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第12話 11月19日


 放課後になると、大雅と奏汰、陽斗はともに帰路についた。


 陽斗は昨日退院し、今日から学校へ復帰したところだ。


「……でも、何か信じられないな。琴音ちゃんが亡くなったなんて」


 目を伏せた奏汰はぽつりと呟いた。

 実感が湧かないという意味でも、彼女が敗北したという意味でも、未だに信じられない。


「やっぱ、あのとき止めるべきだった。つか、俺が行くべきだった」


 うららの奪還(だっかん)を安易に任せてしまったことを悔いて、大雅は表情を歪める。


「おまえが行ってたら、おまえが殺されてたかもよ」


「それに、祈祷師なんて存在は知らなかったわけだし……」


 陽斗と奏汰の言葉はもっともだけれど、だからと言って割り切れない。


「……ねぇ、桐生くんはこれからどうするの?」


「ん?」


「如月くんにも色々バレちゃったわけでしょ。学校も危険なんじゃない?」


 奏汰の言葉に大雅は「んー」と唸った。


「確かにな。ま、でも全力で逃げるしかねぇ。学校でも顔合わせねぇようにするし」


「そこまでして通う必要あんの? 大雅って不良の割に真面目なとこあるよなー」


「別に真面目なわけじゃねぇよ。それで言ったらおまえらも危ねぇぞ。あいつらにバレたら……」


「大丈夫! そうなったら俺らはすぐ休むし」


 陽斗は得意気に笑う。

 戦闘狂の彼でも、時に身を引く判断が大切であることは承知していた。


「そうだね。逆にそれまでは、下手に慎重になりすぎない方がいいかも。かえって怪しまれそうだし」


「あ、俺らが魔術師ってことはバレてんの?」


「いや、いまはまだ。でも俺が捕まって連れ戻されたらアウトだな」


 現状、星ヶ丘高校に限って言えば、冬真に報告したのは1年生の魔術師だけだ。

 2、3年生の魔術師についてはまだ精査していない。


 しかし、もし大雅が引き戻された挙句、再び服従させられようものなら、それらを“見る”よう()いてくるにちがいない。


「うっわー……如月冬真もしつこい奴だなー。どんだけ大雅のこと好きなんだよ」


「サドマゾなだけだろ」


「はは、桐生くんはどこまでも反抗的だよね」


「そりゃな。嫌いだし」


 ふたりと話しながら、大雅はどこか不思議な気分になった。


 学年もタイプも異なる彼らとは、恐らくゲームがなければ関わることもなかっただろう。


 それは当然、小春たちほかの仲間にも言えることだけれど。


 岐路(きろ)にさしかかり、それぞれが足を止める。

 どうやら陽斗だけ方向が異なるようだった。


「そんじゃ、また明日な!」


 底抜けに明るい笑顔で、ふたりに手を振る。


「ああ、じゃあな」


「またね」


 ────帰宅した陽斗は明かりの漏れるキッチンに「ただいまー」と声をかけつつ、自室のある2階へ上がる。


 夕飯まで最近ハマっているシューティングゲームでもやろうか。

 そんなことを考えながらドアを開けると、異様な光景が目に飛び込んでくる。


「ん……?」


 漫画や脱ぎ捨てた服で散らかった部屋の中央に、傘をさした少女が立っていた。


 市女笠を被っている上にフェイスベールをつけていて、顔の全貌(ぜんぼう)は窺えない。


 膝丈ほどの漢服風の衣装も、何もかも雪のように真っ白だ。


 明らかにこの空間から浮いていて異質な存在。

