第七話「牢屋が安全地帯……のはずだったのに」
「牢屋以外、警報が鳴りやまないってどういうことだよ!!」
牢屋の石床は冷たい。格子は固い。バカンスから一番遠い状況に俺たちは置かれていた。俺の声が響く。看守兼護衛がムッとこちらを見る。
「ほかの囚人もいる。静かに頼む。今回は特例で受け入れているが――」
すみません。いきなり押しかけて「牢屋に入れてくれ」は無茶だよな。受けてくれて感謝してます。
「それにしても、ここ以外はダメって、おそらく完全に戦力で負けてるってことね。むしろこのタイミングで牢屋に来れてラッキーだったくらい」
シルビアは腕を組み、現状を整理した。
ギルドから出られず、ゴリ押しでやられる可能性もあった。ここに入ってなければ、もっと面倒だったかもしれない。そう思うと、背中のこわばりが少しだけ抜ける。
「で、どうする。攻めなきゃと思って動いたら、動けないことが判明したわけだけど」
ブロックが鉄格子を指でつつく。
「普通に考えたら詰みだけど、ガイル。スキルはここでは反応してないんでしょ」
ロッタが首を傾げる。
たしかに、《危機察知》は静かだ。ここでだけは沈んでいる。
「つまり、ここに解決のカギがあるってこと」
シルビアが結論を出す。
「なんにもないけどなあ。それよりお腹すいたよ隊長」
「我慢しろ。ミーナもギルド側で動いてくれてる。俺のスキルも、それで大丈――」
ビリッ。
胸の奥が跳ねた。さっきまで無音だったのに、いきなり強い。間隔が短い。近い。
「なんだ!? 警報が鳴るようになったぞ!! さっきまでは、しばらくここに居ても大丈夫って感じだったのに――」
「……最悪のパターンね。相手が動き方を変えた。たぶんガイルのスキルを前提にしたやり口に切り替えたわ」
シルビアの顔色が変わる。
上の廊下で靴音。金属が擦れる。鍵束の音。看守が慌てて通る。
「全房、点検入る! 外扉の錠が一本、いつの間にか外れていた!」
隣の房がざわつく。
ビリビリが一段強くなる。ここに留まるのはまずい。相手は“牢屋が安全”だと見て、ここを安全じゃなくしてきた。
「――逃げるわよ」
シルビアの目が決まる。
「逃げるってどこへだよ!」
「また“スキルが鳴らない場所”へ。状況が変わったなら、大丈夫な場所も変化するはず」
「待て! 勝手に来て勝手に出られるか!」
看守が制止する。
「ギルド引き取りの書面、あるはず。緊急時は私たちの判断が優先されるのよ!」
シルビアが詰める。看守は一瞬ためらい、すぐに判断を切り替えた。
「……いいだろう出口へ案内する。私語は慎め、走るな。ついて来い!」
鍵が回り、格子が開く。列になって廊下へ。
――ビリリ。
少しでも警報が弱い方へ進む。
「左」
俺の声で、看守が左を選ぶ。階段を下りる。湿気が濃くなる。
角。右は弱い。正面は強い。
「右」
備品庫を抜け、裏の搬入口へ。出口側の通路の奥で、警備員が一人、目をこすっている。焦点が合っていない。
「あの警備員、怪しい。もし操られてたら――」
シルビアが制止する。俺の《危機察知》も、このまま進むのはまずいと言っている。が――
「警備員さん! お疲れさま! って本当に疲れてそう……元気出してくださいね!! ファイト!!」
ロッタがいきなり声をかけた。
次の瞬間、警備員はビクッとなり――
「お、おう、ありがとな。ちょっと寝そうになってたわ」
と、急に正気を取り戻したように普通の声が返ってきた。
「えへへ、なんかうまくいったかも?」
「そういえば、ロッタのスキルって精神系の回復にも効果があるんだったわね……すっかり忘れてた」
短い静寂。《危機察知》が鳴らなくなった。肩の力が少し抜ける。
「ここが出口だ。俺の仕事はここまでだ。どうやら内部の対処もしなければならん」
看守が息を整える。
「私たちのせいですみません……看守さんも頑張ってくださいね!」
「おう、今度差し入れでもしてくれや。達者でな」
「……カスタードの美味しいお店があるのよ、ほらパンフレットのD-5の所、そこのスイーツを今度持っていくわ」
「……おう、楽しみにしてるぜ嬢ちゃん」
話を聞いて俺も甘いものが欲しくなってきた。
早い所、この騒ぎから抜け出せると良いのだがな……
***
牢から外に出た。夕方。人の流れは多い。
――ビリッ。
強い。人混みの方向が悪い。
「混雑側はダメだ。逆。細い路地に寄る」
口が勝手に動く。体が“薄い方”を指す。
「ダメ。ガイル、探られてる可能性も考えて。スキルがバレてる前提で動くなら、鳴らない方向へ安易に動かない。発動タイミングを読まれないように」
シルビアの指示は早い。
言われた通り、あえて危険のある方へ踏み出し、ギリギリで回避するリズムに切り替える。角ごとに鳴りを確かめ、強い方向を避ける。巡回兵とすれ違うたび、ロッタが軽く声をかける。屋台の湯が跳ねる。段差でブロックが足を取られる。
「ブロック!? なにやって……いや、厄落としか」
「将来の不運回避と思えば、ありがたい気持ちになるな。今が致命的じゃない証明でもある」
路地を一つ抜ける。
――鳴りが止む。
ここは薄い。息を整える。周囲の目を一度確認。
「一旦、ここを拠点にする」
シルビアが短く指示を出す。「見張り一、休息一、確認二。ガイルは“薄い経路”の延長を確認して」
「了解」
俺は手のひらを握って開く。汗が少し滲む。視線で周囲を掃く。
まだ終わっていないが、道は作れる。
「――行ける。次に移る」
俺がうなずくと、全員が立った。
受け身は終わりだ。逃げながら探す。
安全が続く線を、つないでいく。




