おまけ「ある副リーダーのつぶやき」
――私は、エリュシオン・ブレイズ副リーダー、アナスタシア・エルンスト。
名乗れば一発で「女性」だと分かるはずの名前だ。なのに、組織の中で私を“女”として認識している者は少ない。理由は単純、私がそう仕向けてきたからだ。
“女の身で剣を握るな”“女の癖に人を率いるな”――そんな時代も、私の故郷には確かにあった。才能も覚悟も、何より“居場所”すら奪われる空気の中で、私はただ、生き残るために戦ってきた。
気がつけば、重たい鎧を身につけて、声も低く押さえ、男物の服を選ぶようになった。いつしか周囲も、私を“副リーダー”だの“兄貴”だの、名前抜きの肩書きや渾名で呼ぶようになった。正直、楽だった。性別を気にせず“実力”だけで測られるほうが、私にとってはずっと心地良かった。
それでも――本名を名乗るときだけは、心のどこかで小さな誇りを感じている。私は、アナスタシア・エルンストだ。私という人間は、ここにいる。
クラウスと出会ったのは、まだギルドが今ほど大きくなるずっと前のことだ。
初対面の彼は、まったく空気を読まない男だった。いや、空気を読まないというより、興味があるもの以外が一切目に入らないタイプだ。
私はそのとき、古びた鎧に身を包み、髪も隠していた。当然、彼から見て私は“ただの男の剣士”だったはずだ。
にもかかわらず、クラウスは一言目からこう言った。
「――君が欲しい。僕と一緒に、世界を変えよう」
その時点で、私は内心“面倒なナンパだな”と警戒した。が、続く言葉で悟った。
「――君の資質が、このギルドには絶対に必要なんだ」
まっすぐな瞳で、性別も年齢も、地位も過去も見ていない。ただ、“才能”と“覚悟”だけを一心に見つめている。
正直、ぞくりとした。これがクラウス=フィンベルグという男の、本質なのだと。
以来、私たちは奇妙なコンビになった。
クラウスは“有能な人間”を嗅ぎ分ける天才だ。どこでそんな人材を見つけてくるのか、いつも驚かされる。だが、彼は「人を集める」ことはできても、「人を育てる」ことには少々不器用だった。
そこで私の出番だ。
私のスキル――“人材育成”は、クラウスによると貢献度98/100らしい。自分で言うのもなんだが、ちょっとやそっとの鍛冶屋よりも、ずっと多くの冒険者を“仕上げて”きた自信がある。
クラウスが見つけてくる原石たちを、私は徹底的に磨き上げる。基礎から、戦術から、礼儀から、時には心の持ちようまで。
育てた者たちは、時にこのギルドを巣立ち、時に各地のパーティでリーダー格になっていく。彼らが新たな協力体制を築くことで、エリュシオン・ブレイズの“絆の輪”はどこまでも広がっていった。
今のギルドの形――クラウスが人材を集め、私が育て、彼らが巣立って新たなネットワークを築く――この仕組みを考えたのは、たぶん私だ。もちろんクラウスは「すごい! さすがアナスタシア!」としか言わないが、裏方の努力には全然気づいていないだろう。
まあ、そんなことはどうでもいい。私は、人が成長する瞬間を見るのが好きだ。その姿こそが、私の宝物だから。
この間の「ブラッドウルフ隊」――ガイル君たちのパーティも、久しぶりに“伸びしろだらけ”の原石だった。リーダーとしては未熟だが直感が鋭いガイル、前衛で苦労してきた分だけ底力があるブロック、地味ながら最も観察力が高いシルビア、そして――クラウスが一発で目をつけたロッタ嬢。
まったく、クラウスの“原石センサー”は相変わらずだが、今回は珍しくロッタ嬢一人にしか目が向いていなかった。私は全員に可能性を感じていたというのに、ほんとうに視野が狭い男だ。
指導中、つい熱が入りすぎてしまったことは否定しない。だが、その間ずっとクラウスがじっとこちらを見つめていることには、正直気づかないふりをしていた。
たまに、あいつの目が真剣すぎて、少しばかり怖くなることもある。指導に夢中なだけかと思いきや、ふと視線が絡んだ瞬間に、目を逸らされたりすると――なんだ、どうした、何か気になることでもあるのか?と問い詰めたくなる。
それにしても、クラウスは懲りない男だ。
たとえば今朝も、珍しく早起きした私に、にこやかな笑顔でこう言ってきた。
「アナスタシア、君の朝のコーヒーを淹れておいたよ。君が頑張る姿を見るのが、僕の一番の幸せなんだ。どうか、これからも――」
「はいはい、ご苦労さま。礼は夕方の進捗報告でいい? あとその書類、午前中に片付けてくれないと人手が足りなくなるから」
ああ言えばこう言う。私は昔から、甘い言葉にはまったく耐性がない。
「まったく……アナスタシアはいつも塩対応だなあ」
「リーダーの機嫌取りは、私の仕事じゃないから」
こうして、クラウスの口説き文句はだいたい業務連絡でかき消される。
ちなみに、私にはクラウスの本音など分かるはずもない。彼の「君が必要だ」「君だけが特別だ」――そういった台詞も、私は単なる“有能な右腕へのリーダーからの評価”くらいにしか受け取っていない。
そもそも、私はこの組織と仲間たちの成長、それ自体が生き甲斐だ。恋愛なんて、遠い遠い物語の中のことだと思っている。
だから、クラウスが誰もいない執務室でぽつりと漏らす本音には、きっと一生気づかないだろう。
***
その夜、執務室にひとり残ったクラウスは、静かに窓の外を見上げていた。
「……スキルだけじゃなくて、本当に愛してるのは――アナスタシア、君なんだよ」
その呟きは静かに夜の空気へと消えていく。私の耳には、きっと永遠に届かないままだ。
どうにか続きを書けました。
次から第三章です。
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