 困惑していると、少女がゆったりとこちらを向いた。


「誰だ、おまえ。どうやって入ったんだよ? 異能か?」


 一瞬、祈祷師とやらが現れたのかと思った。しかし、祈祷師は男だと聞いている。


 ただ、彼女も彼女でただ者ではないだろう。

 危機感を煽る胸騒ぎがする。


 少女は不敵に微笑んだ。


「よく分かってるじゃん。その通り、異能ですよー」


 くるくると傘を回して(もてあそ)ぶ。


 いったい、何の異能だと言うのだろう。

 思いつくのは“瞬間移動”だけれど、それは────。


「ねぇ、わたしが何しにきたのかももう分かってるでしょ? いまさら喚いたりしないでよね。身から出た錆なんだから」


 少女は言いながら、右手を銃のように構えた。

 その人差し指の先が陽斗に向けられる。


「!」


 放たれた何かが迫ってきた。


 反射的に飛び退くと、背後の壁に勢いよく撃ち込まれる。

 穴の空いた壁からは煙が上がっていた。


「……陽斗? 大丈夫なの? 何の音?」


 階下から母親の声がした。いまの銃声のような衝撃音が聞こえたのだろう。

 少女は面倒そうにため息をつく。


「うるさいなぁ。先に殺っちゃおうかな」


 はっとした陽斗は少女に向き直った。

 このままでは母親にまで危険が及びかねない。


「狙いは俺だろ!? よそ見してんなよな! ついてこられるならついてこい!」


 そう言うと、陽斗は()()()()した。

 隙を見て、生前の琴音からコピーしていたのだった。


「ふぅーん……面白いじゃん」




 目の前の景色が移り変わり、陽斗自身も戸惑う。


 コピー魔法による瞬間移動だと制限がかかるようで、思い通りの場所へ飛ぶことができないのだ。


 あたりを見回すと、どうやら河川敷のようだった。


 移動先の制約は、本来の術者である琴音の方によるのか、あるいは陽斗の方によるのか、どちらなのだろう。


 そんなことを考えたとき、ふっと風がそよいで、肌が気配を感じ取った。


 少女が現れたことを悟り、手に炎を宿すと音の出どころに向けて放った。


「きゃ……!」


 小さな悲鳴が響く。


 避けきれずに市女笠の(しゃ)の裾がじりじりと黒く焦げた。

 炎の掠めた脚が赤くただれる。


「熱……っ! 痛ったー! 女の子に何すんの!」


「挑んできたのはそっちだろ。戦いに男も女も関係ねぇよ」


 少女の無茶な言い分を一蹴(いっしゅう)した。

 すぐさま氷の剣を握り、鋭い切っ先を少女に向ける。


「おまえは誰だ?」


「そんなの教える義理ないんだけどなー。ま、いいや。せっかくだし、冥土(めいど)の土産に……」


 少女は紗をめくり上げた。

 依然としてフェイスベールはつけたままだけれど、強気な色の滲む双眸(そうぼう)があらわになる。


「わたしは通称、霊媒師(れいばいし)


 眉をひそめた陽斗は首を捻った。


「霊媒師が魔法みたいな異能なんか使うのか?」


「だから“通称”なんだって。つまり、ただの呼び名に過ぎないの。ほかの3人もね」


「ほかの3人って……」


 祈祷師という男もそこに含まれるのだろうか。いや、絶対にそうだ。

 彼女は祈祷師の一味なのだ。


 陽斗が思い至ると同時に、みるみる足元が渦を巻いた。

 いつの間にか水が足を浸している。


 轟々(ごうごう)とうねり、水柱が勢いよく突き上がった。

 何とか飛び退いて避ける。


(何なんだよ、こいつ……)


