第四話「想定の外の未来」
オーレアンの街には、今も異様なほどの静けさが漂っていた。
時折聞こえるのは、行き交う衛兵の足音と、風に揺れる旗の音だけ。
スタンピードを前にした街とは思えない――それが、ここ数時間ずっと俺たちが抱えている違和感だった。
「……じゃあさ」
そんな沈黙を破ったのは、案の定シルビアだった。
「いっそ、“来るかどうか”分かるようにしちゃえば?」
「また唐突に何言い出すんだよ」
「だってさ、こっちはずっと現地待機、でも敵は来ないかもしれない。予報スキルの人たちも“たぶん来るかも”で止まってる。だったら、ガイルの出番じゃない?」
嫌な予感しかしない。が、続けて聞いてしまう。
「……俺に何させたいんだよ」
シルビアはにっこりと笑って、軽く手を叩いた。
「三日三晩、スタンピード発生予測地点で裸踊りしてきて」
――それを聞いた瞬間、おれの危機察知スキルがビリビリと反応した。
「たしかに、俺のスキルがビリビリ全力で反応したよ!
どっちかっていうと、命の危機じゃなくて、社会的に終わる危機にな!」
「冗談よ。……さすがに。
でも、ふと思ったのよ」
シルビアの顔から冗談っぽさが少し抜ける。
「ガイルのその“察知”って、今この瞬間だけじゃなくて、“これから起こるはずのこと”にも反応してるんじゃない?」
俺は眉をひそめた。
「……つまり?」
「たとえば、三日後にスタンピードが起きるとして。そのとき“私たちがそこにいたら”って状況を想像して、スキルを起動したらどうなるかってこと」
「想像で未来予測しろってか……お前、けっこう強引だな」
「でも、試してみる価値はあると思うのよ」
俺は頭をかいた。シルビアはこういうことにかけては、変に説得力がある。
仕方ない。やるだけやってみるか。
「よし……じゃあいくぞ」
俺は静かに目を閉じて、頭の中に三日後の光景を思い描いた。
三日後の夕暮れ、オーレアンの街外れ。
俺たちはそこで待機し、敵を迎え撃つ準備をしている――そんな未来。
……反応は、ない。
「んー、何も来ねえな。少なくとも、その未来は危なくないらしい」
「じゃあ次、街を離れて別の依頼に行ってた場合は?」
「……了解」
別の村、別の場所。俺たちは依頼で移動してる。
……やっぱり、反応はない。
「ふむ。じゃあ、今度は逆パターン」
シルビアが指を立てる。
「“この街に、何もせず三日間じっと留まり続けたら?”」
「……なんだその、怠惰な未来」
「私が提案してるんだから当然でしょ」
俺は深く息を吸い、ゆるやかな昼下がりの街と、退屈してる俺たちの姿を思い浮かべる。防壁の内側、日陰のベンチ。シルビアは本を読み、ロッタは猫と遊び、俺は寝転がっている。
……ピリ。
神経の奥で、わずかに電流が走ったような感覚があった。
「……あー……」
「きた?」
シルビアが身を乗り出す。
「きた。弱いけど、確かに反応した」
「つまり……その未来は、ちょっとヤバい」
俺はこくりと頷いた。
「三日間何もしない、ここに留まってたら、何かが起きる。……そんな予兆だと思う」
ロッタが心配そうに声をあげた。
「じゃあ、やっぱりスタンピード……?」
「かもしれないし、別の何かかもしれない。けど、スキルが反応するってことは、“危機が確定してる”ってことだ」
そう。俺のスキルは“あやふや”なものには反応しない。起こるかもしれない、ではなく、“その未来に俺がいたら確実にヤバい”と感じたときにだけ反応する……たぶん。
「じゃあ……その未来を避ければいい?」
ロッタの言葉に、俺は肩をすくめる。
「避けられるならな。でも、仮に俺たちが回避しても、別の誰かがその未来に突っ込む可能性はある。だったら、どこかで対処しなきゃいけないんだ」
「ふーん……」
シルビアは空を見上げて、微かに笑った。
「やっぱり、面白いわね。そのスキル。未来予報の代わりにはならないけど、方向性だけは確かに示してくれる」
「灯台みてえなもんだな。俺の精神力はガリガリ削れるけど」
「削られてもらうわよ、今後も」
……その言葉には、冗談と本気が半分ずつ混じっていた。
風が吹いた。
静かな街に、今度はわずかに――“緊張”が混ざっていた。
それが風のせいなのか、俺たちの直感なのか。
いずれにせよ、“想定の外”は、すぐそこまで来ているのかもしれない。




