『大きなかぶ』は……
小学一年生の教科書に『大きなかぶ』の話が載っている。
「おじいさんが かぶをうえました。……とてつもなく おおきい かぶができました」。それを、おばあさんや孫や動物たちが手伝ってようやく抜いた、というあのロシア民話である。
我が家の三人の子どもたちが幼いころ、私もよくこの絵本(福音館書店・内田莉莎子 再話)を読んでやった。おじいさんがかぶをひっぱって、おばあさんがおじいさんをひっぱって、まごがおばあさんをひっぱって、いぬがまごをひっぱって、ねこがいぬをひっぱって、ねずみがねこをひっぱって、という繰り返しや、「うんとこしょ、どっこいしょ」という掛け声など、親子で声をそろえて読んだものだった。
それから20年余たって、長男のところに生まれた娘に、私はまた『大きなかぶ』の絵本を読んで聞かせた。
昨春、その娘が小学校に入学した。宿題だと言って『大きなかぶ』を音読しているのを私は懐かしい思いで聞いていた。こういう話が教科書に載っているとは知らなかった。長い間、小学校の教科書を見ることなどなかったが、この話は、みんなが力を合わせればむずかしいことでもできるのだという、教訓なのかもしれない。単なる繰り返しの楽しさだけではなかったようだ。
何日かの後、彼女が学校から持ち帰ったプリントを見せられて、私は大笑いした。
それは『大きなかぶ』のテストで、上の文章を読んで下の問題に答えなさい、というようなものだった。上段に『大きなかぶ』の話が載っていて、下に幾つかの問いがある。その最後に、「かぶはどうなりましたか」という問題があった。
その答えの欄に、何と、「おつけものにしてたべた」と、書いてあったのだ。
漬物が大好きな子なので、大きなかぶのお漬物はさぞ美味しかろうと想像したのかもしれない。
私がまだ子育てをしていたころだったが、「雪がとけたら何になるか」という問いに、「春になる」と答えた子がいた、という話を聞いたことを思い出した。
「おつけものにしてたべた」という答えは、問題の読み方が不十分だったわけで、「上の文章を読んで──」と書いてあれば、その文章の中から答えるということが理解できなかったようだ。「だって、抜けましたって上に書いてあるんだもの、そんなの見ればわかるでしょ」と、彼女は言い張った。
「春」の方の詳しい状況はよく思い出せないが、両方に共通して言えることは、問題にたいしてつぎつぎとイメージをふくらませ、求められた答えは素通りしてしまったということだろうか。こういう答えを先生がどう受け止められるか、現実には単なる不正解として減点されるだけなのだが、何でも点数で表すことに慣れてしまうと、見えなくなるものもあるような気がする。
私は孫に聞いてみた。
「ねぇ、雪がとけたら何になるの?」
即座に、「かわ」と、答えが返ってきた。
そして、
「ゆきーがとけて かわーとなって やまーをくだり たにーをはしる………… ホイ」
と、首をふりふり歌ってくれた。
私は、孫にからかわれたのかもしれない。