 霊媒師や祈祷師といった存在は、魔術師とは別ものだと捉えていいのだろうか。


 そうでなければ、ほかの魔術師と同じ能力を使っている点に説明がつかない。


 ────しかし、ともかくそんな疑問はあと回しだ。

 いまは霊媒師を倒すことに集中しなければ。


 彼女が祈祷師と同類なら、自分を殺しにきたにちがいないのだから。


 氷剣(ひょうけん)を握り直した陽斗は俊敏な動きで距離を詰め、その肩目がけて突き刺した。


「……っ」


 じわ、と真っ白な服が赤く染まっていく。

 怯んだ霊媒師は痛みに(もだ)え、顔を歪めた。


「なんだ。えらそーにしてるけど、普通に攻撃当たるし……思ったより弱い?」


 率直な感想を口にした陽斗だったが、霊媒師にとっては侮辱に等しかった。


「うっざ、何それ……。調子乗んないでよ」


 霊媒師がその手に炎をまとわせると、瞬く間に氷剣が溶けていく。

 その炎が陽斗の腕を伝ってきた。


「あつっ」


 皮膚の焼ける独特の異臭がする。火傷を負ったものの、当然ながら痛みはない。


 その隙に彼女は手を銃の形に構え、機関銃のごとく水弾を連射してきた。


「うわ……!」


 ひらけた空間には遮蔽(しゃへい)になるようなものもなく、身を屈めて走り抜けていく。

 雨のような雫が散って降り注いだ。


「うっ」


 ズドォン! と、左脚に強い衝撃が走る。

 足をとられるようにつんのめって、そのまま地面を転がった。


「いってぇ……くはないけど! くっそ」


 脚からはどくどくと血があふれて止まらない。


 被弾(ひだん)の衝撃はかなり大きく、痛覚があったら痛みでのたうち回っていたかもしれないと思った。


「!」


 倒れ込んだ陽斗の真横を何かが掠めていく。


 はっと顔を上げると、霊媒師がこちらを見下ろしていた。


「水鉄砲、これ便利だよねー」


 そう言うと再び銃のように手を構え、その指先を陽斗に向ける。


 とっさに起き上がろうとしたものの、身動きが取れなかった。


「な……っ」


 硬直魔法かとも思ったけれど、ちがった。


 足首と肘のあたりに、(くい)のように打ち込まれたつららが突き刺さっている。


 いまになってひんやりと冷気を感じた。ぽたぽたと血が滴る。

 先ほど掠めたのはこれだったのかもしれない。


 動揺しているうちに、鋭いつららが再び降ってきた。

 地面についていた左右のてのひらを貫通して打ち込まれる。


「てめぇ……!」


「あははっ! 思い知った? 所詮、紛いものは紛いものなの」


 高笑いした霊媒師はわざとらしく眉を下げる。


「あーあ、可哀想に……。もう逃げることも戦うこともできないね」


「……っ」


「いま楽にしてあげるから。さっさと死ね」


 ふと笑みを消し、構えた指先(銃口)から水弾を撃ち込む。


 激しい銃声とともに飛沫が舞うと、ほどなくして完全な静寂に包まれた。




     ◇




 ──カンカンカン……。


 けたたましい音を立てながら踏切のランプが点滅する。

 遮断桿(しゃだんかん)が下りてきた。


「小春、早く」


 歩調を速めた蓮についていこうとしたものの、ぱん! とふいに手を打ち鳴らすような音が聞こえて足が止まる。


 振り向こうとすると、突如として何かに捕まった。


「!」


 がっしりと首に腕を回され、身動きが取れなくなる。

 踏切を渡りきった蓮とは分断されてしまった。


「誰……!? 離して!」


 引き剥がそうともがいても、力では一切敵わなかった。


 訴えかける声は、迫ってくる電車の走行音にかき消される。

 強い風が吹き上がり、電車が通過していく。


「ふふ、捕まえたー」


 耳元で聞き慣れない声がして、あまりの恐怖から心臓が縮み上がった。

 強張った身体が震える。


 そのとき、目の前を走っていた電車が途切れた。


 向こう側に蓮の姿が見えたかと思うと、バーが上がっていく。

 小春は(すが)るように叫んだ。


「蓮……!!」



 けれど、どういうわけか彼は顔を上げない。


「蓮! 助けて!」


 精一杯叫んでも、届いていないようだった。


 消音魔法だろうか。

 小春から発せられる一切の音が消されている。


 心臓が嫌な音を立て始める。指先が冷えていく。

 背後にいるこの男は、いったい……?


「ダメじゃーん。愛しのコハルちゃんから目離しちゃ。ホントに守る気あんのー?」


 突如聞こえた声にはっとした蓮は、その出どころを見やるも、そこには誰もいなかった。


 電車が過ぎ去ったあとは閑静(かんせい)なもので、自分たちのほかに人の気配はない。


 自分たち、どころか、いつの間にか小春の姿もなくなっている。


「小春!? どこ行った?」


 踏切の向こう側にいたはずなのに、忽然(こつぜん)と消えてしまった。


 そんな蓮の様子に小春も戸惑った。

 音や声が聞こえないだけでなく、見えてすらいないようだ。


「ここ……ここだよ! 蓮!」


 急速に不安になった。

 このまま存在まで消されてしまうのではないだろうか。


 蓮にも誰にも気づかれないまま、殺される?


