第一話「お荷物メンバー、休暇を命じられる」
「……ブロック、お前、いい加減にしろよ……」
ギルド宿舎の一室。
パーティ“ブラッドウルフ隊”のリーダー、俺――ガイルは、テーブル越しに座るブロック・ハーゲンを、これでもかと睨みつけていた。
「ご、ごめん隊長……」
ブロックは情けなさそうにうつむき、マグカップを両手でいじっている。
「分かってんのか? お前。全部、お前のせいで足踏みしてるんだぞ。お前さえいなけりゃ、俺たちはとっくにSランクだ。俺様の手腕があっても限界ってもんがあるんだよ」
――俺様ほど我慢強くて、懐の広いリーダーはそうはいない。普通ならとっくにこんな厄介者、追い出してる。ここまで耐えてやった俺様、逆に自分で感心するレベルだ。
「今回だって、なんだよアレ。」
「コケちゃいました……盾持ったまま。」
「“コケちゃいました”じゃねえ! ガッシャァァァン!!って鳴ったぞ、ガッシャァァァン!! どんだけ派手な音鳴らせば気が済むんだよ! おかげで盗賊団のアジト、奇襲だったのに全部ぶち壊しだぞ!」
メンバーの一人、ロッタがぼそっと呟く。
「だから盾は置いていった方が良いって言ったのに……」
「でも盾がないと俺、みんな守れないし……」
同じくシルビアが、にこやかに追撃してくる。
「いまさら盗賊程度なら私の支援魔法もありますし……あら? ということは、盾を持っていくことを許可したリーダーが一番悪いんじゃないですか?」
「お、おい、俺が悪いってのかよ!」
(いやいや、盾持ったままコケるなんて、どんな天才でも予想できるかっての。俺様は悪くねえ。むしろ寛大なんだぞ)
「……ったく、これでギルドの評価もガタ落ちだ。俺様の顔に泥を塗るなよ……」
ロッタが肩をすくめて、
「ブロック、次からはせめて音立てないでね」
「が、がんばります……」
次なんか無いんだよ!!と思った瞬間、頭の奥がチリッと熱くなる。
……ああ、またスキルが口を出してきやがる。
ブロックを追放しようと考えただけで、問答無用で危機察知スキルの警報が鳴る。
こいつを追放して俺様が危機に陥るなんて、どう考えてもありえん。……本当に邪魔で仕方がない。
だが、俺様の我慢もそろそろ限界だ。
こいつのやらかしは日常茶飯事なんだよ……!
「あと、地味なやらかしも数えきれねぇぞ。ゴブリンの群れを盾一枚で止めようとして、当然止められず飲み込まれる。依頼書を水でふやかす、大事なとこだけ読めなくしやがって……報酬袋を落とす、落とさなくてもいつも無駄遣いし過ぎ、荷馬車の車輪外して運搬台無し、みんなで荷物持って全力ダッシュ往復――どれもこれも、俺様の手間を増やしやがって……」
「すみません……」
(……よくAランクまで来れたもんだ。これも俺様の忍耐力と采配のおかげだな)
「お前がいると、パーティ全体がダメになるんだよ。俺はもっと上に行く。英雄になる男だ。これ以上、足踏みなんてごめんだ」
――言うなら今しかねえ。
「お前をパーティから追放――ぐあっ!?」
……と、その瞬間。
頭の奥で、今まで以上に激しくビリビリッと警報が鳴る。
(なんだよ、この嫌な予感……)
俺様の《危機察知》は、命の危険だけじゃねえ。人生をぶち壊す本当にヤバい選択のときも、こうして全力で警告してくる。
(ここでこいつを追放したら……俺様の未来が詰む。スキルがそう言ってやがる)
ブロックが不安げにこっちを見ている。部屋の空気が重くなり、シルビアもロッタも息を呑んでいる。
(……いや、ここで追放しなかったら、俺様の格が下がるだろ!)
それでも、俺様のスキルは、ますます激しく頭の中で鳴り響く。
「…………」
「…………?」
「……お、お前、三日ほど休暇でも取ってこい」
「えっ、休暇……?」
「ああ、三日だ。もう好きにしろ! 羽でも伸ばしてこい!!」
「ありがとう、ガイル!」
追い詰められた俺は、勢いでよく分からないことを口走っていた。
嬉しそうに部屋を飛び出していくブロック。
ぽかんと取り残された俺。
シルビアが小声でつぶやく。
「リーダー、意外と情があるんですね……」
ロッタも微笑んでうなずく。
「やっぱりガイルって、我慢強いよね」
(……違う、違うんだよ。俺は、本当は追放したかったんだよ……!)