花火の中で面影を見る
「あれ」
夏祭りに親戚の出店を手伝っていると、そんな驚いたような声が聞こえてきた。祭の喧騒の中でもはっきりと耳に届いたその声には懐かしい響きが含まれていた。
いつ頃からか疎遠になってしまっていた懐かしい顔を思い浮かべながらそちらに目を向けると、まだ幼かったときに一緒に遊んだ彼女を思わせる風貌の子どもの手を引く女性が立っていた。子どものときの面影の残るその顔に思わず笑顔を浮かべると、驚きに染まっていた彼女の顔も徐々に笑顔へと変わっていく。
たこ焼きを焼く叔父に一言声をかけて少し屋台から離れて彼女の方へと少し近づく。
「やっぱりそうだ」
隣に立っていた実直そうな男性と二言三言言葉を交わしてから子どもの手を預けた彼女はこちらへと近づいてきてそう声をかけてきた。近付いてくる彼女の左手の薬指には、子どもに肩車をせがまれている男性とおそろいの指輪が光ることに気が付いて胸がチクリと痛む。
「久しぶり」
「元気だった?」
どちらともなくそんななんてことのない言葉を交わす。それだけで先ほど痛んだ胸がうずくのを感じた。
お互いに再会を喜び、近況を伝え合う。こちらの手に指輪がないことに、彼女は気が付いたのか気が付いていないのか。指輪のことを聞かれたら一言、別れたとだけ答えよう、そう考えたちょうどその時、体の芯から震えるような轟音と共に空が光った。
振り返った先では色とりどりの火の花が星の海に溶けるように消えていくところだった。
ドォオン。
もう一度空に花が咲く。
しかし私の目は空ではなく隣に立つ彼女に向けられたままだった。
いまから十年以上も昔。同じように二人で並んで花火を見たあの日と同じ無邪気な顔で笑うあなたに。
一瞬の後、光が消えて彼女はまた年相応の表情で私に向き合ってくる。その大人になった顔に、あの瞬間はまた私の手の届かないどこかへと消えたことを悟る。
「久しぶりに会えて嬉しかった」
「また今度会って話そうね」
その言葉を最後に再会は幕となった。
「もしも、もしもあのとき告白してたら、いまあそこにいるのは私だったのかな」
子どもを肩車する旦那の隣に戻り、むつまじく指を絡ませる彼女の背中を見送りながら私は未練がましくそう呟いた。
あのとき勇気を出していれば、親子三人で仲良く故郷の祭にとは言わずとも、それでも彼女の隣にいたのは私だったのかもしれない。
そんなありえないもしもを想像し、苦笑する。そして彼女には聞こえないと知りつつ、それでも私は遠くなる彼女の背中に向けてその言葉を口にした。
「好きだよ」
一瞬、彼女がこちらを振り向いたような気がした。しかしその表情を確認するよりも前に彼女の姿は人混みの中へと消えてしまう。
どうせ都合のいい妄想だ。私は首を振りながら叔父の待つ屋台へと戻る。
「おお、話は終わったのか? それなら手伝ってくれ」
その言葉にはーいと返事をし、ちょっとした行列になってしまっている客の相手を始めた。
先頭に並んでいた小学生くらいの子が小銭の入っているのだろう小さな財布をしっかりと握って私に注文を伝えてくる。
「おねえちゃん、ぼくタコヤキひとつ!」
懐かしい甘い痛みを胸に秘めながら私はたこ焼きの詰められたパックをその子どもに手渡す。その子どもは元気よくお礼を言うと、友達らしい同年代の女の子のいる方へと走っていった。
「がんばれー」
告白するだけでもこんなに大回りをして時間のかかった私の二の舞にならないと良いけどなどと偉そうなことを思いつつ、仲良くたこ焼きを頬張る小さな二つの顔を眺めていた。
お読みいただきありがとうございます
純文学ってこんな感じで良いんですかね