「おまえ、祈祷師だな? 小春を返せよ。どこにやったんだよ!」


「はいはい、うるさい。キミはあとでボクが……いや────」


 一度、小春に回していた腕をほどいた祈祷師は歩み出た。


 ぐにゃりと空間が歪み、唐突にその姿が現れる。


 白髪に和装、半狐面の男。それを認めた蓮は睨むように見据える。


 祈祷師は取り合うことなく口元に笑みをたたえた。


呪術師(じゅじゅつし)にでも相手してもらってきなさいな」


「な……」


 瞬間的に目の前に現れると、そのまま触れた。

 何か言ったり抵抗したりする隙もなく、蓮の姿が消える。


「蓮!!」


 くるりと振り返った祈祷師は、わざとらしく両手を広げた。


「さあ、ミナセコハル。邪魔者は消えた。遠慮なくぶっ殺させてもらうよー」


 足がすくんで背筋が冷えた。

 自分ひとりでどうにかできるとは思えない。


 倒すなんてことは絶対に無理だ。隙を見て逃げるしかない。


 小春は深く息を吸い、必死で心を落ち着けた。


「ま、待って……。どうせ殺すなら、聞きたいこと聞かせて」


「えぇ? んー、まあいいけど」


 瞬くと、目の前に彼が現れる。


 つい怯んでしまうものの、いますぐに取って食われるといったことはなさそうだ。


「あなたは……何者なの?」


「だから、ボクは祈祷師だってば。運営側ね」


 さらりと言われたその言葉に息をのんだ。

 まさに自分たちが倒そうとしている連中だ。


「あ、あのメッセージは何なの……? わたしたちのクラスや学校以外にも魔術師はいる。嘘なんでしょ?」


「ありゃりゃ、バレちったか。ま、そうだねー。特定のクラスだけを殲滅(せんめつ)するってのは確かに嘘」


 祈祷師は口を曲げた。


「だって、スルーされて殺し合ってくれなかったら、こっちが困るかんね。ま、要するに“釣り”みたいなもんさな」


 やはり、それは小春たちの推測通りだった。単なる扇動(せんどう)に過ぎなかったのだ。


「12月4日っていうのは────」


「それはホント。戦おうが戦わまいが、その日にはすべてが終わる。みーんな死ぬ」


「……!」


 小春の蒼白な顔を見た祈祷師は、へらへらと笑った。


「なになに、いまさら絶望? キミ、おバカさんだねぇ。別に何も変わんないじゃん? もともとそういう予定だったんだからさ」


 彼の口元から笑みが消える。


「ボクたち、最初から言ってるよね? 嫌なら殺し合え、って。そんでひとり生き残ったヤツだけが助かる。単純めーかいデショ?」


 小春は肩を震わせた。

 恐ろしいのか、怒っているのか、自分でも感情の整理がつかない。


  ただ、面と向かって身勝手な理屈を並べ立てられ、直接悪意に触れたいま、はっきりと思う。


 そんなことがまかり通るなんておかしい。

 自分たちが巻き込まれる筋合いなんてない。


 ぎゅ、と握り締めた両手に力が込もる。


「そんなの、滅茶苦茶すぎる……!」


「ははは。まー、言ってなよ。嘆いたって状況は変わんない。さー、どっちが早いかな? コウコウセイを皆殺しにするのは────キミたちか、ボクたちか」


 何を言おうと、彼らはゲームを止める気なんてない。

 それを思い知らされた。


「じゃ、そろそろ殺っていい? ちっと喋りすぎた。ま、どのみち殺すからいいんだけどねー」


 冷ややかな声色から一転、興がるように彼は首を傾ける。


 彼の多彩な異能の前では、まともに戦ったとしても絶対に敵わないだろう。


 少なくとも、自分ひとりでは。

 いずれ倒すとしても、いまは逃げるしかない。


「そーれ」


 祈祷師が両手をかざすと、小春を取り囲むようにして円形の炎が地面から燃え上がった。


 その熱気に怯みながらも、何とか地を蹴って空中へ逃れる。


 ぺろりと舌なめずりをした祈祷師は、空中の小春を見定めると腕をもたげる。


 人差し指と中指を、真一文字を描くように動かした。


 ヒュッ、と何かが素早く飛んできたのが分かったが、突然のことで小春は避けきれなかった。


「い……っ、ぁ」


 何が起こったのか、自分自身でも分からなかった。


 突如として腰のあたりに激痛が走ったかと思えば、地面へ向かって急速に落下していく。


 どさ、と叩きつけられるように倒れ込むと、次いで何かが降ってきた。


 痛い。熱い。苦しい。それだけが頭の中を駆け巡る。


(何が……起きたの?)


 どくどくと腹部のあたりから血があふれていくのが分かった。


 あまりの激痛に意識が朦朧(もうろう)とする。

 せり上がってきた血が口からあふれた。


 力が入らない中、小春は必死で顔を動かした。


(え……?)


 腰から下が、ない。


 身体がふたつに分断され、下半身が転がっている。

 切断面から内臓がこぼれ、間欠泉(かんけつせん)のように血が噴き出ていた。


()きつけた主犯のキミには楽な死に方させないよー。ボクたち運営側は“ルール違反者”に制裁を加えなきゃね」


 祈祷師の声がぼんやりと聞こえる。


(ルール、違反……?)


 血の絡んだ浅い呼吸を繰り返した。

 考える余裕もない。


 こんなところで死ぬわけにいかない。

 死にたくない。死にたくない……!


