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あの時代  作者: 大井 未知
日常
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ミモザアカシア

 宮本輝原作『錦繍』の舞台を観たのは一昨年秋のことだった。作者も作品も有名なものだというのに、ろくな予備知識もなく観たので、正直のところいささか難解であった。ただその中で、ヒロインの亜紀が、悩んだり考えたりするとき、庭にあるミモザアカシアの大木を、折りにふれ見上げる、というところが気になった。

 後日、原作を読んでそれなりに理解を深めたが、ミモザアカシアは本のなかでも、亜紀の心を支えるような感じで度々出てくる。「恋愛小説珠玉の一編」と評される『錦繍』を読んで、ミモザアカシアに気をとられるなんて、どうかと思うが、実はわが家にあるミモザアカシアのことが気になっていたのである。


 何年前のことか忘れたが、ミモザアカシアの苗木を二本、夫が買ってきた。細くて、支柱がなくては倒れそうなほど貧弱だった。一本を鉢植えに、もう一本を地植えにした。鉢植えの方は二〜三年で枯れてしまったが、地植えの方は年々成長して幹も太くなり、たくさんの葉が繁った。

 一般に「ミモザ」と呼ばれているこの木は「銀葉アカシア」のことだそうで、その名のとおり、葉っぱが銀鼠でまるで白い粉でもかぶったように見える。

 ほかの木々が緑を深めるなかでも、一本だけ白っぽく目立っていた。ミモザの花といえば何となく知っていたが、間近で見たことがない。どんな花が咲くのか、毎年期待しているのに一向に咲く気配を見せなかった。


 ところが、『錦繍』を観た翌年、つまり去年の春のことである。亜紀さんはどんな気持ちでこの木を見上げたのだろうかと、思いを馳せながら私も同じように見上げてみたら、葉先の感じがどうもいつもと違う。よく見ると蕾がびっしりと付いていた。

 間もなく、木全体を覆うほどに、まっ黄色なミモザの花が咲いた。予想以上に豪華で、狭い庭も明るくなった感じがしたものである。


 初めて咲いたミモザの花を十分に堪能できた翌年、つまり今年、ミモザアカシアは何故か元気がなかった。たくさん花を咲かせた後の管理が悪かったのか、暖地の植物なのでこの冬の厳しい寒さに耐えられなかったのか、理由はよく分からない。花の季節だというのに、だんだん生気を失って枯れてきた。しかし、枯れ方がまた変わっていて、葉をたっぷりとつけたまままるで紅葉したようになった。部屋の中から見ていて「きれいねぇ」と思わず口にしたほどである。

 やがて、本当に枯れた。葉をしごいて掌に握ると微かに乾いた音をたててくだけた。雨上がりの黒い土に赤茶色の枯れ葉をたくさん撒いて、わが家のミモザアカシアはすべて終わった。

 『錦繍』の作者が何故ミモザアカシアを選んだのか、わが家の花が何故一度きりだったのか、分からない。

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