね?」
シルビアが思わず声を漏らす。
視線の先では、ブロックが汗を拭いもせず軽やかに鍋を振っていた。
火加減も、塩梅も、彼の勘ひとつでぴたりと決まっていく。
「……アイツもある意味、本物だったな」
俺は呟く。
その瞬間、ふと脳裏に浮かんだのは、あのときのスキル鑑定の記憶だった――。
***
――スキル鑑定「ブロック」
「さてブロック。
以前にも鑑定は済ませているが、成長が見られるようだ。
改めて確認してみよう」
鑑定士の爺さんは、いつもの調子でゆっくりと口を開いた。
「お、お願いします!」
ブロックは背筋を伸ばし、額に汗をにじませている。大鍋を振るう時とは違う緊張。仲間の命に直結するスキル――その真価を知らされる瞬間だから無理もない。
俺もまた、爺さんの口から出る言葉を待ちながら、胸の鼓動が早くなるのを感じていた。ここで告げられる内容次第で、俺の未来は大きく左右される。
「まずはおさらいだ。
君のスキルは“パーティに降りかかるはずだった不運を、自分の小さな失敗として消費する”能力――ここまではいいな?」
「たしか”厄落とし”みたいなスキルって言ってた!
覚えてるよ!!」
ブロックは必死に思い出そうとしながら、少し誇らしげに答えた。
その顔には安堵が浮かんでいる。仲間から笑われるようなドジすら、実は命を救う盾となっていたのだから。
――そう、ブロックのスキルは「小さな不運」を先払いし、「大きな不幸」を帳消しにする力だった。
言い換えれば、実力さえ足りていれば、アンラッキーで死ぬことは絶対にない。
それは冒険者にとって、何よりも価値ある保証だ。
「前置きはいい。
成長した部分を早く言え」
俺は思わず声を荒げてしまった。
爺さんは顎を撫でて、わざとらしく肩をすくめる。
「隊長はせっかちだなあ」
「本人より、ガイルの方が気になっているようだな」
……当然だ。
ブロックのスキルは、俺が生き残れるかどうかを左右する。
気にするなと言う方が無理だろう。
「では――今回の成長だが。以前は、全ての不運をブロック自身が引き受ける仕様だったな。
だが今は、不運を押し付ける対象を“指定できる”ようになった。……ただし、料理を食べた相手限定だ」
爺さんが声を落として言う。
水晶球の光が一瞬強く輝き、部屋の隅々まで照らし出した。
だが――
「え? それだけ?」
「そんだけか……?」
俺とブロックは揃って拍子抜けした。
期待していた大進化が、思ったよりも地味すぎたのだ。
「つまり……腹痛を気に入らない奴に押し付けられるようになったってこと?」
ロッタのスキルの下位互換じゃねえか――そんな思いが浮かんだ。
「……そ、それに、不運や幸運を“貯めておける”ようにもなったぞ!」
爺さんは俺達の反応に、焦ったように追加情報を吐き出す。
だが、その言葉に俺たちはむしろ顔を見合わせ、不安を募らせた。
「おい……もしかして、最近腹壊さなくなったのって……」
「お、俺大丈夫かな!?
悪い運が溜まって爆発したりしないかな!?」
ブロックの声は裏返り、俺の背筋には冷たい汗が流れた。
これまで奴の腹痛に何度も巻き込まれてきた。
それが“溜まっている”と考えると、冗談では済まされない。
周囲の空気は完全に冷めてしまっていた。
「他には? まだあるのか?」
俺が追い打ちをかけるように尋ねると、爺さんは渋々口を開いた。
「敵対する者から運を吸い取り、逆に貯めた不幸をぶつけることも……可能なようだ」
その声は、先ほどの自信に満ちたものではなく、どこか弱々しかった。
「俺、そういう……他人に迷惑かけるようなことは、ちょっと嫌だよ……」
ブロックがうつむき、小さく呟いた。
正義感の強い彼の性格を知っていれば、それは当然の答えだ。
――鑑定士、轟沈。
爺さんの肩が落ち、場には沈黙だけが広がった。
だが同時に、得体の知れない可能性だけは確かに残されていた。
***
「……その話を聞いたときは、馬鹿じゃないのって思ったわ」
「つまりは“運”を操るってことでしょ。
ほとんど神の領域じゃないの……!」
シルビアが吐き捨てるように言う。
「でも、そんな大騒ぎするほどか? ……まあ、ブロックを怒らせないようにはしようとは思うけど」
俺は肩をすくめながら答える。
正直、まだピンと来ていない。
そんな俺の姿に、シルビアが、「アンタ分かってないわね」と言葉を続けた
その時――
場の空気を破るように、遠くからロッタの声が響いてきた。
「リーダー!!
攻略組が最深部に到着したって!!
金銀財宝ざっくざくだってーー!!!」
あまりにも朗報すぎる報告に、俺は思わず耳を疑った。
胸が高鳴る。緊張で張り詰めていた空気が、一瞬にして熱気へと変わっていく。
――だが、同時に頭の隅で警鐘が鳴っていた。
おい待て。財宝の話は分かったが……肝心の黒幕は?
「え? マジかよ。
……というか、黒幕どこ行ったんだ?」
思わず声に出していた。
嫌な予感が背筋を這い上がる。
俺の視線は自然とシルビアへと向けられる。
彼女もまた、唇をかみしめ、低く呟いた。
「まさか……本当に逃げた?
全部捨てて……?」
その声は、広場のざわめきにかき消されることなく、妙にクリアに響き渡った。
金銀財宝という甘美な言葉が飛び交う中で、ただ一人だけが恐ろしい可能性を口にしていた。
胸の奥で小さな不安が膨らんでいく。
黒幕ゼノは――どこへ消えたのか。