 自分の状態を把握した途端、切に願わずにはいられなくなった。


 けれど、そう思う反面、この苦痛から早く解放して欲しいとも思ってしまう。


「う、ぅう……っ!」


 耐えがたい痛みと苦しみに叫び出したいほどなのに、そんな気力も体力ももはや残っていなかった。


 早く意識を失ってしまいたい。そうすれば、きっと楽になる。


 けれど、そうすればもう二度と目覚められないだろう……。


「ふふふ、いっそのこと殺して欲しいでしょー。でも、ボクはそんな優しいことしないよ。勝手に命尽きるまで見守ってるね」


 祈祷師は倒れた小春の前に屈み、自身の膝に頬杖をついた。


 小春の呼吸が鈍っていく。心音の間隔が広くなっていく。


 目を閉じれば、蓮や仲間たちの姿が蘇った。

 つと涙が伝い落ち、血溜まりに溶ける。


 なんて情けないのだろう。なんて無責任なのだろう。


 誰のことも、自分自身でさえ、守れなかった。


「ごめ……ね……」


 がくりと身体から力が抜ける。

 閉じた瞳が開くことはもうなかった。


 小春の死を確かめた祈祷師は、満足気に口角を持ち上げる。


「あーあ、死んじゃった。案外あっけなかったなぁ」


 そう呟いて亡骸(なきがら)に手をかざすと、あたりに(まばゆ)閃光(せんこう)がほとばしった。




     ◇




 瞬くと目の前の風景が一転した。

 放課後の学校だ。

 見慣れた校舎内だが、人影はない。


「くそ……! こんなとこにいる場合じゃねぇんだよ」


 勢い込んで廊下を駆け出した蓮だったが、すぐに足を止める羽目になった。


 少し先にひとりの女が現れたからだ。

 片方の口端を持ち上げ、高圧的な笑みを浮かべている。


「あんたがあたしのお相手ってわけね」


 スリットの入ったタイトなドレスに身を包む彼女は、手にしていた扇子(せんす)を閉じた。


 蓮の反応を待たずして手をかざす。


 てのひらから飛び出した水が、まるで意思を持った大蛇のように迫ってくる。


 蓮は舌打ちし、すぐにきびすを返すと反対方向へ駆け出した。


 角を曲がり、適当な教室へ飛び込む。

 素早く扉を閉めて押さえると、追尾(ついび)してきていた水がバシャッとぶつかって弾けた。


「何なんだよ……!」


 蓮が火炎魔法の持ち主であるということが、既にバレているのかもしれない。


 水魔法を繰り出されたのでは、ほとんど無力も同然だ。


 コツ、コツ、と靴音が近づいてくる。

 警戒を深め、扉を押さえる手に力を込めた。


「おまえも祈祷師の仲間なのかよ」


「まあね。あたしは通称、呪術師だ」


「おまえらは何者なんだ?」


「そうだね……“天界”の住人、とでも言っとこうか」


 ふっ、と思わず蓮は鼻で笑った。


「天界? 魔界の間違いだろ」


 その瞬間、廊下側から衝撃波が飛んできた。

 勢いよく吹き飛ばされた扉が蓮を覆うように落ちてくる。


 とっさに床を転がって避けるも、一瞬の怯みを悟った呪術師は、ここぞとばかりに水弾を放った。


「……っ」


 慌てて身を(ひるがえ)す。

