第八話「《水龍の口》、開放」
街の外れ。北端の斜面に設けられた、古びた排水口。
その口の前で、俺たちはじっと身を潜めていた。
地下から伸びる通路の出口。
この先に、何百という魔物が押し寄せてくる。
――だから、その前に。
「……今か?」
俺は通路の闇を睨みながら、胸に手を当てる。
《危機察知》はまだ沈黙している。だが、じわりと肌を刺すような違和感がある。
ブロックが足元に設置した発光石に手をかけ、ロッタは魔導式の観測鏡を構える。
すぐ後ろにはシルビアが控えていた。彼女も緊張で無言だった。
「……足音、聞こえる」
ロッタが小声で言った。
耳を澄ませるまでもなく、地下通路から低い地鳴りのような音が響いてくる。
複数の爪音、うなり声、這いずるような音。
間違いない。やつらは来ている。
「ガイル、スキルは?」
「……もうすぐだ。警報、出る……」
その言葉と同時に、ビリッと胸元が震えた。
《危機察知》、発動。
「今だ――合図送れッ!!」
ブロックが発光石を拾い上げ、頭上に向かって打ち上げた。
青白い光が夜空を弧を描き、炸裂する。これが水門側への合図だ。
光が空に消えた直後、空気がピリッと張り詰めた。
「……え、これで本当に届くよね? 見えてるよね?」
ロッタが不安そうに空を見上げる。
「大丈夫よ。支部が上に補助班を配置してるはず。光さえ見えれば作戦開始のはず」
シルビアが答えたが、その声にもわずかな緊張がにじんでいた。
「……いや、ほんとに水来るのか……? 間に合うか? てか水圧大丈夫か? 出口が詰まってたらどうすんだ……」
俺が思わず口にした不安に、ロッタが突っ込む。
「やめて!? 今さら不安煽らないでよ! なんかもうダメな気がしてきたんだけど!」
「じゃあお前が先頭立て!」
「嫌に決まってるでしょバカ!!」
「しっ! ……来るよ!」
ブロックの低い声に、俺たちは一斉に口を閉じた。
通路の奥――闇の中に、何かが見えた。
無数の目、牙、角、甲殻。
先頭の魔物と、俺の視線が、ばっちり合う。
――ギャアアアアアアア!!!
それは獣というより、怒りそのもののような咆哮だった。
「水はまだ!?」
シルビアが短く息を呑む。
「大丈夫だ。危機察知スキルは――消えている」
と答えた、その次の瞬間。
――ゴオオオオオォォォ!!!
通路の奥から、地鳴りのような水音が響いてきた。
「……きたッ!」
通路の中にいた魔物たちの叫びが混ざり合い、轟音が通路全体を満たしていく。
押し寄せる水流。容赦のない奔流。
“それ”が姿を現すよりも速く、魔物たちは飲み込まれた。
咆哮は、断末魔に変わり、やがて何も聞こえなくなった。
通路の奥は、完全に静まり返っていた。
「……もう何も反応してねえ、スキルも消えたままだ」
俺が呟くと、誰もが一斉に力を抜いたように肩を落とした。
成功だ。《水龍の口》作戦は完璧に決まった。
「よし、じゃあ私は成功報告書のタイトル考えるね。“水で流してみたら楽勝だった件”とか」
「ロッタ、それ絶対ふざけてるだろ」
和やかな空気が戻る――かに思えた、その時。
ビビビッ、と《危機察知》が再び軽く反応した。
「……あ、そろそろ水止めないとまずいってスキルが……」
俺はぽつりとつぶやく。
沈黙が走る。
「……え、止める合図って、決めてたっけ?」
「……え?」
「……えええ?」
全員が顔を見合わせる。
俺たちの脳裏を、“放水し続けた未来”のビジョンがよぎる。
「やばいやばいやばい!! このままじゃ街の排水路が決壊するかも!!」
「誰か止めに行って――ていうか、止め方知らない!?!?」
「やばい、だれか全力で走って水門班に伝えろ!!!」
そのとき、ブロックが無言で立ち上がり――
「行ってくる!!」
風のように走り出した。
「ブロックうううう! 頼んだあああああ!!」
「気をつけて! 道滑るからねー!!」
全力疾走するブロックの背中に、言葉が追いつかない。
こうして、街はモンスターから守られた。
あとは――本当に水さえ止まれば、だ。




