第七話「警報のない方角へ」
俺は、走っていた。
とにかく全力で、警報が鳴らない方向へ。
「ちょっ……ガイル!? そっちは地下通路じゃないでしょ!」
シルビアの声が後ろから飛んでくる。
わかってる。地下通路があるのは右。
でも、俺のスキル――《危機察知》は、そっちに警報を鳴らしている。
だから俺は、何も反応がない方向を選んだ。
「どこ行くの!? 完全に進行方向ずれてるけど!?」
「俺に聞くな! スキルに聞け!!」
正直、自分でも何やってんだって思う。
でも今は、頭で考えるより、スキルを信じるしかない。
警報が鳴らないということは、その方向に危機がないってことだ。
そう考えて、俺はひたすら走る。
空き地を横切り、裏路地を抜け、木材倉庫の裏手を通り――スキルが静かな方角だけを頼りに、無我夢中で進んでいく。
走るうちに、だんだん感覚がわかってきた。警報が“鳴らない”方向が、勘じゃなく体でわかるようになる。
逆に、警報がビビビと鳴る方向はストレスがすごい。
こっちの道はダメだ、って嫌でもわかる。
だから、俺は何も考えず――スキルが静かな方へと、突き進んだ。
そして、たどり着いたのは――
街の北端にある、緩やかな丘の斜面だった。
木々の間を抜けると、そこには小さな湖が静かに広がっていた。
その湖の端には、苔の生えた古い水門らしき遺構がある。
「……ガイル。ここ、なに?」
「わからん。でもここまで、一度もスキルが鳴らなかった」
ロッタが湖の水面を覗き込み、眉をひそめる。
「……この奥、地下通路とつながってるんじゃない?」
「ありえるわね。古い都市なら、水門経由の地下構造が残ってても不思議じゃない」
シルビアがうなずく。
俺も水門に近づいて、中をのぞき込んだ。
下には広めの排水路があり、人ひとり通れるくらいの空間が続いている。
「……これ、使えるかもしれん。もしモンスターが地下通路を通ってくるなら、ここから一気に流し込める」
ブロックが真剣な表情で言った。
「水を溜めて、タイミングを見て一気に放水する。水門が動けば、だけど」
「試す価値はあるわ。スキルが何も言ってないなら、ここに意味があるはずよ」
シルビアの言葉にうなずき、俺はもう一度スキルに問いかける。
――ここから水を流したら、未来はどうなる?
……警報は、鳴らない。
「いける。水を使えば、被害は最小限に抑えられる。街も無事だ」
「ほんとに? 都市が壊滅したり、賠償金で破産したりしない?」
ロッタが遠慮なくぶっこんでくる。
「さすがに都市壊したら、ギルドどころか国が俺を殺しにくるっての」
そのくらい、俺だってわかってる。
*****
俺たちはすぐにギルドへ戻り、水門を使った迎撃案を報告した。
支部内で緊急会議が開かれ、提案の検討が始まる。
「水門? そんなもの、本当に今でも動くのか?」
「地下通路との接続も確認されていない。状況証拠だけで判断するのは危険だ」
「だが、ガイルのスキルが“被害が出ない”と保証しているんだ」
意見は割れた。
俺も、補足する。
「《危機察知》は、“その行動が最悪の未来につながるか”を感知するスキルです」
「水を使う未来を想定しても、警報は鳴らなかった。少なくとも、破滅ルートではない」
しばしの沈黙のあと――
支部長代理ミーナが、静かに口を開く。
「他に手は?」
「外の迎撃部隊を内側に回せば――」
「――通路の全容が判明していない以上、守り切るのは不可能です。そして外側からの同時襲撃の可能性も未だ消えていません」
誰も言葉を返さなかった。
「よし。では、迎撃作戦の中心を《水門放水》に切り替える」
「通路の誘導と排水調整を担当する班を編成。作戦名は――」
ミーナは、周囲を見渡して言った。
「《水龍の口》作戦。発動する」
作戦が正式に動き出し、街の空気が変わった。
住民の避難、戦力の再配置、水門付近の整備――
全てが、目的のために動いていく。
俺たちも現地に戻り、迎え撃つ準備を整えていく。
ようやく、最悪の未来から少しだけ遠ざかれた気がした。
でも、それでも――
スタンピードは、確実に近づいている。
備える時間は、もう、長くはない。




