第九話「静けさのあとで」
「あー、すっきりした!」
水門作戦の成功直後、シルビアが腰に手を当て、胸を張って言い放った。
あれだけ神経を尖らせていたくせに、今ではまるで風呂上がりのような晴れ晴れとした顔だ。すっかりスイッチを切り替えてやがる。
「こっちは酷使されてくたくただよ……!」
俺はへたり込み、背中を近くの石垣に預けて全身の力を抜いた。喉の奥から自然と呻き声が漏れる。過去最高にスキルを酷使したきがする。本気で疲れた……
「でもさ、結果的に街にはほとんど被害なかったし、大成功でしょ? “スタンダード”は全部、水に流してやったし!」
「スタンピードな、もうどっちでもいいけどよ」
ロッタが無邪気に笑う。だがその笑顔の裏には、張り詰めていた緊張が解けた安堵がうっすら見える。
「しかもさ、外側からの襲撃も同時だったんでしょ?」
ロッタが目を丸くして言うと、シルビアが肩をすくめた。
「外は外で、予備戦力を張り付けておいたのよ。支部長代理のミーナさんがね。抜かりはなかったってこと」
その口ぶりはあっさりしていたが、実際は事前にどれだけ周到な準備が必要だったか、想像に難くない。
「さすがミーナさんってとこか。まじで感謝しないとな……」
思わずぼそっと呟いた俺に、シルビアがふっと笑みを浮かべた。
しばし沈黙が流れる。夜風が草を揺らし、空気をゆっくりとかき混ぜる。
「……それにしてもさ、シルビア、お前キャラ変わったよな」
「は?」
「いやほら、前はもっとこう……清楚系の“できる風優等生”って感じだっただろ?」
「なにそれ、失礼じゃない? というか“風”ってなによ、“風”って!」
「“風”は“風”だよ。雰囲気詐欺だよな」
「ひっどい……! でもまあ、もういいでしょ? 猫かぶってるのも疲れるし。今さら取り繕う仲でもないしね」
肩をすくめるシルビアの笑顔は、今までで一番自然だった。
命を賭けて行動を共にすれば、そりゃ素の部分も出てくるってもんだ。
「でもさ、シルビアすごかったよね。ガイルのこと、まるで手足みたいに動かして!」
「……頼むから、扱われる側の気持ちも考えてくれ」
俺は泣きそうな顔で両手を広げてみせたが、誰も同情してくれやしない。
「“ガイル、警報出たら合図して!”“ガイル、前進して確認して!”“ガイル、警報まだ!?”……あれ完全に魔導道具扱いだよね」
「だって便利なんだもん」
「ひどいなおい!」
ロッタとシルビアが笑い合う声に包まれていると、地面を叩くような足音が近づいてきた。
ずぶ濡れの男――ブロックが、全身から水を滴らせて戻ってきた。
「……止めてきた」
「ブロックぅぅぅぅ! お前が今日の真の英雄だよ!!」
俺たちは一斉に拍手を送る。マジで街が水没しなかったのは、全力疾走したこの男のおかげだ。
「現地には水門班がいた。向こうも状況を察してくれてて、合図を送ったらすぐ対応してくれた。俺は“止水用のてこの棒”で締めただけだけど――」
「じゃあ、本当に……これで全部、終わったんだね」
ロッタがぽつりと呟くと、全員が自然と黙った。
水音も、叫び声も、地響きも、もう何もない。ただ夏の夜風だけが、静かに通り抜けていく。
「……ああ。スタンピードは、終わった」
俺は夜空を見上げ、ゆっくりと息を吐き出した。
これが終わりなら、次は――騒動の“後始末”だ。
ギルド報告書、街の修繕、避難者の帰還支援、そして……忘れちゃならない、例の賠償契約。
……まあ、死ななかっただけマシってやつか。
「なあ、シルビア……あの“契約”、本当に有効なのか?」
「もちろん有効よ? 証人の前で、ちゃんと読み上げたし」
「地獄か!!」
俺の叫びが夜空に響き、やがてゆっくりと街のざわめきの中へと溶けていった。
***
「まあ、役立たずじゃなかったな。俺も、お前も」
「当たり前でしょ。私が役立たずなわけないじゃない」
あれだけ落ち込んでたくせによく言う――とは思ったが、それは俺も同じだった。
「……でもさ、なんで“シルビアを追放する”って考えた時には、警報が鳴らなかったんだろうな?」
俺がぼそっと疑問を口にすると、シルビアはくるりとこちらを向き、にやっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「追放するって考えたら警報が鳴るはずだって事? それってつまり、私のこと必要だって思ってるってことでしょ? やだもう、ガイルったら素直じゃないんだから」
「……」
こいつ、やりづれぇ。
「まあ、お前のスキルは大したことないけどな」
意趣返しのつもりで言ったが、
「でも、スキルの使い方とか頭の回転は、このパーティで一番だと思ってるわよ?」
まったくダメージを与えられなかった。くそ、強すぎる。
――やっかいなヤツに自信をつけさせてしまったかもしれん。
正直、ここまで頭が切れるやつだとは思っていなかった。たしかに俺の《危機察知》が新たな使い方を得たのも、間違いなくシルビアの手腕によるものだ。
……そんなこと、絶対に言ってやらんが。
「ガイルだって、内心じゃ私に感謝してるの、バレバレだからね」
シルビアがどこか誇らしげに笑う。
……コイツには、すべてお見通しらしい。
「で、なんだっけ? 私を追放しようとした時にスキルが反応しなかった理由、だったわよね。それはたぶん――」
これにて第三章完結です。
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