第五話「手探りの備えと、答えのない正解」
何もしなければ危険になる――。
それだけは、俺のスキル《危機察知》が確かに教えてくれていた。
だが、それ以上は何もわからない。「危ない」ことはわかっても、何が危ないのか、どうすれば避けられるのかまでは教えてくれない。それがこのスキルの限界だ。もやもやした不安が、胸の中でじわじわと膨らんでいく。
「それで、どうすれば“スタンピードが起きない未来”になるのよ?」
隣で腕を組んでいたシルビアが問いかけてきた。
「……いや、スキルは“ビリビリ鳴るか鳴らないか”だけでさ……やり方までは教えてくれねえんだ」
俺は苦い顔で答えるしかなかった。曖昧すぎる未来の危機に、手応えのない答えしか出せない。
「――なら、そうね……、防備を強化した未来を想定してみて。スキルの反応は?」
言いながら、シルビアは空中に地図を描くように指を動かす。頭の中で未来をシミュレーションしているらしい。
「うーん……変わらない、かな」
「じゃあ次。住民の避難を進めた場合は?」
次々と仮定を重ねていく彼女のペースに乗せられるように、俺もスキルの“感じ”に意識を集中させる。
「……お? なんかちょっと反応がマシになった気がする……かも」
反応の違いはわずかだったが、確かに違いはある。俺の胸の奥でビリビリと鳴る警鐘が、ほんの少し弱まったような――そんな感覚があった。
「やっぱり反応に変化あるんだ。だったらこうやって試すしかないわね。“こうしたらどうなるか”って、未来を仮定して、スキルの反応を見るの」
シルビアはわずかに口元を引き締めた。
「……予知ってより、未来の地雷を探す感じか」
皮肉めいた一言が口をつく。まるで見えない地雷原を、棒でつつきながら歩くような気分だ。
というわけで、俺たちの“手探りの未来チェック”作戦が始まった。
仮想未来をいくつも思い浮かべて、スキルの反応を確かめる。
一つずつ地道に、“こうすればマシかもしれない”を拾い集めていく。
試行錯誤の末、実際に街の防備を補強し、避難経路の点検も行った。
市民向けの簡易訓練も手伝ってみた。あらゆる可能性に備えるため、やれることはすべて試す。
だが――
「多少は良くなってる気もするけど……決定打にはならねぇな」
休憩中、俺はぼそりとつぶやいた。
***
夕方。俺たちは西門の壁にもたれ、風に吹かれながら一息ついていた。
赤く染まる空。少し冷たい風が汗ばんだ首元を撫でていく。
缶の水を分け合いながら、無言の時間が流れていた。
「……で、危険な未来は、まだ続いてるんでしょ?」
水を飲み終えたシルビアが問いかけてくる。
「ああ、スキルはずっと反応したまま。何かが、確実に来るって感じだ」
反応は少しマシになった程度。“完全に安全”な未来には、どうしても届かない。
「……変ね」
ぽつりとシルビアが呟いた。
「ここまでやっても効果が薄いなら、もしかして――そもそも方向が間違ってるのかも」
言われてみれば、その通りだった。
俺たちは“外からの襲撃に備える”ことに集中してきた。
でも、本当にそれだけでいいのか……?
「……そういや、ブロックはそれ、何してんだ?」
ふと気づくと、ブロックが地面に膝をつき、黙々と地面を調べていた。
「穴、確認してる。誰かが転んだら危ない」
一見地味な作業だが、その姿勢には真剣さがにじんでいる。
「……もしかして“転んで大ケガ”とかも、スキルで察知されるのか?」
「それ、けっこうありそうね。防備とは別ベクトルで危機じゃない?」
シルビアが冗談めかして笑ったが、その声にも少し疲れがにじんでいた。
と、そのとき。
俺がブロックの方へふらっと近づいた瞬間――
ズボッ。
「おわっ!?」
突然、右足が地面に沈み、俺は盛大に転んだ。
背中を強打し、しばらくの間、息が止まる。
「おい、誰だ! こんなとこに穴なんか……!」
「ごめん、確認してる途中だった」
ブロックが申し訳なさそうに手を挙げた。
「確認中ならせめて埋めとけよ……!」
「……大丈夫? 案外これが未来の危機だったりして?」
ロッタが笑いながら俺の足元を覗き込む。
「……あれ? でもこれ、ただの穴じゃないかも……」
瓦礫の下に、整った石の表面がちらりと見えた。
「……おい、これって……石畳? 通路か?」
俺も地面に目を凝らす。
確かに、雑に埋められたような跡の中に、人工的な構造物の一部が見えている。
全員が固まった。
「もしかして……地下通路……?」
沈黙。
誰もが、思いもよらなかった可能性に気づき、言葉を失う。
西の空は赤く染まり、日が落ちかけていた。
でも、俺たちはようやくひとつの“入口”を見つけたばかりだった。
スタンピードの脅威は、地上じゃなく――地下にあるかもしれない。