 何とか急所は避けたものの、脇腹に一発食らってしまった。


 水とはいえ、威力は本物の銃弾と変わりない。


 脇腹を押さえた蓮は顔を歪め、ふらりとたたらを踏んだ。


「痛……っ。くそ!」


「ふふ、どう楽観視してもあんたはあたしに敵わないよ。前に交戦したような紛いものの水魔法とはわけがちがう。あれにも勝てないあんたには、なす術なしね」


 陽斗のことだ。そこまで把握されているとは、本当に得体が知れない。


「……なあ、何で俺たちなんだよ?」


 苦しげな荒い呼吸の中、彼女を()めつけた。

 銃創(じゅうそう)からぼたぼたととめどなく血が滴り落ちていく。


「それは……このゲームの対象の話? それとも、あたしらがあんたや仲間を狙う理由を聞きたいのかい?」


「どっちもだ」


 呪術師はもったいぶるように腕を組む。


「そうだねぇ……。まず、プレイヤーの対象についてはダイスで決めた。あんたらは運がいいね」


「ダイス? んな適当なもんで────」


「これはゲームなんだ。公平に楽しくいかないとね」


 その結果として“高校生”が巻き込まれたというわけだ。


 会話の流れから嫌でも察する。呪術師は、運営側の一員だ。


 自分たちが倒すべき相手のひとり。

 そう認識した途端、急激に自信がなくなっていく。


 果たして、こんな連中に敵うのだろうか……?


「ついでに教えてやろう。代償についても」


 呪術師は優雅にも扇子をあおいでいる。


「代償もダイスで決まってるんだ。臓器ならどの臓器か、寿命や記憶なら何年分か。当然、出目(でめ)は6以上あるがね」


「…………」


「ああ、そうそう。代償の選択肢の4つ目はね、あたしらに完全に委ねるって意味だ。1から3に含まれるものはもちろん、それ以外も代償の候補になる」


 臓器や四肢などを失う可能性もあり、また、それらに含まれない寿命や記憶を奪われる可能性もあるということだろう。


 最も“賭け”のような選択肢に思えた。


 運がよければそのほか3つの選択肢より軽い代償で済むが、悪ければ即死だ。


「……で、おまえらの目的は……?」


 息も絶え絶えで、絞り出すように尋ねる。


 なぜ、運営側が自分たちを狙うのか。

 なぜ、こんなくだらないゲームを仕組んだのか。


「目的ね……。それは、最後の生き残りになったら教えてあげよう」


 呪術師の赤い唇が弧を描いた。


 地響きがして轟々(ごうごう)と揺れたかと思うと、床を突き破って緑々(あおあお)しい蔦が伸びてくる。


 胴や両足に絡みついて、蓮は身動きが取れなくなった。


「く……っ」


 呪術師は悠然と歩み寄った。

 だんだんと色を失っていく彼の顔を眺め、そっと顎をすくい上げる。


「もっとも、あんたはここでゲームオーバーだけどね」


 ────次の瞬間、彼女の右手が蓮の身体を貫いた。


 臓物(ぞうもつ)が飛び散り、鮮血(せんけつ)が舞う。

 蓮は朦朧(もうろう)と深い血の海へ沈んでいった。


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