第二話「緊急事態はブラック労働」
緊急依頼を告げられた俺たちは、夜通しで準備を整えさせられ、スタンピードが起きているという北方の都市オーレアンへ向かうことになった。
予定では、ギルドの用意した移動スキル持ちの力によって、とっくにオーレアンに到着している――はずだったのだが。
「……移動スキル担当が過労でダウン中につき、回復まで今しばらくお待ちください!」
――用意されていた移動系スキル持ちが、完全に体力切れを起こしてしまったのだ。
ギルドの控室には、妙な沈黙と疲労感が漂っている。本来なら、今ごろは現場に直行しているはずだった俺たちは、ソファに沈み、ぐでーっとしていた。
「……俺たちも徹夜だったけど、移動スキル持ちも不眠不休で働かされてたって話だろ。さすがにブラック過ぎんだろ、これは」
ぼそっと呟いた俺に、ギルド職員のサラが心底申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「すみません、本部の方針で、“行けるところまで行ってみよう”って……」
「やっぱロクでもねぇな、ギルド本部……」
誰もうなずきはしない。ただ、無言で虚空を見つめていた。
先天スキル持ちはそれなりにいるが、移動系のスキルはとにかく貴重だ。ギルドが抱え込んで酷使しているのも、まあ事情としては理解できる。……理解はできるが、限度ってもんがある。
「ブラック労働を受け入れられるくらい報酬が良いのか、それとも……」
「移動スキル持ちは、ドMが多いって説があるな」
「どこ情報よ、それ」
「今、俺が創った噂だ。信じるな」
そんなくだらないやり取りをしていると、シルビアが隣のロッタに視線を向けた。
「ねえロッタ、アンタ行ってきなさいよ。あんたのスキル、応援で元気にする系なんでしょ?」
「え、わたしが……? ほんとに応援だけで回復するのかな……?」
「やってみて損はないでしょ。さ、ほら」
「う、うん……!」
ロッタはちょっと不安そうな顔をしながらも、移動士のもとへ駆けていった。
***
ロッタの背中を見送ったあと、控室には再び沈黙が戻る。俺たちは資料を膝の上でもてあそびながら、ぼんやりと時間をやり過ごしていた。
「……で、現地の様子は?」
シルビアが資料の端をつまみ、気だるそうに斜め読みしながら聞いてくる。
「中型から大型まで、ざっと数百体。しかも指揮系統付き。……ま、クラウスたちがなんとかしてくれるだろ」
「はいはい、“伝説級”ですもんね」
俺は思わず天井を見上げて、深くため息をついた。
「……俺たちが普段狩ってるのなんて中型止まりだぞ。山盛り出されたって困るわ」
「ギルドも本気で切羽詰まってるのね。猫の手も借りたいって、こういう時のための言葉だったのね」
「どうせなら、休み取って猫と戯れていたかった……」
シルビアが小さく笑いながら資料をぱたりと閉じた。
「……この依頼さえなければ、休暇だったのに」
「もう、俺のスキルが“ささやく”から帰ります、って言ったら通らねぇかな」
「それ、即クレームよ。本部から」
ふたりして再びソファに沈み込み、ダメな空気が定着していく。
「……そういやさ、クラウスの人脈で他にも増援を集めてるらしいぞ」
思い出したように言うと、シルビアが肩をすくめた。
「さすが伝説級。人脈も伝説ってわけね」
「俺たちのやる気も営業して集めてくれよ……」
ぼやきながら、俺たちはどっぷりと控室の空気に染まりきっていった。
***
その時、控室のドアがノックされる。
「移動スキル担当、回復しました! ただいまより転送の準備に入ります!」
サラの弾んだ声が響き、俺たちは顔を見合わせた。
「……早すぎないか?」
「ロッタ、何したんだ……?」
サラの横で、ロッタが小さく手を振っている。
「えへへ、思ったよりうまくいっちゃった!」
その笑顔に、俺はぽつりとつぶやいた。
「……あいつのスキル、やっぱハイスペックだな。今さらだけど」
「ほんと、うちらにはもったいないくらいだわ」
シルビアも、呆れ半分・感心半分といった顔でロッタを見る。
そうこうしているうちに、控室の外が慌ただしくなってきた。
「皆さん、お待たせしました! 転送陣の準備ができましたので、集合をお願いします!」
サラの元気な呼びかけが響く。
――こうして、俺たちの時間は、再び慌ただしく動き出したのだった。




